2020年4月の本

Index

  1. 『筒井康隆コレクションI 48億の妄想』 筒井康隆
  2. 『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』ジャレド・ダイアモンド
  3. 『招かれざる客』 アガサ・クリスティー

筒井康隆コレクションI 48億の妄想

筒井康隆/日下三蔵・編/出版芸術社

筒井康隆コレクションI 48億の妄想

 装丁が気に入って刊行開始当時(もう六年も前だ)から気になっていた筒井康隆の絶版作品を集めたコレクションをいまさら買って読み始めた。編集は山田風太郎関連でおなじみの日下三蔵氏。
 第一巻に収録されているのは長編『48億の妄想』と中編『幻想の未来』。あとマニアックな復刻ものとして、筒井さんが豊田有恒、伊藤典夫の両氏とともに執筆した小学生向けのSF入門書『SF教室』と、筒井一家(たぶん四兄弟とご尊父)で自主制作したというSF同人誌『NULL』の1~3号に収録された筒井氏作の短編とショートショートが収録されている。
 『48億の妄想』と『幻想の未来』については高校生のころに読んでいるので再読なのだけれど、さすがにそれからもう四十年近くも過ぎているので、内容は百パーセント忘れていた。でもどちらもすごい。
 『48億の妄想』は国民総テレビ出演者みたいな世界で、李承晩ラインにまつわる日韓対立がスラップスティックな擬似戦争を引き起こすという話。道具仕立てこそ古びているけれど、内容は現代に置き換えても十分に通用する。――というか、ユーチューバーがセレブ化し、日韓関係が戦後最悪といわれるいまだからこそ、なおさらビビッドに感じられるところがあった。終盤の破滅的な展開がいかにも筒井節だ。長編デビュー作にしてこのテンションってのがすごい。
 『幻想の未来』は核戦争後の人類の進化(退化?)を描いた中編(というか連作短編)で、ページ数こそ少ないけれど、素晴らしく手ごわい。でもってその着想がすさまじい。SFの黎明期に二十代にしてこれを書いていた才能には感服するしかない。
 『SF教室』も子供向けとはいえ、SFの門外漢にとってはなかなかためになる作品だし、『NULL』の短編郡もアマチュアの習作といえ粒揃い。筒井康隆が最初から天才だったことを知らしめる一冊だった。
 それにしてもこのような天才作家の長編デビュー作が絶版になっていることにびっくり。大友克洋のマンガもすべて絶版になっているみたいだし、こんな調子で日本の出版界は大丈夫なのかと心配になってしまう。
 あと、『48億の妄想』(1965年刊行)のタイトルになっている世界の人口が、五十五年後のいまや80億近いという事実にも考えさせられるものがある。
(Apr. 01, 2020)

人間の性はなぜ奇妙に進化したのか

ジャレド・ダイアモンド/長谷川寿一・訳/草思社/Kindle

人間の性はなぜ奇妙に進化したのか

 表紙にブリューゲルの名画『バベルの塔』をあしらったベストセラー『文明崩壊』が気になっていたにもかかわらず、けっこう高額(単行本は上下巻で四千円オーバー)なので買うのをためらっていたジャレド・ダイアモンドという人の作品がKindleで安くなっていたので、試しに読んでみた。
 進化生物学者(ほかいくつもの肩書きがあるらしい)のダイアモンド氏いわく、人のセックスは他の動物と比べておかしいのだと。大半の動物は妊娠が可能なときにしか交尾をしないし、雌は生きているあいだは子供を生みつづける。それに対して、人は妊娠と関係なくいつだってセックスしているし、女性は五十になると閉経してしまう。
 その他にも、なぜ一夫一婦制が主流になったのかとか、男性のペニスがゴリラよりも何倍も大きいのはなぜかとか、あれやこれや。
 人間の性はなぜにこうもほかの動物たちとは異なっているのか――というのをわかりやすく説明してくれているのが本書。下世話な関心をかきたてるセックスにまつわる話をまったくエロっぽくなくロジカルに語り聞かせるその内容に、へーなるほどと思いながら楽しく読ませてもらった。
 まあ、一部の生物学的な説明にはちょっと苦手意識が働いてしまって――生理的に生々しいのが苦手なのです――すべてを楽しく読んだとは言い切れないけれど。
 そういう意味では、そういった生理学的な生っぽい話があまり出てこないだろう『文明崩壊』のほうがより楽しく読めそうだから、やはりそれと『銃・病原菌・鉄』をセットで欲しいものリストに入れておこうかなと思った。
 ちなみに本書は最初『セックスはなぜ楽しいか』という原題直訳のタイトルがついていたのだけれど、それだとポルノ本と勘違いされるなどして、いろいろと問題があったため、文庫化のタイミングでこのタイトルに変更になったとか。
 どちらかというと最初のタイトルのほうが内容とのギャップがあっておもしろかったのに……。
(Apr. 10, 2020)

招かれざる客

アガサ・クリスティー/深町眞理子・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

招かれざる客 (クリスティー文庫)

 霧濃くたちこめる夜。車を脱輪させて立ち往生した男が助けを求めて最寄りの屋敷をたずねたところ、書斎には車椅子にのったその屋敷の主人の射殺死体。そしてその傍らに銃を手にたたずむその美しき妻……。
 そんなシチュエーションで幕を開けるクリスティーの戯曲。同じ邦題でスペンサー・トレイシー主演の映画があるようだけれど、その原作ではないらしい(そもそも英語の原題がちがう)。
 この作品では、あいにくの事故で屋敷を訪れた「招かれざる客」である男性、スタークウェッダー(この時期のクリスティー作品って、なんとなく人名が難しい気がする)が、「私が殺しました」と語る奥さんのローラにほだされ、偽の証拠をでっちあげて、彼女を守ろうとするというのが第一幕の話の流れ。
 第二幕以降は、いつ、どのようにその偽証がばれて、ローラさんの罪が暴かれるのか……という展開に注目させる『刑事コロンボ』風のサスペンス・ミステリかと思わせておいて、そこがそうじゃないところがミソ。最初から犯人がわかっているなんて、そんなミステリはクリスティーは書かない。
 実際に警察が捜査に乗り出してみると、現場には正体不明の第三者の指紋があったりもして。夫人の愛人やら、腹黒い介護人、知的障害がある養子など、わけありな人たちが次々と出てきて、観客を煙にまく。そして最後には当然のようなどんでん返しがある。
 個人的に真犯人の正体はある程度予想通りだったけれど、それでも締めくくりのあっさりとした幕の引き方には軽い驚きがあった。
 この作品はできれば実際に舞台で観てみたいなと思った。
(Apr. 29, 2020)