きみを夢みて
スティーヴ・エリクソン/越川芳明・訳/ちくま文庫
なぜか文庫オリジナルで刊行されたスティーヴン・エリクソンの翻訳最新作――って、最新といいつつ、発行日はすでに五年も前だった。発売されてすぐに買ったのに。五年も読まずに放置してしまった。いけません。
内容はエチオピアから黒人の女の子を養子として迎え入れた白人一家の物語。主人公のノルドック夫婦――愛称はザンとヴィヴ――にはパーカーという実の子がいるので、養子のシヴァを含めて家族は四人。なぜに実子がいるのに、彼ら夫妻がよそから養子をもらい受けようと思ったのかは、不覚にも読み落としていてわからない。
とにかく白人の両親のもとに黒人の娘がいるというシチュエーションだけでもトラブル過多なところへきて、一家は破産寸前。ロンドンから講演の依頼を受けたザン――筆の折れた作家――が子供たちを引き連れてイギリスへと遠征するのだけれど、ときを同じくして母親のヴィヴがシヴァの実の母親をつきとめようとエチオピアへと旅に出たまま消息が途絶える。そんなヴィヴと入れ替わりに、シヴァの母親らしきモリーという黒人女性が子守りとしてザンたちの前に現れ……というような話。
エリクソン、老齢に達してエンターテイメントに目覚めた感あり。前作『ゼロヴィル』でもエリクソン史上もっともポップな作品だと思ったけれど、今回も前作に劣らずに読みやすい。でも決して内容が浅くなってはいないところが素晴らしい。エリクソンは手強いという固定観念があったので、なかなか手を出しにくかったんだけれど、これならもっと早く読んでおけばよかった。すごくおもしろかった。
映画がテーマだった『ゼロヴィル』に対して、今回は六十年代の音楽と政治がフォーカスされている。前作ではタイトルを伏せたまま数多の映画を語っていたエリクソンだけれど、今回も同じような手法で、名前を伏せたままロバート・ケネディやデヴィッド・ボウイらを登場させている。途中までは珍しく普通の話だなぁと思って読んでいたら、それらの歴史上の人物が物語に登場するあたりから唐突に時空がひん曲がって、これぞエリクソンな印象になった。
『きみを夢みて』と訳された原題は『These Dreams of You』で、ヴァン・モリソンの名盤『ムーンダンス』収録曲のタイトルとのこと。僕の人生最重要アルバムのひとつであるにもかかわらず、訳注と解説を読むまで気がつかなかった。不覚。
もうひとつ、僕が人生でもっとも衝撃を受けた映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』に対する言及があるのも胸あつポイント(もちろんタイトルは書いてないですが)。
まあ、とにかくとてもいい作品なので、願わくば文庫オリジナルではなく、単行本として出して欲しかった。それだけが残念。
(Mar. 01, 2020)