スリーピング・マーダー
アガサ・クリスティー/綾川梓・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle
いよいよクリスティーの長編もこれでおしまい。
アガサ・クリスティーが自らの死後に発表するよう託した二本のうちの一本にして、ミス・マープル・シリーズの最終作。
ただまあ、これをクリスティーが遺作として残そうと思った理由がいまいちピンとこない。『カーテン』はまごうことなきポアロ・シリーズの最終作だったけれども、こちらは時系列的に最後って感じでもないし。
実質的には前作の『復讐の女神』がミス・マープルものの最終作で、これはマープルさんの過去の事件を振り返って最後にお届けします、みたいな作品のような気がする。
内容的にも傑作だった『カーテン』と並べると見劣りする感が否めない。『カーテン』と違ってどういう話かまったく記憶に残っていないのはなぜだろうと思っていたけれど、まぁこの内容ならば忘れるのも致し方なしかなぁと。
物語の主役はグエンダとジャイルズという一組の新婚カップル。
ニュージーランド人の新妻グエンダが、夫の母国であるイングランドでこれぞと思った屋敷を買い求めて新生活を始めたところ、その家には彼女の記憶を揺さぶるなにかがあった。イングランドを訪れたのは初めてなはずなのに、かつてその屋敷を知っていたかのような記憶が次々とよみがえる。やがて殺人を目撃した記憶までが……。
というような話で、ふたりがマープルさんの甥のレイモンドの友人だったことから、彼女たちはミス・マープルと知りあい、女史の助力を得てグエンダの過去の記憶を掘り起こし、彼女が幼いころに見たという殺人事件の真相究明に乗り出してゆく。
若きカップルが事件の謎を追うという展開は『秘密機関』やトミーとタペンス・シリーズに通じるクリスティーの十八番といえる設定だし、グエンダの記憶にまつわる冒頭部分にはオカルトっぽい感触があって、それがまたクリスティーらしい。
そして扱うのは晩年のクリスティーにとって主要なテーマだった過去の殺人。
四十年代に書かれたという話なのに、その時点で晩年に通じるテーマの作品を残しているのはちょっとすごい。犯人の正体にはかつての名作に通じるものがあるし、そういう意味でもこれはまさにクリスティーならではの作品ではと思う。
『カーテン』がある意味イレギュラーな作品だったので、最後はいかにも自分らしい作品でもって幕を閉じたいという思いがあったのかもしれない。
ということで、これにてクリスティー読了計画は本編終了~。まだ自伝やお宝発見的な短編集が残っているけれど、クリスティーが自らの意思で刊行した作品はこれが最後だから、ここから先はアンコール的な位置づけということで。
いやぁ、それにしても、まさかこの作品を読むまでに干支がひとまわりするほど時間がかかるとは思わなかった。
(Jul. 16, 2024)