インヴィジブル
ポール・オースター/柴田元幸・訳/新潮社
このオースターの小説は、これまでの彼の作品の中でも、最大級の意外性に満ちていた。
全四部からなる作品だけれど、まずはその一部ごとに物語が予想外のところに着地する。でもって次の一部に入るなり、また予想外の展開が待っている。そういうのが四回もつづく。そんな意表を突きまくりの作品だった。
第一部では六十年代を舞台に、主人公のアダム・ウォーカーの人生を左右することになる大学時代のエピソードが語られる。たまたま知りあった他学部のフランス人教授から見初められた彼は「多額の遺産を相続したので、君を編集長にして雑誌を創刊させたい」みたいな申し出を受ける。でもってその教授の愛人とただならぬ関係になったりもする。
一介の大学生が夢のような仕事とセックスを与えられ、雑誌編集者としてゼロから出発していかに成功するかを描くビルグンドゥスロマン?――かと思いきや、その章の終わりに突発的な事件が持ち上がり、主人公の冒険は始まる前に頓挫してしまう。
そこまでをウォーカーによる一人称で描いたのが第一部。
で、当然のようにそのつづきを期待して読み進めると、第二部ではいきなり語り手が変わって、時代設定も一気に二十一世紀に突入してしまう。
とはいっても、べつの物語になるわけではなくて、一時的に語り手は変わりはするけれど、その理由を説明したあとで、物語はちゃんと第一部のつづきへと回帰する。ただし主人公と時系列が同じというだけで、中心になるエピソードは第一部とはまったく無関係。でもって第一部が1967年の「春」で、第二部が同じ年の「夏」の話であることが明かされる。
となればこの小説は「春夏秋冬」を描いた全四部構成だろう……と思うのが自然な反応でしょう?
ところがポール・オースターはそこでもまたこちらの予想を裏切ってみせる。
さてどんな風に?――というのがこの小説の読みどころではと思うので、これ以上は書きません。すでにいろいろ余計なことを書いてしまった気がする。
とにかくこの小説は一部ごとに舞台設定や文体を変えることで最後まで読者の予想を裏切りつづける、なんともトリッキーで技巧的な小説なのだった。
こういう作品をものにできるのは、たぶん小説というものを熟知した作家ならではだよなぁと大いに感銘を受けました。
(Apr. 03, 2022)