ポケットにライ麦を
アガサ・クリスティー/宇野利泰・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle
『ポケットにライ麦を』で始まるマザーグースになぞらえた連続殺人をミス・マープルが解決する、クリスティーならではの長編ミステリ。
「クリスティーならでは」とか書いておいて、こんなことをいうのもなんだけれど、この作品の前半はいまいちクリスティーらしくない。
まず最初の被害者である企業経営者がオフィスで死亡するシーンから始まるってのが、この人の作品としては珍しいパターンだと思う。それが遅効性の毒物による毒殺であったことから、警察は被害者が朝食時に毒を摂取したとみて家族への聞き込みを始め、その捜査中に第二、第三の被害者が出て……ってくらいでだいたい半分。
要するに前半は警察の捜査のみって内容で、いまいち盛り上がりに欠けるのだった。ミステリとしてはありがちな構成だけれど、クリスティーにはそういうパターンってあまりない印象がある。ミステリとしてはふつうのことが普通に感じられない。そんなところにミステリ作家としてのクリスティーの独自性を感じた。
この展開でどうやってミス・マープルが出てくるんだろうと思っていると、意外やマープルさんは自ら率先して事件に介入してくる。三番目の被害者がかつて自分のうちの家政婦だったのですといって。でもって事件がマザーグースになぞらえて行われていることを明らかにする。
いざマープルさんが登場してからはこれぞクリスティーという味わいになる。でもって、そのクリスティーらしさゆえに、どういう事件かが比較的簡単にわかってしまったりもする。そこが個人的には残念な点。できればもうちょっと煙に巻かれていたかった。
(May. 12, 2019)