ゼロヴィル
スティーヴ・エリクソン/柴田元幸・訳/白水社
なにかと難解なイメージのあるスティーヴ・エリクソンの作品にしては、この小説は過去最高に読みやすかった。
あくまでエリクソンだから、意味不明なところがないわけではないけれど、でもメインとなるストーリーが時系列でまっすぐに進むので、道に迷うことなく最後まで楽しく読める。しかも随所に映画に関するネタがたっぷりと仕込まれていて、エリクソン風シネマガイド的な趣もある。エリクソン史上もっともエンターテイメントな作品といっていいと思う。
物語は『陽の当たる場所』という映画の主演のふたり、モンゴメリー・クリフトとエリザベス・テイラー(おそらく単行本の表紙を飾っているふたり)の肖像をスキンヘッドにタトゥーで彫りこんだ異形の奇人、ヴィカーがハリウッドにやってくるところから始まる。
この人は神学校で建築を学んでいたのに、ある日観た前述の映画に魅せられて、映画の世界で生きてゆくべく決心してハリウッドにやってきた──というような話だったと思う(すでに記憶があいまい)。
この作品はそんな風に映画というオブセッションに捉えられた主人公の波乱の半生を、二十世紀の映画史を背景にすえた、もうひとつの裏ハリウッド史とでもいった視点で描いてゆく。その随所随所に映画史上に残る名画や迷画への言及が──「小さい女の子が悪魔に憑かれる話」のような形で──タイトルを伏せたまま、数えきれないくらいにインサートされる。エリクソンがなんの映画について語っているかというクイズを解くような楽しみもこの小説の魅力のひとつだ。
終盤には名画のフィルムに埋め込まれたサブリミナルなひとコマの謎を探求するミステリ的なクライマックスも用意されているし、この物語は本当におもしろかった。
僕はエリクソンの作品ではデビュー作の『彷徨う日々』がいちばん好きで(考えてみればあれも映画の話だった)、その点はいまでもかわらないけれど、単純に本を読む楽しさだけでいえば、この作品がエリクソンでは過去最高かもしれない。
(Oct 09, 2017)