2019年3月の本

Index

  1. 『巨大なラジオ/泳ぐ人』 ボブ・ディラン
  2. 『葬儀を終えて』 アガサ・クリスティー

巨大なラジオ/泳ぐ人

ジョン・チーヴァー/村上春樹・訳/新潮社

巨大なラジオ / 泳ぐ人

 今年はできるかぎり紙の本も読むぞとの誓いもむなしく。
 正月の三箇日に読み始めてみたにもかかわらず、最初の二話があまり好きになれなかったので、つづきを読む意欲がうせて、気がつけばその後は一ヶ月以上放置プレイ。結局読み終えたのは二月に入ってからだった。
 そんな村上春樹の翻訳家としての最新作は、ヘミングウェイやフィッツジェラルドと同じ時代の作家、ジョン・チーヴァーという人の短編集。
 読み終えるまでじつに一ヶ月半近くかかってしまったけれど、実際に読んでいた日数はわずか四日。でもって最初はいまいちとか思っていたくせに、そこは春樹氏が自らチョイスした作品ばかりなだけあって、ちゃんと身を入れて読んでみれば、それ相応に楽しんで読むことができた。なんで最初からもっとちゃんと読めないかな、俺。いけません。衰えるにもほどがある。
 まぁ、最初に乗り切れなかったのは、このジョン・チーヴァーという人の作風がいささか古びて感じられたから。
 古いというか、マイルドというか。人生の暗い部分に光をあててみたけれど、いたたまれないからつい目を逸らしてしまいました、みたいな短編ばかり。よくいえばその視線はナチュラルに優しい。ただ、その優しさが作家としての甘さに感じられてしまう嫌いがなきにしもあらず。そんな印象だった。
 ただまぁ、そうした作風は同時代のフィッツジェラルドやヘミングウェイ、フォークナーなどとは確実に違う個性だとも思う。とりあえず二十世紀初頭のアメリカにはこういう作家もいたんだということを知ることができてよかった。
 最初はいまいちとか思っていたくせに、そのうちにまた読み返したくなるかも……といまは思っている。
(Mar. 14, 2019)

葬儀を終えて

アガサ・クリスティー/加島祥造・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

葬儀を終えて

 一家の大黒柱が病死して、その葬儀が終わったあとの会食の席での話。長いこと疎遠だった(でもって若いころから空気が読めない人と評判の)故人の妹が「リチャードは殺されたんじゃないの?」と爆弾発言をして、親戚一同に気まずい思いをさせたその翌日、問題の女性が自宅で惨殺される事件がまき起こる。当家のおかかえ弁護士と旧知の仲だったことから相談を持ちかけられたポアロは、みずからの身分をいつわって事件の調査へと乗り出すことに……。
 この作品は殺人の動機を隠すために真犯人が仕掛けたトリックが見事だ。ミステリの定石を逆手にとってみせたクリスティーはさすがだと思う。
 ただ、一方でそのトリックの実現方法にあまりにも説得力がなさすぎるのが欠点。いくらなんでも、そんなことで一族全員の目をごまかせるというのには少なからず無理があるでしょう。もうちょっと設定を変えて、そこのところにきちんと説得力を持たせることができていたらもっと素晴らしい作品になっていたんではないかと思う。
 前作の『魔術の殺人』にしても、この『葬儀を終えて』にしても、ミステリとしての着想には非凡なものがあるのに、トリックの実現方法に対する作品の詰めがいまいち甘いために、そのよさが十分に生かしきれていない感があるのが残念なところだ。
 クリスティーもこのころすでに六十代。失礼ながら、さしものミステリの情報もいささか衰えを感じさせるようになってきたかなぁ……と思わないでもない。
(Mar. 17, 2019)