くらもち花伝 メガネさんのひとりごと
くらもちふさこ/集英社
僕の少女マンガの原体験はくらもちふさこだった。
それ以前にも『キャンディ・キャンディ』や『ベルサイユの薔薇』、『エースをねらえ』などは読んだことがあったけれど、それらは少女マンガというよりはアニメの原作としての性格が強かったから、特に少女マンガであることを意識してはいなかったと思う(そもそも誰に借りたんだかまるで記憶にない)。
そうしたメディアミックスを抜きにして、初めて純粋に少女マンガを少女マンガとして読んだのがくらもちふさこの作品だった。
なぜくらもち作品を読むようになったかというと、単純な話で、うちの奥さんが結婚時に引越し荷物として新居に持ち込んてきた唯一のマンガがくらもちさんの作品郡だったから。それほど熱心なマンガの読者ではないうちの奥さんが、なぜだかくらもちふさこだけは愛読していたのでした。
僕はなにかと運のいい男だったりするけれど、結婚相手がたまたまくらもちふさこのファンだったというのも、間違いなくその幸運のうちのひとつだと思う。
だってないでしょう、僕らの世代の男には、くらもちふさこと出会う機会って?
家族に姉や妹がいればともかく、男兄弟で生まれ育った昭和生まれの男には少女マンガと出会う機会なんて、せいぜいアニメしかないわけで。アニメ化されていない少女マンガについての知識なんて当時はほぼゼロだった。
そんなところへ、くらもちふさこの主要作一式が、妻の数少ない蔵書の一部として持ち込まれてきたわけです。しかも時は『天然コケッコー』の連載が始まったばかりのころ。これを
僕にとって初めて読むくらもちふさこの世界は驚きに満ちていた。え、少女マンガにはこんな世界もあるんだと思った。
くらもちさんの作品で描かれる物語は、それまで僕が抱いていた単純な少女マンガのイメージを刷新した。基本的にはどれも恋愛マンガだけれど、でもそれはハッピーなキスで終わるボーイ・ミーツ・ガールの物語なんかじゃない――いやまぁ、初期の作品はそうかもしれないけれど、少なくても中期からは確実に違う。
個人的には『Kiss+πr2』のあたりがターニング・ポイントだと思っている。少女マンガなのに男性を主人公にしたあの作品以降のくらもち作品は、どれも単なる惚れた腫れたの紋切り型の恋愛劇には終わらず、その背後にある人としての心の機微を繊細に描いている。その物語には性別を超えて訴えかける力があると思う。まぁ、作風にくせがあるから万人に、とはいいがたいけれど。
少年マンガのファンタジーやスポ根ばかりの世界観に慣れた僕にとっては、魔法もスポーツも殺人もなしで、ごく普通の人たちを主人公にここまで深みのある物語を描けるマンガが存在したということが驚きだった。それはそれまで僕が親しんできた少年マンガ・青年マンガにはない世界だった。その読後感は、どちらかというとマンガというよりも漱石あたりの文学に近い気がする。
くらもちさんのファンになったのをきっかけに、その後の僕はわけへだてなく少女マンガを読むようになり、いまとなると少年マンガよりも少女マンガのほうが読んでいる量が多いんじゃないかって状況だけれど、それでも(いくえみ綾を例外として)いまだにくらもちふさこに比肩しうるほどのマンガ家とは出会えていない。
そんなくらもち先生が自らの創作の姿勢や作品の思い出を語ってみせたのが本書。なんと帯の推薦文は椎名林檎だっ!
本の中身にはぜんぜん触れてないけれど、ここまで書いたら満足がいってしまったので、これにておしまい。
(Apr. 07, 2019)