デューン 砂の惑星
フランク・ハーバート/酒井昭信・訳/ハヤカワ文庫(全三巻)
ティモシー・シャラメ主演の映画リメイク版が好評なので、今年中には配信が始まるだろうその映画を観る前に、やっぱ原作を読んどかなきゃいけなかろうってことで読むことにしたSF小説の金字塔。学生時代から気にかかっていた作品なので(何十年前の話だ)、ようやく読めてよかった。
いやしかし、これは噂にたがわぬ傑作だった。
一編の小説として、その世界観が破格。SF小説には違いないけれど、どちらかというと、歴史小説か宗教小説と呼んだほうがふさわしいのではと思わせる奥行きがある。近未来的というよりは、むしろ原始的な力強さがある。架空の砂の惑星を創造して、その地に伝わる救世主伝説がいかにして実現したかを描き出してみせたフランク・ハーバートという人の筆力にはひたすら脱帽するしかない。
物語の主人公は惑星カラダンを統治するアトレイデス公爵家のひとり息子ポール。彼の父レト公爵が皇帝より(懲罰的な意味で?)砂漠の惑星アラキスの移転を命じられ、その引っ越しの準備をしているという設定でこの小説は始まる。でもって、ひと通りの登場人物紹介をへて、いざその惑星に到着してさて……というところから怒涛の展開をみせる。
どうなるかは詳しく書かないけれど、その結果なにひとつ不自由なく暮らしていたはずの主人公は母親とふたりきりで砂漠に放り出され、過酷なサバイバル生活を余儀なくされることになる。
陰謀に巻き込まれて王家より放逐されるプリンスの話は西洋では定番なのかもしれないけれど、ポールほど非情な運命に見舞われた王子はそう多くないのではないでしょうか。なんたって放り出された先は超巨大な虫が襲いくる、水一滴ない不毛な砂漠の地なのだから。
彼はいかにしてその砂漠を生き延び、その地に伝わる救世主伝説の主役となってゆくのか――。説明的な序盤はやや盛り上がりに欠けるけれど、いったん事件が起こってからはもう目が離せない。
読んでいてすごいなと思ったのは、物語における登場人物たちへの無情さ。序盤に主人公ポールの取り巻きとして紹介されたキャラクターたちが、惑星アラキスに到着した途端に、これといった見せ場もなしにばったばったと倒れてゆく。まさに諸行無常の響きあり。その徹底した無常観もこの小説を特別なものにしている一因だと思う。
ムアッディプとか、ベネ・ゲゼリットとか、ハルコンネンとか、どうにも覚えにくいカタカナ言葉がたくさん出てくるのには最後まで慣れなかったけれど、とりあえず惑星アラキスの喉がからからになりそうなハードボイルドな世界観は堪能できた。
物語のスケールが大きすぎて、文庫本・全三巻というボリュームにもかかわらず、語り切れずにあえて省いた余白部分がたくさんあるのもすごい。語られなかった部分が多いがゆえに、読み終えてなお不完全燃焼な気分が残った感がなきにしもあらずだけれど、でもそれはこの作品の持つ豊饒さの証でもあると思う。未知の部分があるからこその神秘性だ。救世主の誕生を描くこの小説にはその余白の多さもまたふさわしい。
唯一残念なのは続編がいまや絶版なこと。新訳版での刊行期待してます。
(Jan. 09, 2022)