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レアード・ハント/柴田元幸・訳/朝日新聞出版
柴田元幸氏のお気に入り、レアード・ハントの邦訳三冊目となる長編小説は、夫のかわりに性別をいつわって南北戦争に参加した女性の話。
翻訳されたレアード・ハントのこれまでの二作品と同様、ここでも作品の特徴を強く印象づけているのは、そのたどたどしい一人称の文体だ。
原文がどうなのか知らないけれど、主人公が農場で生まれ育って教育が不十分だという設定ゆえに、柴田先生はこの小説の全編をあえて漢字を開いてひらがなを多用した、句読点も少ない
そのたどたどしい文体が物語の印象を決定づけて、この作品独自の世界観を生み出しているのは間違いないところ――なのだけれど、正直なところ、僕にはやや読みにくかった。
たとえば「かの女」と書いて「かのじょ」と読ませるところ。僕は最初「かのおんな」って読んで違和感をおぼえていた(馬鹿なだけ?)。ひらがなばかりが句読点なくつづくせいで意味を取り違えたことも何度かあったし、この翻訳は僕にはいささか読みにくかった。
まぁ、その読みにくさを作品の一部だとして受け入れて、その世界観にどっぷりと浸れれるならば勝ち。主人公アッシュ(は偽名でじつはコンスタンス)の戦場での日々を描く前半、苦境に陥ってそこから脱出するまでを描く中盤、そして念願の帰郷の意外過ぎる結末を描く終盤と、それぞれのパートにこの人のこれまでの作品にはないドラマチックさがある。そしてそれぞれに深い感銘を残す苦さがある。
なかなかシビアな作品だし、戦争ものが苦手な身としてはいささかきつかったけれど、内容的にはこれぞ文学って呼べる秀作だと思う。
(Aug. 07, 2022)