カポーティ
ベネット・ミラー監督/フィリップ・シーモア・ホフマン/2005年/アメリカ/DVD
この映画は着想が秀逸。トルーマン・カポーティという、実在したきわめて個性的なアメリカ人作家を主人公としつつ、その生涯を描くのではなく、かわりに彼が ノンフィクション・ノベルという新しいジャンルを開拓した傑作 『冷血』 を書きあげるまでの苦悩の7年間にのみフォーカスを絞ってみせたアイディアが素晴らしい。シックな色調で統一した映像もとてもきれいだし、内容的にもきわめて現代的で、これは文芸作品としては出色の出来だと思う。派手さにはかけるけれど、ほの暗く静かなところで、しっかりと心を揺さぶってくる。
そもそも 『冷血』 という作品は、ノンフィクション・ノベルという言葉どおり、ノンフィクションでありつつも、創作としての色彩の強い作品だった。実際にあった殺人事件を題材にして、綿密な取材の上で執筆されてはいながら、それはあくまでカポーティという作家の眼を通して再構成された想像上の物語だった。この映画は、その物語をつむぐために悪戦苦闘するカポーティを、さらにひとつ上の視点から
カポーティはみずからの作品のために死刑囚ペリー・スミスの延命を望み、また同じ理由でやがて彼の死を願うようになる。そしてそんな自分のアンビバレントな感情に激しく苦悩する。『冷血』 でのカポーティはあくまで黒子に徹しているため、この映画で描かれるような彼の苦しみは、作品自体からはうかがい知ることができない(少なくても僕にはできなかった)。けれど、カポーティが終生の傑作をものにするために味わった葛藤には、まさにその作品自体をも凌駕するほどの文学的主題がひそんでいたわけだ。この映画の製作者たちはそのことに気づき、カポーティを苦しめた作家としてのカルマともいうべきものを、映像作品として提示してみせた。このお手並みや見事。
まあ、フィリップ・シーモア・ホフマンの極端なまでにエキセントリックなしゃべりかたにはちょっとばかり鼻につくところがあるし(DVDの映像特典で見られるインタビュー映像で、カポーティ本人がまさにあんな風なしゃべりかたをしているのを見て、なるほどとは思った)、カポーティの文学に興味のない人にとっては、やや地味な作品かもしれないけれど、それでもこれはまちがいなく、大変に優れた映画だと思う。
(Feb 03, 2008)