いよいよドイツ・ワールドカップへ向けての最後の戦いが始まった。拉致問題で関係がこじれている北朝鮮との対戦ということで、社会的にも大きな注目を浴びたこの試合。そうした社会問題を除いた場合の一番の注目は、なんといってもジーコが海外から招集した俊輔と高原をベンチに置いて、シリア戦と同じ純Jリーガーのメンバーで試合にのぞんだことだった。
ジーコが海外組を偏重することに対しては、以前から一部の風当たりが強かった。事前練習に参加できない海外メンバーを寄せ集めて、コンビネーションがままならぬために不甲斐ない試合をするくらいならば、いっそ国内の選手にチャンスをあげた方がいいんじゃないかという意見だ。僕はそれにはどちらかというと反対で、もしも海外にいる選手が日本にとって一番いい選手だと考えるならば、なかなか招集も思うように行かない昨今──怪我人が多かったり、クラブとの交渉がすんなりいかないケースが増えてきて困りものだ──呼ぶことができた選手は積極的に使うべきだと思っている。たとえその試合でチームにマッチしなくても、少なくても90分一緒にプレーしたことで得るものはあるはずだから。そうやって獲得したものの積み重ねでチームが強くなってゆけばいいと思っている。
ただしそれは、あくまでその試合が選手選考や調整が目的の親善試合ならば、という前提での話。今回のようにW杯の出場がかかった大切な一番ならば、やはりその時のベストの組み合わせをじっくりと見極めた上で選手を起用して欲しい。いくら日本が強くなってきたといっても、即席チームで簡単に勝ち抜けるほど地区予選は甘くない。そうした意味では今回ジーコが事前の二つの親善試合を見て、このままのメンバーで北朝鮮戦にのぞもうと決意したのはきわめて正しい選択だったと思う。一般的な意見としても俊輔たちのスタメン落ちはおおむね冷静、かつ好意的に受け入れられていたようだった。
一部では海外組のモチベーションが下がるので、なにも来日する前に公言しなくなっていいだろうという意見もあった。けれどそれはまた別の話だろう。スタメンとサブの選手、どちらの心のケアにより気を配るかという問題で、今回のジーコはスタメンに起用することに決めた小笠原と玉田を安心させることを優先したということだ。それによって俊輔と高橋はショックを受けるかもしれないけれど、それは顔を合わせた時にジーコがきちんとケアしてあげればいい。そもそも自分たちが出るということは、他の人間が出られなくなるということだ。その事実をきちんと踏まえていれば、出ないなら行きたくないなんて言えるはずがない。
あとスタメンで使わないならば、わざわざ長時間移動の負担をかけさせてまで海外から呼ぶは必要ないんじゃないか、という意見もあったけれど、これは論外。なんたって大事な一戦だ。万が一スタメンの選手が怪我をした場合のバックアップを考えれば、呼べる選手は遠慮なく呼んでおくのが当然だろう。小笠原が開始十分で削られて退場という憂き目にあった場合を想定すれば、俊輔を呼ばなくてもいいなんて言えるわけがない。万が一、呼ばないでそういう事態になった場合、試合後になぜ呼ばなかったという話になって責任を問われることになるのは想像に難くない。ま、そういう話をし出すと、じゃあ加地のバックアップはどうなっているんだとか、アジアカップの時にはFWは鈴木と玉田しかいなかったじゃないかという話になるんだけれど。いずれにせよ俊輔は代表には不可欠な選手だから、好調を維持している現在ならば、こういう試合への招集は当然だと思う。FW陣の充実ぶりを考えると高原は微妙なところだけれど。少なくてもこの日は二人をベンチ入りさせたことが大きな意味を持つことになった。
この試合での日本代表は、開始わずか3分に小笠原の見事なFKで先制するという、最高のスタートを切る。本当に「喜んでいいの?」と疑問符をつけたくなるような、拍子抜けするくらいあっけない先制シーンだった。小笠原のキックは文句なしだったけれど、北朝鮮のディフェンスもあきれるくらいゆるい印象だった。特にGKがひどかった。こりゃ今日の試合は楽勝かと誰もが思ったろう。少なくても僕はそう思った。思ってしまった。ただそれと一緒に一抹の不安も覚えた。この一点が、日本代表が抱いていたはずの、いい意味での緊張感を解いてしまい、あとの展開が雑になりはしないかと。
そうしたら悲しいかな、やはり案の定という展開になる。その後の日本代表はほんのわずかしか攻撃の形を作れないまま、前半を終わってしまうのだった。逆に北朝鮮は中盤のセカンド・ボールを拾っては、スピーディーなカウンターで日本のゴールを脅かす。とにかく日本の中盤はまったくプレスが効いていない。トラップは大きいし、ミスパスも多い。シリア戦で見せた両サイドの攻撃参加もすっかり影を潜めてしまっている。コンビネーションの良さを買っての国内組の起用だったはずなのに、連係が今ひとつなのはなぜだ。時折見せる鋭いインターセプトにはおっと思わせるものがあったけれど、とにかくストレスがたまる内容で、早い時間に取った一点が恨めしくなるような展開だった。
結局そんな悪い流れが断ち切れないまま、日本は後半の半ばになってついに同点ゴールを許してしまう。パスミスから北朝鮮に渡ったボールは、コンパクトなパス交換でガラ空きの右サイドに渡り、そこにあがって来たサイドバックの選手の、ニアポストへの強烈なシュートへとつながっていった。川口は逆を突かれた形になって反応できず、フィールド・プレーヤーもクロスへの意識が強すぎて、シュートが頭になかった感じだった。
この場面に限らず、北朝鮮はとにかく少しでもスペースがあれば、がんがんミドル・シュートを打ってきた。ペナルティ・エリアに入ってなおパスを出す相手を探してしまうような日本とはその辺が違う。少なくてもゴールに向かう基本的な姿勢に関しては、日本よりも北朝鮮の方が世界水準に近いんじゃないかと思えてしまう。ま、それは困ったもので、たいていの国に対して感じることではあるのだけれど。
いずれによせ、その同点ゴールのしばらく前から、流れはすっかり北朝鮮に傾いていたし、同点になる前にも左サイドからのクロスに頭で合わされ、川口のファイン・セーブがなければ一点は確実という際どいプレーがあった。攻撃が形にならない上に、守備でこうも綻びていれば、同点は必然の結果だったと思う。
ただ、ジーコ・ジャパンがおもしろいのは、いつでも苦境に立たされたあとに、がぜん元気になることだ。アジアカップの時も、先制されて初めて目が覚める、みたいな試合ばっかりだった。この試合もこのゴールのあと、突然日本代表は息を吹き返す。
今回の場合は、同点劇の直後に満を持して投入された海外組二人の功績が大きい。俊輔のキープ力やパスのセンスには思わずうなってしまったし、わずかな時間で3本のシュートを放った高原も(決まりこそしなかったけれど)満足のゆく出来だった。二人が入ってチームの攻撃の迫力が倍増したことには疑問の余地がない。
ただし、だ。それをすべて彼ら二人の貢献に帰して、やはり海外組は違うと言ってしまうのは間違いだと思う。あの時間帯で日本の攻撃が好転し始めたのに二人が貢献したのは確かだけれど、その二人のプレーを引き出したのは、フォーメーションを3-5-2から4-4-2に変更したジーコの采配だったと僕は思う。
考えてみて欲しい。いくら俊輔がいい選手だといっても、一人でできることは限られている。基本的にチームの残りのメンバーはアジア・カップの時とほぼ同じだ。あの大会では俊輔がいてなお、この日と同じようなじれったい試合を見せられた。彼の活躍はFKの場面に限られていたような印象さえある。それなのに今回、ほとんど連携プレーの確認もできずにチームに加わった彼が、流れの中であれほどのプレーを見せることができたのはなぜなのか。イタリアでの彼の成長はその一因だろう。けれどそれ以上に大きかったのが、4バックへのフォーメーションの変更だと僕は思っている。
ジーコは俊輔を送り出すにあたって、単純に彼を小笠原と置き換えることをしなかった。田中を下げて4バックとし、ディフェンスの駒を減らして、攻撃の比重を高めるという作戦に出た。今までに親善試合では行ってきたことではあるけれど、これが大切なW杯予選なのを考えると、押されている時間帯にあえてディフェンスの枚数を減らすという采配はかなりのばくちだ。僕はそりゃ危ないだろうと思った。
ところがこの作戦がずばりとあたった。エースの投入は確実に北朝鮮に脅威を与えたし、そちらへ意識が集中することにより、小笠原がフリーでボールを持てる機会が増えた。そもそもチーム自体は振るわなかったものの、小笠原自身はそれまでも十分良いプレーを見せてくれていた。彼の危険性は北朝鮮も重々承知していたはずだ。そんなオガサと俊輔二人を同時にケアしなくてはならなくなった北朝鮮の困惑は想像に難くない。そういう意味ではジーコが彼を下げずに俊輔を使うためのオプションとして4バックへの変更を思い切ったのはとても妥当だったことになる。
とにかく俊輔のプレーが素晴らしかったのは確かだけれど、そのパスの供給先に小笠原がいた場面が何度もあったことを見落として欲しくない。そうした場面をきちんと評価しないで「やはり俊輔の方が小笠原より上」とか簡単に言ってしまうのは間違いだ。
そうはいっても、俊輔が素晴らしかったのもまた確かではある。彼のプレーは確実に以前より輝きを増していた。左サイドで相手から受けたパスを、ダイレクト・ボレーで中央の大黒に通したプレーには、思わず「すげー」と声をあげてしまった。
ちなみにそのプレーでは、俊輔からのパスをトラップしてDFの裏へ抜け出ようとした大黒の技術にも感心した。残り時間は少なかったし、その場面ではシュートこそ打てなかったけれど、彼らのプレーからは追加点の匂いがぷんぷんと感じられた。そういう意味では、ロスタイムの劇的なゴールは、決して奇跡やラッキーなんかじゃないと思う。そのゴールに到るまでの攻撃の厚さには、決まって当然と思わせるだけの迫力があった。見ている際には全然安心なんかできなかったんだけれど、少なくてもこのままでは終わらないんじゃないかという期待感は最後まで抱いていられた。そしてそんな期待には、ちゃんと大黒が応えてくれたのだった。いやー、まいった。なにもそんなに年がら年中、劇的な勝利を演出してくれなくてもいいのに。そう思わないではないのだけれど、なにはともあれ、勝利にまさるものはない。
とにかく海外組二人が出場してからの4バックでの戦い方についてはまったく文句がない。問題なのはそれ以前の3バックでのていたらくだ。
去年から僕はずっとジーコが3バックを採用したことには苦言を呈してきた。日本の強みは豊富な中盤のタレントにあるのだから、わざわざディフェンスに3枚を割いて、その長所を削るような布陣はいかがなものかと思っていた。ジーコが3バックを採用するようになったのは、Jリーグではそれが主流だという消極的な理由からのはずだ。今回の小笠原の活躍で、彼が単に俊輔のバックアップではなく、ともにピッチに立つことでチームに貢献できる才能の持ち主であることは証明されたはずだ。彼の他にも国内には奥や山瀬など、中盤のいい選手はいる。本当に国内組を信用しているというのならば、海外組の「黄金の四人」が揃わないから4バックは使えないなんて言わず、彼らが来られない場合にも十分にその穴を埋める人材がいることを示す意味でも、4バックに戻して欲しいと思う。本気でそう願う。
で、その願いが叶わない場合。現状の3バックを維持するならば、ボランチの持つ重要性が否応なく高くなる。不動の両サイドウィングに守備力の上で難がある以上、ボランチには積極的な守備と同時に、駒不足の中盤の攻撃力を補うという、攻守に渡るハイ・パフォーマンスが求められることになる。そうした目で見ると、福西も遠藤もこのフォーメーションの中で十分な働きをしていたとは言えないんじゃないかと思えてしまう。どこが悪かったというのではなく、彼らがもっと存在感のあるプレーをしてくれていれば、この日の試合ももう少し楽な展開になったのではないかと。
それは俊輔と高原の代わりにスタメンを努めたオガサと玉田が、僕からしてみれば決して悪い出来ではなかったことが大きい。不動の両サイドと隆行はある意味いつもどおりなのだから、小笠原と玉田が評価に足るプレーを見せてくれている以上、攻撃が機能しない原因をボランチに求めたくなるのも仕方ない部分がある。しかもそのポジションに小野と稲本が控えているとなればなおさらだ。もしも彼らが出場していたらどうなのだろうと思わずにはいられない。
僕は福西にも遠藤にも悪感情は持っていない。二人とも日本代表の選手として好感を持っている。けれどもこの日みたいな試合を見せられてしまうと、残念ながら小野と稲本の復帰を望まずにはいられなくなるのも致し方ないのだった。ということで試合が終わった今になって見ると、海外組の招集問題に関しては、俊輔のベンチ・スタートうんぬんを問うよりもまず、稲本の招集の方が必要だったんじゃないかという気がしている。故障明けから間もない小野はともかく、イングランド2部リーグでスタメン出場の続いている稲本は呼んでしかるべきだったんじゃないかと。ま、過ぎてしまったことではあるけれど。
幸か不幸か、次の試合はアレックスと田中誠が累積警告で出場停止となる。3バックの採用にはアレックスの攻撃力を生かし、守備力の不足を補うためという部分があると思うし、田中誠は3バックの採用によりレギュラーの座を射止めた選手だ。このタイミングでそんな二人が欠場することになったのは、まるでサッカーの神様からの、4バックへ戻せというメッセージであるように思える。ただ次の対戦相手はグループ一の強敵イランだ。破壊的な攻撃力を考えるとDFを減らすのもちょっとこわい。直前合宿はドイツで、位置的に海外組の方がコンディションを調整しやすい状況になる。そうしたことも含め、尋常ではないプレッシャーが噂されるアウェーの一戦を一体どのようなメンバーで戦うことになるのか。ジーコの選択に注目したい。
そうそう、この日のベンチ入りのメンバーにはDFが三浦淳しかいなかった。そこまで極端な人選をした上で入れた大黒が決勝点というのは結構インパクトがあるよなとか、この試合については他にもまだまだいろいろと思ったことがある気がするのだけれど、ここまでで既にとっちらかりまくりなので、これくらいにしておく。さあ、次は一ヵ月半後だ。('05.02.10)