「奇跡」と並んで「死闘」という言葉も大袈裟すぎて好きじゃない。けれどこの一戦はその「死闘」という言葉をもってして形容したくなるほどタフな試合だった。なんたって先制され、不条理なレッドカードをもらって十人となった圧倒的に不利な状況から一度は逆転に成功。しかしミスから同点に追いつかれ、残り時間5分で逆転を許すという絶体絶命の状況に陥ってしまったのだから。それでもここからロスタイムで同点に追いつき、延長前半早々に玉田のゴールで勝ち越し、残り時間をなんとか凌ぎ切っての劇的勝利。ヨルダン戦のPK戦に続き、敗色濃厚、絶体絶命の状況を気合いで跳ね飛ばしてみせてくれた。本当に今の日本代表のこの異常なまでの勝負強さはどうしたわけだろう。ジーコが僕らにはわからない何かをチームにもたらしているんだろうか……。
この試合に関して言うならば、本来バーレーンはここまでの苦戦を強いられる相手ではなかったと思う。チームの中心はオリンピック出場を逃したU-23の選手たちだそうで、実際に(疲れていたのかもしれないけれど)中盤でのプレッシャーが弱く、見るからにオマーンやヨルダンよりはワンランク下の相手に思えた。おかげで日本代表はひさしぶりに序盤からいい感じでボールが回せていたし、キックオフからしばらくの間は、今大会で一番楽な試合になりそうな雰囲気だった。
ところがこの試合でもタイ戦やヨルダン戦のリプレイを見るかのように前半早々先制点を許してしまう。でもってその後、日本は攻めに攻めるものの、フィニッシュの精度を欠いて得点をあげることができない。なまじいくつもチャンスがあるだけに、得点につながらないのが嫌な感じだった。そうこうするうちに前半も残り時間が少なくなる。そうしてカウンターのチャンスに遠藤がボールを持って攻め上がったシーンで、突如レフェリーがゲームを止めて、遠藤にレッドカードを突きつけるという不可解なジャッジが下されたのだった。僕ら観客にはわけがわからなかったし、当の遠藤がきょとんとしていた。VTRで見ると、すれ違いざまに相手選手をかわそうとして振り上げた遠藤の腕が相手の顔をたたいたように見えなくもない。少なくても相手はたたかれたという演技をしたし、レフェリーの角度からはそれがリアルに見えたんだろう。困ったもんだ。
とにかく前半残り5分で遠藤が退場。日本は1点のビハインドを十人で跳ね返さなくてはいけない状況になってしまった。ジーコは即座に動いた。田中誠を下げてフォーメーションを4バックに変え、ボランチに中田浩二を投入する。さらにハーフタイムを挟んで後半開始と同時に福西を小笠原に代えた。体力的にフレッシュで攻守のバランスの取れたこの二人の投入は実に的確な選手交替だった。個人的には二人とも出来はそれほどでもないように見えたけれど、それでも後半早々、俊輔のCKから中田浩二がヘッドで同点弾をたたきこんだのだから、選手交替は成功だろう。さらにその後ちょっとで、玉田が4月のハンガリー戦以来となる代表2ゴール目を決めて一気に逆転に成功する。左サイドからドリブルで突っかけてゆき、角度のないところから思い切って決めた見事なシュートだった。
逆転に成功した日本は人数的にも少ないため、小笠原を中心とした落ち着いたボールキープで逃げ切りにかかる。そのままきちんと守り切ってくれれば小笠原の投入大成功ということで終わったのだけれど、よりによってバーレーンの同点弾はその小笠原のパスミスが原因になってしまう。中途半端な横パスをインターセプトされ、シュートまで持ち込まれてしまったのだった。そしてさらに残り時間5分で逆転ゴールまで許す始末。ああ、万事休す……。
後半の2失点は仕方ない部分もあった。なんたってこちらは一人少ないわけだし、その状態から、まずは追いつかないと話にならなかったのだから。ワンボランチにして攻めにいくのはありだろう。でもってその分、守備的に薄くなるのは当然。中二日の強行日程による疲労だって蓄積している。中三日のバーレーンが後半あれだけ消耗していたのを考えれば、日本代表の頑張りは超人的にさえ思えるくらいだ。
それにこの日許した3ゴールはどれもかなり絶妙なコースに打たれてしまっていた。バーレーンのその他のプレーのレベルと比べると、これらのゴールの精度の高さには、運に恵まれた部分がそれなりにあったのではないかと思う。延長後半の終了間際にはゴール前で二つほど、決定的な場面を作られてしまっていたけれど、それらの場面は相手のミスで難なきを得ている。ああいうのが通常のアジアのレベルだと思う。そういう意味でもバーレーンの3ゴールは出来すぎという印象があった。それに川口のセービングにもヨルダンとのPK戦の時のような切れがなかった。本当にいい時の川口ならば、あのうちの一本くらいは止めていたのではないかとも思う。
ともかく2-3と逆転された時点で、日本にそれをひっくり返すだけの余力があるとは僕にはとてもじゃないけれど思えなかった。ところがそんなことはない。日本はロスタイムにアレックスのクロスを中澤がダイビング・ヘッドで決めて同点に追いついてくれてしまう。しかもこれがパワープレーでのごり押しの結果などではなく、攻めに攻めた上でのなんとも美しいゴール・シーンだった。心から感動させてもらった。
ここまで来たらもう負けるはずがないと思った。実際にその後わずか1、2分の間に日本は決定的なチャンスを次々と作っていった。そのうちのひとつを小笠原がふかさずにきちんとゴールの枠に飛ばしていれば、日本は余計な延長戦を戦わないで済んでいたはずだ。あそこでゴールを決められないあたりが、彼が俊輔からスタメンの座を奪い取れない所以だと思ってしまった。
延長戦はもう両チームとも消耗し切っていてヘロヘロだった。そんな中、相手DFの裏をとって、引き倒されそうになってもこらえ、GKと一対一のチャンスを見事にものにした玉田に万歳だ。そう言えばこの時間帯になってもなお前線からボールを追っていた隆行のスタミナにも敬意を表したい。彼の場合にはいいたいこともかなりあるんだけれど、この試合に関しては誰も責めたくないのでやめておく。本当にみんな、よく戦ってくれた。試合終了とともに何人もの選手がピッチに倒れこんだ。途中出場の小笠原でさえ、玉のような汗を浮かべて、苦しそうにしていた。いかにこの日の戦いがヘビーだったか、よくわかるシーンだった。本当にご苦労さまでした。
決勝戦の相手はホスト国・中国。社会問題として取り上げられるほどひどいブーイングの中でここまで上がってきた日本だ。決勝でのバッシングはさらにエスカレートするんだろう。逆境を力に変えてタイトルをもぎとって欲しいと心から思う。
(Aug 04, 2004)