オスカー・ワオの短く凄まじい人生
ジュノ・ディアス/都甲幸治・久保尚美・訳/新潮クレスト・ブックス
アメリカのオタク青年を主人公にしたこの小説、ポップな装丁に油断して読み始めると予想外の読みごたえに痛い目にあう。
そもそも僕の勝手な思い込みかもしれないけれど、オタクと呼ばれる人たちは好きなものに没頭するあまり視野が狭くなりがちなものだと思う。愛するモノに徹底的に集中するあまり、それ以外のもとには無関心。結果、人間関係が狭くなり、話題も偏り、女の子にもてない。
だからアメリカのオタクを描いたというこの小説も、そういう風な偏り方をして、趣味の世界にこだわったマニアックな作品なのかと思っていた。それこそ音楽とサッカーがすべてというUKオタクを主人公にしたニック・ホーンビィの『僕のプレミア・ライフ』のアニメおたく版みたいなのを想像していた。
そういう意味でいうならば、主人公のオスカーの人物造形はそう間違っていない。『指輪物語』や『デューン』を数えきれないくらい読み返す、百キロを超える肥満漢のSFファンタジーおたく。とうぜん女の子にはもてない。
でもそんな人物を主人公に据えながら、この小説は彼の趣味の世界に埋没することなく、章を改めるごとにその視野を広げてゆく。
第二章ではいきなりオスカーの姉ロラのことが語られたと思ったら、第三章では彼らの母親が生い立ちが、第二部では彼らの祖父の過去が描かれる。ここまでくると、そもそもオスカーを主人公と呼ぶのが正しいのかさえもわからない。そもそも半分くらい読むまで語り手が誰なのかもわからない。
そう、この小説は単なるアメリカ版おたく青年の私小説などではなく、オスカーというひとりの不幸な青年をこの世に生み出したドミニカ系移民の一家の三世代にわたる年代記なのだった。
作者のジュノ・ディアスもきっとおたく気質の持ち主なのだろうけれど、彼には僕が思っていたようなオタク的な視野の狭さはまったくない。
彼には自らの出自であるドミニカの文化や社会に対する深い洞察があり、その国の文化を引き継いでアメリカで生きるドミニカ系移民の子孫としての深い矜持がある。本作品の全編にわたって横糸のように編み込まれたドミニカの独裁者トルヒーヨに関する言及の数々が、そのことをなによりもよく表している。
まぁ、そんな風に書くと硬派な作品のように思われてしまうかもしれないけれど、決してそんなことなし。とても噛み応えのある小説ではあるけれど、なにしろドミニカ人は女好きで性的に奔放な民族なのだそうで、全編にわたってセックス絡みの下ネタが雨あられ。そんな国の末裔として生まれたにもかかわらず、女の子と縁のないまま年を重ねてゆくオスカーの孤独さときた日には……。
いやはや、素晴らしい小説でした。
ジュノ・ディアスは僕より二つ年下。同世代にこんな素晴らしい小説が書ける小説家がいると知れて、とても励みになった。最初から興味があったのに、翻訳が出てから十年も放ってあったのが間違い。もっとはやく読んでおけばよかった。
(Feb. 21, 2022)