タイムクエイク
カート・ヴォネガット/浅倉久志・訳/早川書房/Kindle
前作から二年もあいだがあいてしまった。ヴォネガットの作品を電子書籍で再読するシリーズ、長編小説としてはこれが最後の一冊。
内容は一度は書きあげた同名小説の出来に満足ゆかなかったヴォネガットが、そのあらすじを説明しながら、キルゴア・トラウトと作者自身の会話など、メタフィクショナルなパートを折りはさみつつ、自らの家族の思い出などを語ってみせたもので、小説ともエッセイともつかぬ、不思議な感触の作品に仕上がっている。
タイトルの『タイムクエイク』は、本文をそのまま引用すると「時空連続体に発生したとつぜんの異常で、あらゆる人間とあらゆるものが、過去十年間にしたことを、よくもわるくも、そのまま繰り返すしかなくなる」というもの。
過去をリフレインすることを余儀なくされた人たちは、自らの自由意思なくして同じ十年を自動運転のように繰り返すことになる。
ヴォネガットがすごいのは、その十年が過ぎたあとで、自動運転が終わったことに気がつかない人々が、次々と悲惨な事故を起こすことになる点。車を運転していた人たちはブレーキを踏むことなく追突事故を起こし、パイロットは操縦を忘れて飛行機が墜落する。この着想がすごい。
でもって、その緊急事態から人々を救う役割を担うのが、なんとお馴染みのキルゴア・トラウトとくる。それだけでもうヴォネガット・ファンにとっては特別な作品といえる。まぁ、ヴォネガット先生にとっては、自らの分身ともいうべきトラウトを英雄に仕立て上げてしまったのがこそばゆくて、オリジナルの小説をそのままの形では発表できなかったのかもしれないけれど。
作者自らが未発表作品のあらすじを断片的に語ってみせたトリッキーな本なので、物語としての没入感はあまり高くないけれど(おかげで読み終えるのにまたもや二ヵ月以上かかってしまった)、ヴォネガットという作家の語り口の魅力が存分に楽しめる、うまみたっぷりの作品だった。
(Nov. 07, 2022)