海鰻荘奇談
香山滋/講談社/Kindle
香山滋という作家がどれだけ有名なのか僕は知らない。少なくても僕と同世代以降ではその名前を知っている人のほうが少ないだろうと思う。
かくいう僕にしても、その名前をどこで知ったのかと問われても、とんと記憶にない。たぶんこの電子書籍の底本となった大衆文学館という文庫シリーズに入った山田風太郎の『妖説太閤記』(めちゃおもしろかった)を読んだときに、その並びにあったこの『
でもいずれ読んでみようと思ったその本は時すでに遅しで、気がついたときには絶版になっていた(そういうことが多くて後悔ばかりしている)。なので同じ本がいつの間にか電子書籍になって、なおかつディスカウントされているのを見つけたときには嬉び勇んで即購入した。まぁ、電子書籍の常で表紙が再現されていないのは残念なところだけれど。
さて、香山滋という名前は知らなくても、この人が『ゴジラ』の原作者だと聞けば、ほとんどの人がへーと思うはずだ。というか、そもそもゴジラに原作があったのかと驚く人が大半ではないかと思う。ご多分に漏れず僕もそのひとり。
まぁ、原作とはいっても、ウィキペディアによれば『ゴジラ』は原案とシナリオを依頼されて、映画のあとで本人がノベライズしたものらしい。だから原作と呼ぶのは微妙に正しくない気がする。
いずれにせよ香山滋という人は「水爆を象徴する大怪獣」を考えてくれという依頼を受けるような作家だったわけだ。なるほど。この本を読むとさもありなんと思う。
この本を読んでの香山滋の印象は、江戸川乱歩の『パノラマ島奇談』的なエログロで耽美的な世界観を、豊富な博物学・生物学的な知識でもって冒険小説に仕立て上げてみせた作家という感じ。大乱歩はミステリのなかに異形の世界への憧れを忍ばせていたけれど、香山氏は異形の存在そのものに焦点をあてて、ひたすら未知の生物や伝奇ばかりを描いている。
この本一冊だけでも、美しい古代人種に、人を食らう電撃怪魚、地下洞窟に巣くう怪奇教団、透明裸体美女、砂漠に埋もれた古代文明、南海の孤島の大蜥蜴、エル・ドラドオ、妖鶏の恋、魔改造美女などなど。まるで昭和大衆文学界のフリークショーとでもいった様相を呈している。僕の知らないところでカルトな人気を誇っていそう。
大半は荒唐無稽な空想譚だけれど、映画やインターネットが普及していない時代にこんなビジュアルが鮮明な小説ばかりを独力で書いていたのがすごい。単に文筆家としての力量ならば、江戸川乱歩より上なんじゃなかろうか。
昭和の文学界にこういう作家がいたことにいまさら驚いた。ウィキペディアには日本語のページしかないけれど、日本のマンガ文化の源流的な作家のひとりとして海外に紹介したら、ある程度の人気を博しそうな気がする。
(Dec. 11, 2021)