2016年10月の本

Index

  1. 『宇宙ヴァンパイアー』 コリン・ウィルソン
  2. 『銀河忍法帖』 山田風太郎
  3. 『NかMか』 アガサ・クリスティー

宇宙ヴァンパイアー

コリン・ウィルソン/中村保男・訳/新潮文庫(村上柴田翻訳堂)

宇宙ヴァンパイアー (新潮文庫)

 前のハーディもそうだったけれど、僕にとってはこのコリン・ウィルソンも学生時代に読んで衝撃を受けたにもかかわらず、その後一冊も読まずに現在に至るという作家だった(といいつつ、そのときに読んだ『アウトサイダー』の内容は、いまとなるとすっかり忘れてしまっているけれど)。
 一冊しか読んだことはないけれど、機会があればほかの作品も読もうと思っていた作家ということでは、ふたつ前のフィリップ・ロスもそうだったし、このあとに出てくるリング・ラードナーもそう。今回の企画で村上さんと柴田さんはおもしろいくらいに、そういう作家を取り上げてくれている。
 このコリン・ウィルソンの作品に関してはまず、これが映画『スペースバンパイア』の原作だってのにびっくりした。僕らが十代のころに公開されて、ヌードのヴァンパイアのエロさと特撮のグロさで話題になったSF映画で(調べたら監督はなんと『ポルターガイスト』の人だった)、内容はほとんど覚えていないけれど、漠然とした印象ではコリン・ウィルソンっぽいところなんて微塵もない作品だった。
 で、いざこの作品を読んでみれば、なるほどこれは原作と映画じゃまったく違うんだろうなぁと思わせる出来。おそらく映画は裸のヴァンパイアが見つかって、男の精気を吸いとって……って煽情的な部分だけを拡大解釈してエンタメ化したものなんだろう。
 小説ではその部分が過ぎると、ほとんどヴァンパイア──ではなく宇宙人か──はほとんど出てこない。そもそも映画の主役だと思われる美女はあっという間にお役御免になってしまう。そのあとは、他者の精気を吸いとって生きる生命のあり方に関する考察のようなものが話の中心になる。いわばSFに舞台を借りた知的探求といった{おもむき}の作品で、傑作とは思わないものの(推薦者の春樹氏自身がそうじゃないといい切っている)、なかなかおもしろかった。雰囲気的にはどことなく『サイボーグ009』の海底ピラミッド編に似ている気がする。へー、コリン・ウィルソンってこんな小説を書いてたんだと、またひとつ勉強になりました。
(Oct 11, 2016)

銀河忍法帖

山田風太郎/KADOKAWA/Kindle

銀河忍法帖<忍法帖> (角川文庫)

 忍法帖も終盤に差しかかるこの辺の作品ともなると、さすがにいい加減、末期的な印象が強くなってくる。おもしろいことはおもしろいんだけれど、物語的にも設定的にも歪んでるなぁって思う。
 舞台となるのは江戸初期。佐渡金山を預かって幕府を支えたという実在の人物、石見守{いしみのかみ}を悪役に仕立てて、彼を敵とつけねらう謎の美女・朱鷺{とき}と、そんな彼女を助ける(これまた謎の)風来坊・六文銭の鉄を主人公にして、石見守を守る伊賀忍者たちとの戦いを描く……というような話ではあるんだけれど。
 なんともこの伊賀忍者たちが弱い。なんたって敵と戦う以前に、石見守の愛妾たちと戦って、ことごとく負けてしまうていたらくなのだから。
 石見守の愛妾たちは、西洋科学を積極的に取り入れる石見守からそれぞれの武器──短銃やら硫酸の小瓶やら──を授けられているのだけれど、それにしても不甲斐ないにもほどがある。そんな忍者たちが野性味あふれる破天荒な主人公に勝てるはずもなく、勝負はどれもあっけなくついてしまう。
 ただ、この作品でおもしろいのは、そんな風に忍者たちをいいところのないヤラレ役として描きておきながら、一方ではそんな彼らがじつはいかに優れた忍者かということを、それぞれの経歴を追って丁寧に語っていること。本編ではいいところなくやられてますが、じつは彼らは彼らで一目を置くに値する存在なんですよと。
 まぁ、とはいえ、いずれにせよ彼らはいいところなく敗北するわけで。常人ばなれした忍法がたいした役にも立たないという。要するに売りであるはずの忍法の敗北を描いている点が、この作品が僕に「末期的だなぁ」と思わせたゆえん。
 あと、この作品では悪役・石見守のゲスっぷりがすごい。美女を酒につけてエキスを出した酒を飲むのを好み、お城には西洋伝来の拷問室を作っていたりする。嫌なヤツ度では忍法帖でも屈指ではないでしょうか。
 対する主人公・六文銭は性豪にして純情という、風太郎作品では典型的なヒーロー。ヒロインの朱鷺も忍法帖ではおなじみのタイプだけれど、この人はそのお姫さま然とした雰囲気とキャラクター設定に不一致の感が否めなくて、そこがこの小説の弱点のひとつという気がした。
 それと、この小説は珍しく終わり方がよくない。かなりエログロ度の高い作品だけれど、最後はいかにも風太郎先生らしく清々{すがすが}しい終わり方をする……かと思いきや、最後の最後にとんでもないラストシーンが待っていた。
 先生、さすがにそれはどうかと思います。
(Oct 11, 2016)

NかMか

アガサ・クリスティー/深町眞理子・訳/クリスティー文庫/Kindle

NかMか (クリスティー文庫)

 前作『秘密機関』からおよそ二十年ぶりとなるトミーとタペンスの長編シリーズ第二弾。
 若いカップルの冒険譚を描いてから二十年後に、中年となった同じカップルを主人公として再登場させるって、なかなかふつうの作家にはできない技ではないかと思います。クリスティー、そんなところが地味にすごい。
 物語は第二次大戦中にドイツのスパイとして活動している正体不明のイギリス人の男女(その通称がNとM)を見つけ出すよう、トミーが依頼を受けるというもの。諜報部のなかにもスパイがいるらしいので、諜報部とのつながりが薄い一般人のベレズフォード夫妻に白羽の矢が立ったという設定で、スパイが潜伏している疑いのあるリゾート地のゲストハウス《無憂荘》──「サンスーシ」とルビが振ってあるけれど、いまの感覚だと無理に日本語名にするよりそちらを使ったほうが自然な気がする──にトミーが派遣される。
 ちょうど半分読んだところである事件をきっかけに女性スパイの正体が簡単にわかってしまうので(少なくても僕にはわかった)、ミステリとしてみると出来映えはそこそこという気がするけれど、でもクライマックスにきて、もうひとひねりしてあるところが気が効いている(その部分にはちゃんと騙された)。
 あと、この小説でおもしろいのは、ふたりにすでに成人した子供たちがいて、その兄妹が「お母さんたちったら」みたいな感じで、ふたりを過去の人扱いしているところ。でも、じつは両親はいまでもすごいんだぜって。そのことをぜんぜんひけらかさないトミーとタペンスのふたりがいい。
 『秘密機関』や『おしどり探偵』とくらべて、トミーとタペンスのキャラクターに年相応の落ちつきが備わっているところがよかった。俺もちゃんと成長せねばと思いました。
(Oct 11, 2016)