ブルックリン・フォリーズ
ポール・オースター/柴田元幸・訳/新潮社
この小説、オースターのこれまでの作品のなかでも、もっともオーソドックスな作品だと思う。オーソドックスというか、古典的というか、ディケンズ的というか。設定にはあまり奇をてらわず、人と人とが出会うところに生まれいずる物語の本質的な力、それ自体で話がドライブしてゆくようなおもしろさがある。
物語は癌をわずらった初老の語り手が、余生を過ごそうと生まれ故郷のブルックリンで暮らし始めた顛末を語るところから始まる。彼は近所の古書店で働く甥のトムとぐうぜん再会して、旧交を温めなおすことになるのだけれど、文学の道を失って落ちぶれたこの甥との出会いがきっかけとなって、さまざまな人々との関係が広がってゆく。
詐欺罪での前科があるバイセクシャルの古書店主とか、ポルノ女優に落ちぶれて撮影現場でレイプされたトムの妹とか、そんな母親のもとを離れてひとり叔父のもとへ身を寄せてきた少女とか。まわりとは一風異なった生き方をしてきた(せざるを得なかった)そういう人々との交友をへて、トムが──そして語り手のネイサンが──人生を立て直すまでが、おもしろおかしく語られてゆく。
タイトルにある「フォリーズ」とは「愚行」「愚かさ」という意味の英語で、語り手が聞き集めたさまざまな人々の愚行に関する本を書いているという設定に由来している。とはいえ、その本に関する説明はあまりない。せいぜい「こういう話を載せた」とかいって、ひとつふたつエピソードが紹介されるくらい。
あれ、それとも、もしかしてこの作品自体がその本編だという扱いなのかな? 語られているのは、落ちぶれたトムが人生の再出発を果たすまでの話だけれど。彼がおかした愚かな行いの結果として、意外なハッピーエンドに至ったという話を「愚行の書」というタイトルとして書いたという設定?
そのへんのことがよくわかっていない時点で、僕がどれだけ駄目な読者がよくわかる。
でもまぁ、とてもおもしろい小説でした。
(Jun 19, 2016)