2023年1月の本

Index

  1. 『十二月の十日』 ジョージ・ソーンダース
  2. 『忍者黒白草紙』 山田風太郎

十二月の十日

ジョージ・ソーンダーズ/岸本佐知子・訳/河出書房新社

十二月の十日

 初めて読むテキサス州生まれのアメリカ人作家の短編集。
 この単行本の帯には翻訳家の岸本佐知子さんの「これほど親しみやすく、これほど共感を呼び、そしてこれほど笑わせてくれる小説家は、ちょっと他にいない」という、あとがきの一節が引用されている。
 でも、意義を唱えるようで恐縮だけれど、僕にはこの本はそれほど親しみやすくなかったし、それほど共感も呼ばなかったし、そしてほとんど笑えなかった。
 昨今のアメリカ文学のつねで、この短編集で描かれるのは人生の落後者か、落伍者とはいえないまでも成功とは縁のない人たちばかりだ。それぞれに問題を抱えた人たちが、なんらかのトラブルに見舞われて難儀するという救われない話ばかり。決して嫌いではないのだけれど、これのどこに笑いを見い出せと?
 まぁ、ウディ・アレンの『マッチポイント』や『夢と犯罪』などの暗いテイストのクライム・コメディと同系統といえばいえなくもないので、読む人が読めば笑えるのかもしれない。少なくても僕には無理だった。
 なのでいまいち乗り切れなくて、なかなかページを繰る手がはかどらなかったのだけれど――。
 最後の表題作『十二月の十日』、これは掛け値なしに素晴らしかった。これまでに読んだ短編小説のうちで十本の指に入る。これ一編だけでもこの本を読む価値あり。
 あまりによかったのであらすじとか書きません。ネタバレ厳禁で、なにも知らずにゼロから読むべき逸品。
 タイトルの『十二月の十日』にあやかって十二月に読み始めたのに、一か月遅れで年が替わってから感想を書いているのは不徳の致すところです。
(Jan. 14, 2023)

忍者白黒草紙

山田風太郎/KADOKAWA/Kindle

忍者黒白草紙 (角川文庫)

 去年最後に読んだ本。
 ひさしぶりの忍法帖だけれど、これが一年の締めってのはどうなんだと思ってしまうような作品だった。
 初出時のタイトルは『天保忍法帖』だったそうで、その名の通りに天保の改革がテーマとなっている。江戸町奉行としてその改革を推し進めた鳥居耀蔵のもと、改革の邪魔になる人たちを排除する役割を与えられた忍者・箒天四郎{ほうきてんしろう}の隠密行動を描いてゆく……のだけれど。
 これがほとんどすべてセックス絡みの話ばかり。成金商人の後妻に入った美女が性奴隷になりさがるところを天井裏から覗き見するところから始まり、歌川国貞は春画を書くために女中を輪姦させようとし、大奥の女性たちは密かに寺の坊主と乱交していたりする。その他あれやこれや(書くのが居たたまれないので大半は割愛)。
 出てくる忍者はふたりだけなので、忍法帖の代名詞というべき、忍者どうしの奇妙奇天烈な忍法バトルもない。
 さすがにこれを忍法帖と呼ぶのは違うと思った――のかどうかは知らないけれど、角川文庫収録時に『忍者黒白草紙』というタイトルに改題されたらしい(僕はタイトルが「忍法」ではなく「忍者」であることに最初のうち気づかなかった)。
 この作品には主人公の箒のほかにもうひとり、彼の親友という設定で、塵ノ辻空也{ちりのつじくうや}という忍者が出てくるのだけれど、僕が思うにこの作品最大の欠点は彼の存在だ。
 冒頭で鳥居甲斐守{とりいかいのかみ}からの依頼をことわって失踪したこの人は、その後は影の存在として、箒の任務のせいで不幸になった女性たちを連れ去り、気がつけばある種のハーレムの王のような存在になっている。
 なぜ一介の忍者に過ぎない彼がそうなったのか説明は皆無だから、そんな彼が物語をひっかきまわす終盤の展開にまったく納得がゆかないし、主人公が苦しんでいる一方で、これといってなにもしていない彼が美しい女性たちに愛されまくっているという展開はどうにも釈然としない。やはりこのキャラの存在をきちんと説明できていないのが本作の欠点だと思う。
 天保の改革と、その時代に生きた実在の人物らを、忍法帖ならではの脚色で描くというアイディア自体がおもしろいだけに、この出来映えはどうにも残念だった。
(Jan. 14, 2023)