神秘大通り
ジョン・アーヴィング/小竹由美子・訳/新潮社(全二巻)
前作の『ひとりの体で』を読んだときにも感じたことだけれど、ジョン・アーヴィングは老境を迎えてすっかりメランコリックになっている気がする。
今回の作品でも主要な登場人物のほとんどは過去の人だ。主人公は子供のころの思い出を白昼夢で再現しながら、すでにこの世にいない親しかった人たちの思い出にひたってほぼ全編を過ごす。リアルタイムで彼とダイレクトに関係を持っているのは、フィリピン在住の教え子と、実在するのかどうかもあやしいセクシーな母娘だけ。親しい人たちが帰らぬ人になってしまい、ひとり残された老人の喪失感がたっぷりのノスタルジーをともなって全編を覆っている。
まあ、でも物語の大半は主人公が十代のころの話──つまり回想シーンというか白昼夢──なので、それほど老人くさかったりはしないというか、逆にとても青春小説的な若々しさを感じさせる内容ではある。
あと、この小説で印象的なのはアーヴィングにしては珍しく、非現実的な要素が大胆に織り込まれていること。主人公の妹は人の過去を一瞬で見抜く超能力の持ち主だし、旅行先で出会ってともに旅をするようになる謎の母娘はファンタジーのキャラのような非現実感をまとっている。とくにこの母娘に関する部分はセックス絡みのエピソードが多いこともあって、非常に村上春樹的だ。
メキシコのスラム街出身のアメリカ人作家が、心臓病の薬とバイアグラを併用しながら、子供のころの約束を果たすためにマニラまで旅をするという話で、舞台のほとんどがメキシコか東南アジアなために、そのあたりになじみのない身としては今いちとっつきにくいところのある作品だったけれど──アジアを舞台にしたサーカス絡みの話という点で、印象的には『サーカスの息子』がもっとも近い──、でもまぁ、そこは腐っても鯛ならぬ老いてもジョン・アーヴィング。つまらないはずがないのだった。
(Sep 06, 2017)