救い出される
ジェイムズ・ディッキー/酒本雅之・訳/新潮文庫/村上柴田翻訳堂
今回この村上柴田翻訳堂のために村上・柴田のご両人が選んだ作品には、わざとかたまたまかわからないけれど、文学とエンターテイメントの狭間にあるような作品が多い。
『素晴らしいアメリカ野球』はメジャー・リーグを舞台にしたコメディだし、『宇宙ヴァンパイアー』はSF、そしてこの『救い出される』は冒険小説だ。
どれもそう聞くと、ふつうに純文学とかいわれるよりもとっつきやすそうな気がするけれど、ところがどっこい。テーマのエンタメ性に反して、どれも作家の個性が色濃く出ていて、一筋縄ではいかない。
男友達四人組が週末の連休を利用して、ダムに沈む予定の渓流でカヌーくだりの旅に出かけたところ……というようなこの小説も、その文体に非常に歯ごたえがあって、読むにはかなり骨が折れた。正直なところ、これといった事件が起こらない前半戦は、けっこう読むのがつらかった。
でもって、後半になったら、後半になったで、厭ぁな事件が起こって、なんとも心安らがない展開がつづく。
大自然のなかで唐突に牙をむいた「悪」に対して主人公たちは、苦しみながらもなんとか立ち向かって行く。ところが、そんな彼らの立ち振る舞いは勧善懲悪と呼ぶにはほど遠い。不条理な悪と戦いながら、みずからも正義をかざせない主人公たちの行動は、なんとも切実でやりきれないリアリティとほのかな恐怖をはらんでいる。
ということで、読み終わってみると、とてもインパクトのある小説ではあったんだけれど、でもそんなだから好きかと問われるとけっこう困る。春樹氏お薦めの小説って、心なしかこういう読後感の作品が多い気がする。
そうそう、僕はこの小説、コーマック・マッカーシーの作品に似ていると思った。ストーリー的にはクライム・ノベルと呼べる内容であるにもかかわらず、筆圧の高い文体とリアリスティックな視線でもって読者を善悪のカオスのなかにぶち込んで、単なる娯楽小説と呼ぶのを許さない。そんな感触が似かよっている。
そういえば、春樹氏ってマッカーシー好きだっていってましたっけね。これを読んで、あぁ、なるほどと思った。
(Jan 08, 2017)