白昼の悪魔
アガサ・クリスティー/鳴海四郎・訳/クリスティー文庫(Kindle版)
『地中海殺人事件』のタイトルで映画化もされたクリスティーの避暑地トラベル・ミステリの秀作。なんと僕はこれ、未読だった。
物語はたまたま旅行中のポアロが、同じホテルの宿泊客が犠牲になった殺人事件の謎を解くというもので、旅先の人間模様が色濃く反映されている点も含めて、『ナイルに死す』などの流れをくむ一編。
犯人の意外性はばっちりだし、容疑者が限られたなかでの事件であるにもかかわらず、終盤になってとつぜんポアロが過去にべつの土地で起こった同様の手口の殺人事件について調べ始めて、「えっ、なにこれ連続殺人?」とびっくりさせるところがいい。さすがクリスティー。
まぁ、アリバイ・トリックが成立する部分における被害者の行動が若干不自然に感じられるものの、その点を除けばとても出来のいい作品だと思う。だてに映画化されちゃいない。
ただし、この小説でやや残念だったのは、翻訳がいくぶん古びている点。
翻訳家の鳴海四郎という方は1917年生まれということで、来年で生誕百年という大ベテラン(すでに他界されている)。ウィキペディアによるとこの作品も1976年の翻訳とのことだから、すでに40年も前のものだ。
だからだと思うんだけれど、上品な女性が十代の女の子に「あんた」と呼びかけたりする。その部分にかぎらず、全体的に会話にべらんめえ口調的な勢いのよさがあって、僕にはそれがいまいち高級避暑地のイメージにそぐわないように思えた。
クリスティー文庫は新訳が売りのひとつだと思っていたので、なぜこの作品がその対象になっていないのか不思議。早川書房編集部の鳴海氏に対する敬意の表れでしょうか。
(Sep 10, 2016)