2017年9月の本

Index

  1. 『神秘大通り』 ジョン・アーヴィング
  2. 『室町少年倶楽部』 山田風太郎
  3. 『さあ、あなたの暮らしぶりを話して』 アガサ・クリスティー
  4. 『T2 トレインスポッティング』 アーヴィン・ウェルシュ

神秘大通り

ジョン・アーヴィング/小竹由美子・訳/新潮社(全二巻)

神秘大通り (上) 神秘大通り (下)

 前作の『ひとりの体で』を読んだときにも感じたことだけれど、ジョン・アーヴィングは老境を迎えてすっかりメランコリックになっている気がする。
 今回の作品でも主要な登場人物のほとんどは過去の人だ。主人公は子供のころの思い出を白昼夢で再現しながら、すでにこの世にいない親しかった人たちの思い出にひたってほぼ全編を過ごす。リアルタイムで彼とダイレクトに関係を持っているのは、フィリピン在住の教え子と、実在するのかどうかもあやしいセクシーな母娘だけ。親しい人たちが帰らぬ人になってしまい、ひとり残された老人の喪失感がたっぷりのノスタルジーをともなって全編を覆っている。
 まあ、でも物語の大半は主人公が十代のころの話──つまり回想シーンというか白昼夢──なので、それほど老人くさかったりはしないというか、逆にとても青春小説的な若々しさを感じさせる内容ではある。
 あと、この小説で印象的なのはアーヴィングにしては珍しく、非現実的な要素が大胆に織り込まれていること。主人公の妹は人の過去を一瞬で見抜く超能力の持ち主だし、旅行先で出会ってともに旅をするようになる謎の母娘はファンタジーのキャラのような非現実感をまとっている。とくにこの母娘に関する部分はセックス絡みのエピソードが多いこともあって、非常に村上春樹的だ。
 メキシコのスラム街出身のアメリカ人作家が、心臓病の薬とバイアグラを併用しながら、子供のころの約束を果たすためにマニラまで旅をするという話で、舞台のほとんどがメキシコか東南アジアなために、そのあたりになじみのない身としては今いちとっつきにくいところのある作品だったけれど──アジアを舞台にしたサーカス絡みの話という点で、印象的には『サーカスの息子』がもっとも近い──、でもまぁ、そこは腐っても鯛ならぬ老いてもジョン・アーヴィング。つまらないはずがないのだった。
(Sep 06, 2017)

室町少年倶楽部

山田風太郎/文春文庫/Kindle

室町少年倶楽部 (文春文庫)

 ひさしぶりに忍法帖でも明治ものでもない風太郎作品。室町時代を舞台にした、風太郎晩年最後のシリーズのうちの一本とのこと。
 この作品、「少年倶楽部」なんてタイトルにあるからジュブナイルなのかと思っていたら、そうではなかった。いきなり室町幕府の第六将軍・足利義教の将軍職就任のてんまつを語るところから始まり、嘉吉の乱にいたるまでが描かれる。
 「なんだ、ちっとも少年なんて出てこないじゃん」と思ったら、その部分は本編ではなく、『室町の大予言』という別の短編だったという落ち(ちゃんと目次みろ、俺)。
 でもって、そのあとから表題作の『室町少年倶楽部』が始まると、やはり第一章では少年・少女が主役だし、文章も「ですます調」でとてもジュブナイルっぽい──のだけれど。それもそこまで。
 第二章に入った途端、いきなり話が色っぽくなり、文章も変わってふつうの語りになる。ジュブナイルの連載ものとして書き始めてみたのに、なぜだか二回目からは大人の都合で企画が変わってしまいました──みたいな感じのする、なんとなく妙な作りの小説だった。
 内容は最初の短編の主人公・足利義教の二代あと、銀閣寺を建てたことで有名な第八代将軍・足利義政の生涯を描いている。基本的には史実に忠実なんだろうけれど、この辺の歴史にうといもんで、どこまでがフィクションなのかよくわからない。
 でもまぁ、歴史的な逸話だけに物語自体はとてもドラマチックで、風太郎先生の語りのよさもあいまって、問題なく楽しめました。
(Sep 06, 2017)

さあ、あなたの暮らしぶりを話して

アガサ・クリスティー/深町眞理子・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

さあ、あなたの暮らしぶりを話して (クリスティー文庫)

 考古学者と再婚したクリスティーが夫――なんと十四歳も年下!――のシリアでの発掘調査に随行した数年間にわたる思い出の日々を語った旅行記。
 この本でのクリスティーの語りはとてもユーモラスだ。翻訳の文体があまり軽みを感じさせないので、読んでいてそれほど極端にコミカルな印象は受けないけれど、でも旅行の準備でデパートに砂漠向きの服を買いに行ったら、高級リゾート向けの売り場に案内されて、「奥さまのその体型ですと……」みたいなことを言われちゃったという冒頭から、もうその姿勢はあきらかにお笑い重視。とくに発掘調査のために雇った中東の現地人たちとのやりとりは、まんまコメディの題材としか思えないくらいのナンセンスさだ。
 『ナイルに死す』などの作品の背景となった中東の地にはこんなにおかしな人たちが暮らしていたんですよって。そして文明開化のその土地で、クリスティー自身がおもしろおかしく美しい、かけがえのない日々を過ごしたんですよって。これはそういう本。
 まぁ、とはいえ正直なところ、考古学にも中東にも興味のない身としては、この人のミステリほどには楽しめなくて、クリスティーの本にしては、読み終えるのにいつになく時間がかかってしまった。
(Sep 24, 2017)

T2 トレインスポッティング

アーヴィン・ウェルシュ/池田真紀子・訳/ハヤカワ文庫(上・下巻)

T2 トレインスポッティング〔上〕 (ハヤカワ文庫NV)

 ダニー・ボイル監督の映画『T2 トレインスポッティング』の公開にあわせて刊行された原作本。
 新作かと思ったら、かつて『トレインスポッティング・ポルノ』のタイトルで刊行されていた作品を映画化にあわせて改題・文庫化したものだった。映画ではその内容が部分的に使われているだけで、正確には原作というわけではないらしい。
 まぁ、前作の『トレインスポッティング』については、映画も原作もすでにどんな話だったかすっかり忘れてしまっていたので──それこそレントン、シック・ボーイ、スパッド、ベグビーという主要キャラがどういうキャラだったかも覚えていなかった──、続編だといわれてもいまいちぴんとこないのだけれど、それでもアーヴィン・ウェルシュの作品ってこれまで一度もつまらなかったことがないので、未読だった『ポルノ』が読めるようになったってだけで僕には朗報。今回もたっぷりと楽しませてもらった。
 物語はニッキーという女子大生が知りあいのつてで素人ポルノ映画に出演することになり、シック・ボーイがその映画の制作に乗り出したことから、喧嘩別れしていた『トレインスポッティング』の四人がそれぞれバラバラに再会を果たしてゆく……というようなもの。
 様々なシーンをコラージュして積み上げた前作のような鮮烈なイメージはないけれど、そのぶん物語の軸がはっきりとしていてぶれがないのと、終盤になってクライム・ノベル的な展開を見せることもあって、良質のエンターテイメントとして楽しく読めた。まぁ、もともと『ポルノ』なんてタイトルだっただけあって、セックスに関する部分は過剰に下世話だったけど。
 ウェルシュの描くセックス、ドラッグ、バイオレンスの世界って、奔放なセックスともドラッグとも暴力ともトンと縁のない平凡な日本人の僕にはいまいち共感できないのだけれど、それでいて十分に楽しめてしまうのは、この人が語り部としていかに優れているかの証拠だと思う。
(Sep 24, 2017)