2024年1月の本

Index

  1. 『マルドゥック・フラグメンツ』 冲方丁
  2. 『EVE OF DESTRUCTION』 チバユウスケ
  3. 『舟を編む』 三浦しをん
  4. 『薬屋のひとりごと6』 日向夏
  5. 『デューン 砂漠の救世主』 フランク・ハーバート

マルドゥック・フラグメンツ

冲方丁/ハヤカワ文庫JA/Kindle

マルドゥック・フラグメンツ

 『薬屋のひとりごと』を五月雨式に読むのが思いのほか楽しかったので、完結してからまとめて読むつもりでいた『マルドゥック・アノニマス』を2024年に入ったら読み始ようって気になった。
 ということで、その前段として昨年最後に読んだ電子書籍がこの本。
 『マルドゥック・ヴェロシティ』、『マルドゥック・スクランブル』、『マルドゥック・アノニマス』、それぞれのスピンオフに、作者のインタビュー、あと『マルドゥック・スクランブル』の原型だという『事件屋稼業』という長編の冒頭部分をまとめた短編集。
 ボイルドとウフコックのコンビを描いた二編は、このふたりのバディーものを読めるってだけで貴重だし、ルーン・バロットとウフコックが出逢うに至る経緯を描く『スクランブル』の前日譚にもぐっとくる。
 でもやっぱりいちばん盛り上がったのはバロットがイースター率いる新たな超人チームの一員として登場する『アノニマス』の前日譚。
 これを読んだ感じだと、『アノニマス』では『ヴェロシティ』みたいなチーム戦を、ルーン・バロットを中心に描こうとしているってこと?
 そんなもの、期待するなってほうが無理な話だ。
 『マルドゥック・アノニマス』が楽しみになること必至な一冊。
(Jan. 11, 2024)

EVE OF DESTRUCTION

チバユウスケ/ソウ・スウィート・パブリッシング

EVE OF DESTRUCTION

 チバユウスケが自分のレコード・コレクションからお薦めのディスクを紹介した本。
 チバくんは僕よりふたつ年下だから、僕らはほぼ同年代といっていい。
 それなのになんだろう、この音楽観の違いは。
 『ルーツ』と題した第一章でパンクやロカビリーがルーツだと語り、ジョニー・サンダース、ストレイ・キャッツ、ルースターズ、モッズなど、僕が通ってきていない東西のロックバンドをあげつらう時点で、原点が違うのは明らかなのだけれど、それにしたってかぶらないにもほどがある。
 好きなバンドがかぶらないというだけならばともかく、好きなバンドの作品でさえかぶらない。
 というのも、この本でチバくんが取り上げているディスクの多くが、12インチシングルやドーナツ盤やEPだから。もしかしてこの本の目的はお気に入りの音楽を紹介することではなく、自分が持っているレアディスクを自慢することなのかも。
 だって、なんでストーンズのいち推しが『メタモーフォシス』なのさ?
 基本的に僕はオリジナル信仰が強い人間なので、ロックを聴くにもアーティストのカタログに並ぶオリジナル・アルバムをメインに聴いてきた。シングルやベスト盤はまぁ聴かなくても大丈夫かな、くらいの感じさえある。
 そんな平凡な僕にとって、ふつうはカタログからこぼれるようなシングル盤中心のこの本のセレクションはとても不思議かつ新鮮だった。どうやらオリジナリティのある人というのは、レコードとの接し方ひとつをとっても凡庸ではないらしい。
 チバくんの音楽はロックンロールという枠からは絶対にはみ出ないけれど、その枠の中ではめいっぱい自由だ。
 この本はそんな彼が、僕のもつ既成概念とはまったく別の価値基準でもって音楽と接してきたことを教えてくれる。
 チバユウスケの新しい音楽がこれからはもう聴けないと思うととても寂しい。
(Jan. 15, 2024)

舟を編む

三浦しをん/光文社文庫

舟を編む (光文社文庫)

 毎年新年の一冊目は気合を入れて難しいやつに手を出し、結果読み終わるのにやたらと時間がかかってしまうというパターンがつづいているので、今年は正月休みのあいだでさくっと読み終わるような簡単な本から始めることにした。
 ということで、今年の初読みはこの作品。池田エライザとRADWIMPSの野田洋次郎主演でドラマ化されるというのでこの機会に読んでみようかと思ったら、うちの子が文庫本を持っていたので、借りて読んだ。
 ――がしかし。この作品は個人的にはいまいちだった。
 『舟を編む』というタイトルはとても素敵だし、辞書編集という地味なテーマに着目した発想は好きだけれど、でも前半の展開がとにかく不自然すぎる。
 退職するため自分の後任を見つける必要に迫られた荒木が、部下の西岡から「営業に辞書編集向きの社員がいる」と聞いて、いきなりその人のことを探しに部屋を飛び出してゆく展開がいきなり変。ふつうは「どこがどう向いているのか」とか「名前は?」とかいうのを先に問いただすでしょう?
 でもって主人公の馬締{まじめ}は、そんな風にいきなり現れた初対面の荒木から「きみの力を『大渡海』に注いでほしい!」と頼まれて、「わかりました」といって、いきなり「あ~あぁ~」とクリスタル・キングの『大都会』を歌い出す。
 いくら空気が読めないからって、いきなり社内で歌うたうやつはいなかろう。展開が不自然なうえにオヤジギャグって。
 馬締がヒロインの香具矢{かぐや}と出逢う場面だって、もう大家のお婆さんが寝てしまった時間に、物干し場での初対面ってシチュエーションが不自然きわまりない。同居人が増えるのに、なんで昼間のあいだに紹介されていないのさ。
 馬締が香具矢へのラブレターの添削を西岡に頼むに至っては不自然さの極みだ。職場でラブレターを書いているだけでも変なのに、それを知りあって間もない同僚に読んでもらう人なんている?
 この小説の序盤はそういう「なにそれ?」な展開の連続で、僕はまるで物語の世界に入れなかった。
 後半になって一気に十年以上が過ぎ、馬締が辞書編集の責任者になってからの話にはそういう不自然さを感じることもなくなり、ある程度楽しく読むことができた。とはいえ、序盤の印象が悪すぎ。なんかもったいない作品だなぁって思ってしまった。
 でも、その後たまたまYouTubeで無料公開されていたアニメ版の第一話を観てみて驚いた。小説で僕が疑問に思った部分がアニメではすべて解決されていたから。最初に西岡が馬締のことを知るシーンがあるし、荒木が馬締を訪ねてゆく流れも自然だ。そして馬締は『大都会』を歌わない。
 あぁ、このアニメを作った人は俺と同じ感想をもったんだろうなぁって思った。
 あとで確認したところ、アニメのキャラクターデザインのもととなった雲田はるこ(『昭和元禄落語心中』の作者)によるコミカライズ版の冒頭部分は小説とまったく同じだったから、この改変はアニメ版のオリジナルなんだろう(もしくは先行する実写版もそうなのかも)。作品の質を高める丁寧な仕事がとても好印象だったので、アニメのつづきが観てみたくなった。
 原作よりもアニメのほうがいいかもって思ったの、初めてな気がする。
(Jan. 17, 2024)

薬屋のひとりごと6

日向夏/ヒーロー文庫/主婦の友社/Kindle

薬屋のひとりごと 6 (ヒーロー文庫)

 前回の結末を受けて、壬氏(ジンシ)とんだ勘違いをして馬閃にBLをかまそうとするコミカルな序話で幕をあける『薬屋のひとりごと』の第六集。
 前半はそのまま前巻からのつづきで、西都への旅の後半戦(主に帰路)。でもって後半は都に戻ったあとに里樹(リーシュ)妃が巻き込まれる、新たな事件と恋の顛末を描いて幕となる。
 旅のあいだ猫猫(マオマオ)が行動をともにするのが、主に義理の兄の羅半とか、羅漢の部下の陸孫とかなので、女性ばかりの後宮を舞台にしていたころと比べると、いささか華やかさに欠ける感があるような、ないような。
 でもまぁ、その分は旅の道中を描くロードムービー的なおもしろさが加味されているから、それはそれで楽しい。あと、前回の告白(なのか、あれが?)を受けて、壬氏が猫猫にちょっかいを出すシーンとかもあるので、ふたりの関係が気になる人には、なおさら楽しいかもしれない。まぁ、個人的にはさっさとはっきりした関係になっちゃって欲しいところだけど。
 なにはともあれ、西都への旅の話が前後半に分かれているし、前巻で初登場した妖しいアルビノの占い師・白娘々(パイニャンニャン)絡みのエピソードに今回でいったん区切りがつくので、五巻と六巻は実質上下巻だと思って、つづけて読むべし。
(Jan. 27, 2024)

デューン 砂漠の救世主

フランク・ハーバート/酒井昭信・訳/ハヤカワ文庫/Kindle(全二巻)

デューン 砂漠の救世主〔新訳版〕 上 (ハヤカワ文庫SF) デューン 砂漠の救世主〔新訳版〕 下 (ハヤカワ文庫SF)

 『デューン』シリーズの第二作『砂漠の救世主』が待望の新訳版で登場!
 作者の息子さんによる序文には、発表当初は評判がかんばしくなかったようなことが書いてあるけれど、なんのなんの。これも十分にすごい。
 まぁ、黙示録的だった前作と比べるとスケールこそ小さいけれど、ポール個人の苦悩に焦点を絞ったことで、この作品はまた違った種類の文学的深みをもつに至っている。
 いまや並ぶもののない唯一無二の支配者として宇宙に君臨するムアッディプことポール・アトレイデスとその妹アリアのもとへ、かつてのポールの師であり友であった故ダンカン・アイダホがクローンとしてよみがえり、ポールの失脚をねがう敵対勢力からの刺客として送り込まれるところから物語は始まる。
 ポールは敵の罠と知りつつダンカンを受け入れ、彼とともに破滅へと向かう自らの運命に立ち向かってゆく。あともうひとり、自由に姿を変えられる別の刺客も送り込まれ、この二人がいかにポールの運命に影響を及ぼすのかが今回の読みどころだ。
 もうひとつ重要な鍵となるのがポールの持つ未来予知の力。
 未来が見えるがゆえの苦悩――。
 自身と愛する人のゆくすえに悲劇的な運命が待っていることが見通せてしまう彼は、避けられざるその悲劇を最悪から次善へと回避すべく、苦渋の決断をくだす。
 前作同様、歴史書などからの引用という形でバッド・エンドが予告されているから、幸せな終わり方をしないことは最初から予想の範囲内。あとはどういう形でその悲劇をぼくら読者に提示してみせるのか――。
 というところで、この作品はポールにも見通せなかった未来があったこと――それが新たな世界のゆくえを左右するような奇跡の誕生であったこと――により、決して悲惨なばかりではない結末を迎える。もの悲しくも清々しい読後感だった。
 次回作も新訳が出ることが決まっているようなので、つづきを楽しみに待ちたい。
(Jan. 31, 2024)