2018年11月の本

Index

  1. 『痴人の愛』 谷崎潤一郎
  2. 『娘は娘』 アガサ・クリスティー

痴人の愛

谷崎潤一郎/青空文庫/Kindle

痴人の愛

 最近お気に入りの漫画家・麻生みことの『小路花唄』でオマージュを捧げられていたので、いまさらながら読んでみた谷崎潤一郎の代表作のひとつ。僕が谷崎文学を読むのは、これが『細雪』につづいて二作目。
 『痴人の愛』というタイトルから、僕はこの作品をちょっと白痴気味の美少女の醸し出す天然のエロスにやられた中年男の話かと思っていたら、てんで見当違いだった。
 ヒロインのナオミはどうにもこうにもしたたかだ。幼いころはともかく、いったん男を知ったあとはもう節操なし。どちらかというと、彼女のそのしたたかさ、節操のなさこそが読みどころかと思うくらい。
 なので、ここでの「痴人」が指すのは彼女ではなく、おそらく語り手である男性のほうでしょう。自分を裏切る悪女と知りながら、その美貌に溺れて彼女に隷属してしまう男のダメさ加減をして、「痴人」と称したのだろうと思う。
 とにかく主人公のぐだぐださがなんともいえない心情をかきたてる作品。「美に溺れる」と書いて「耽美」とはよくぞいったと思う。
 まぁ、美しいものに惹かれる心情は尊いと思うけれど、この主人公のように外面的な美しさと肉体的な快楽ばかりに囚われて、内面的な醜さは見て見ぬふりって、そんなのが耽美主義とは思わなかった。
 英米文学と比べると、同じく美に溺れて身を持ち崩す話でも『ドリアン・グレイの肖像』のような凄みはないし、『ロリータ』のような気が狂わんばかりの非凡さもない。身もふたもない言い方をしてしまえば、この小説はひとりの平凡な男が愛欲に溺れて腑抜けてゆくだけの話なわけです。
 同じように美に溺れたり、年の離れた女の子に夢中になる話でも、海の向こうとこっちでは、ずいぶんと勝手が違うもんだなぁと思いました。
(Nov. 23, 2018)

娘は娘

アガサ・クリスティー/中村妙子・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

娘は娘 (クリスティー文庫)

 なかよし母娘のむつまじい関係が母親の再婚話をきっかけに破綻してしまうという話で、感触的には『春にして君を離れ』の親子バージョンみたいな作品。
 序盤の母親が娘の留守中に新しい恋人と出会い、あっという間に結婚を誓いあって……というあたりはごく穏やかなんだけれど、いざその男性と娘が顔をあわせて犬猿の仲になったあたりからあとは、終始ギスギスとした空気が全編に満ちていて、なんともいたたまれない。
 あまり文学的な深みは感じないのだけれど、とにかく読んでいて心が落ち着かない。こんな風に読者の心を乱すのは、それはそれでひとつの文学的な達成かもしれないと思ったりした。
 恋愛そのものよりもむしろ偽善や自己欺瞞を主眼としている点でも『春にして君を離れ』に近い印象だった。まぁ、あれほどの傑作とは思わないけれど。
 少なくてもこの小説はストーリーの軸がしっかりしていてぶれがない。以前のクリスティーのロマンス作品には、いまいち物語としてのまとまりを欠くというか、焦点が定まりきらない印象があったけれど、この小説にはそういう不満はいっさいない。そんなところにクリスティーの小説家としての円熟を感じた。
(Nov. 26, 2018)