惑う星
リチャード・パワーズ/木原善彦・訳/新潮社
リチャード・パワーズのこの最新作、この人の作品としてはこれまでになくミニマムな印象だった。
まずは始まりが静か。父親と幼い息子がふたりきり、人里離れた山の中でキャンプをしている。
父親は大学教授で、お子さんにはなんらかの精神的な問題――アスペルガー症候群?――をかかえているらしい。でもってお母さんはすでに他界している。
その冒頭のキャンプのシーンが予想外に長い。でもって、その間の登場人物は父子ふたりきり。あるのは川のせせらぎと親子の会話だけ。息子さんのセリフが鉤括弧で囲われていなくて、フォントを変えただけで地の分に埋もれているのも静かな印象をいやましている。
ふたりがキャンプから帰って日常生活に復帰してからは登場人物も増えて、彼らをとりかこむ世界も広がり、話にもめりはりが出てくるけれど、語り手が父親なこともあって、その後も物語は徹頭徹尾、この親子にフォーカスしつづける。まるで世界にいるのはその親子ふたりだけであるかのように。そしてそんな印象がまったく変わらないままに物語は進み、ついにはそのまま終わってしまうのだった。
ほんとここまで父と子の世界を強く印象づける小説も珍しいのではと思った。
宇宙生物学者である父親のシーオが息子のロビンに語り聞かせる未知の惑星の住人たちの話が終始インサートされるところはいかにもパワーズらしいけれど、もしそれがなかったら、この人の作品だと気がつかないかもしれない。
物語のなかばでロビンはある種の実験的精神療法の被験者となることにより、特異な才能を発揮するようになるのだけれど――その辺の展開は作者の『幸福の遺伝子』を思い出させた――本書の帯にアルジャーノンの名前があるように、彼ら親子の幸せな時間は決して長くはつづかない。
この作品で残念なことがあるとすれば、「二十一世紀のアルジャーノン」というその帯の謳い文句が、否応なく悲劇的な結末を予告してしまっていることだ。
善良なるロビンに幸あれ。
(Feb. 16, 2023)