2017年6月の本

Index

  1. 『人みな眠りて』 カート・ヴォネガット
  2. 『忘られぬ死』 アガサ・クリスティー
  3. 『卵を産まない郭公』 ジョン・ニコルズ

人みな眠りて

カート・ヴォネガット/大森望・訳/河出書房新社

人みな眠りて

 今年で没後十年(もうそんな!)のカート・ヴォネガットが長編デビュー前に各種の雑誌に発表したまま、単行本化されていなかった短編を集めた短編集の第二弾。
 ひとつ前の『はい、チーズ』もそうだったけれど、これも無名時代の作品ばかりということで、どれも小難しいことは抜きにして、さらっと読めて楽しめる短編──解説を寄せているデイヴ・エガーズという人の言葉を借りれば、結末でばたんと檻が閉じて、読者を捕まえる「鼠捕り(マウストラップ)小説」──ばかり。こういう作品を書き捨てにして生計を立てていた若き日のヴォネガット先生の才能ときたら……。
 どれも落ちの効いた話でありながら、ちゃんとユーモアとペーソスにあふれている。そして後年の作者の特徴である、人類の愚かさに対するシニカルな視点をそこはかとなく感じさせる。そこがいい。
 ヴォネガットの作品をこれだけまとめて読めるのもどうやらこれが最後みたいだし、ファンとしてはなんとも感慨深い一冊だった。
(Jun 04, 2017)

忘られぬ死

アガサ・クリスティー/中村能三・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

忘られぬ死 (クリスティー文庫)

 邦題の『忘られぬ死』というのはどういうタイトルを訳したのかと思ったら、原題は『Sparkling Cyanide』で、Google翻訳にかけたら『スパークリング・シアン化物』。なんだそりゃいったいと思う。
 被害者の美女がシャンパンに入った青酸カリを飲んで死亡するので、(ある種のユーモアを込めて?)そういうタイトルをつけたのかもしれないけれど、失礼ながらいまいち魅力的なタイトルとは思えない。
 ノン・シリーズでポアロもミス・マープルも出てこないし、ということで、いまいち乗り気せずに読み始めたのだけれど、読み終えてみてびっくり。これが意表をつく出来のよさだった。
 ひとつ前の『死が最後にやってくる』もそうだったけれど、これもノン・シリーズで探偵役が誰だかわからないのがポイント。探偵視点が固定できないので、犯人が誰か予想するのが難しくなっている。おかげで僕は最後まで事件の真相を見抜けなかった。
 ノン・シリーズといいながら、この作品には『ナイルに死す』などでポアロの脇役をつとめたライス大佐が登場する。おや、この人が探偵役を務めるのか……と意外に思っていると、さすがにそんなことにはならない。クライマックスで謎解きをしてみせるのは、いかにもクリスティーらしい人物だった。
 この展開にもやられたと思った。その人が過去のクリスティー作品に何度も登場してきたタイプのキャラクターだけに、なおさらやられた感が強かった。
 このごろはすっかりクリスティーの流儀に慣れて、もうこの先はすべて簡単に謎が解けちゃうかと思っていたのに、ミステリの女王はそう甘くはなかった。脱帽です。
(Jun 04, 2017)

卵を産めない郭公

ジョン・ニコルズ/村上春樹・訳/村上柴田翻訳堂/新潮文庫

卵を産めない郭公 (新潮文庫)

 村上春樹が大学時代に出会って、ずっと気になっていたという青春小説。
 そのころは早川書房から『くちづけ』というタイトルで翻訳されていたそうだけれど(なぜ?)、これが笑っちゃうくらい純然たる青春小説だった。
 僕は青春小説だということを知らずに読み始めたのだけれど、第一章で主人公ふたりのなれそめが語られる、そのエキセントリックで新鮮な語り口を読んだ時点でもう、これはきっと最後までずっとこういう感じなんだろうなと思い、そしてこれは絶対にいい小説だなと確信した。
 決して万人が納得できるリアルな恋愛小説ってわけではないと思う。ヒロインであるプーキーの性格はかなりエキセントリックにデフォルメされている。こういう人っているよね~とかいう話にはならないだろう(最近の少女マンガの世界にならいそうな気がする)。
 でもそんな彼女と語り手である彼との恋愛劇は、とめどない饒舌さでもって、ときにコミカルに、ときに切なく僕ら読者に語りかけてくる。まるで読者自身にとってのかけがえのない日々の記憶のように、ぶざまに、かつ切実に。
 名前さえ知らない作家の作品だし、タイトルも地味だから、春樹氏の訳でなければ読んでいなかったかもしれない。そういう意味では、今回の村上柴田翻訳堂のなかでもっとも読めて得をした感のある一冊だった。
(Jun 18, 2017)