ザ・シンプソンズ MOVIE
デヴィッド・シルヴァーマン監督/アメリカ/2007年/TOHOシネマズ六本木ヒルズ
年末のあわただしい最中、わざわざ劇場まで足をはこんで観てきました、『ザ・シンプソンズ MOIVE』の“字幕版”。どうせ半年もしたらDVDを買うことになるんだし、ちょっと贅沢だなあと思ったけれど、これに関してはうちの奥さんのたっての希望だったし、やはり劇場のワイドスクリーンで観ることに意味があるんだろうと思ったので、ひさしぶりに劇場に出向いた。映画館で映画を観るのは、実に2年ぶり。六本木ヒルズを訪れるのも、これが初めて。
最寄の劇場ではなく、わざわざ六本木ヒルズへ行ったのは、字幕版が上映されているのが、ここと、お台場しかなかったから。これは東京ではという話ではなくて、日本中での話。この映画の字幕版が上映されている劇場は、驚いたことに全国でこの二ヶ所しかない。つまり東京以外に住んでいるシンプソンズ・ファンは、所ジョージらが声優をつとめる日本語吹替版が嫌だと思ったら、わざわざ東京へ出てくるしかないということになる。
これって普通のことなのかなと思って、現在公開中のアニメ、 『ルイスと未来泥棒』 について調べてみた。すると確かに劇場公開は吹替版がメインで、字幕版はあまり上映されていない。とはいっても、こちらはいくらなんでも東京限定というほど極端じゃなく、大都市限定ながら十近くの劇場で公開されている。ディズニーの作品とシンプソンズでは、おのずから劇場数自体が違うというのはあるけれど、それにしたって、シンプソンズについてのこの字幕版の劇場数の少なさは、やはり極端な気がする。おそらく有名な芸能人に頼んで吹替版を作ってしまった手前、配給側でそれをないがしろにはできないということなんだろう。
でも、そうなればなるほど、やはりこの作品については、吹替に芸能人を起用したことが不幸な結果を招いてしまったなあと、悲しい気分になる。
前にも書いたけれど、シンプソンズという作品は、決して子供向けの作品ではない。しかもテレビでは過去十年にも渡って放送されている作品だ。わざわざ劇場版に足を運ぼうなんて人は、そのテレビ版に慣れ親しんだ大人たちがメインだろう。そうした人たちが、テレビ版とは違う声優を起用した劇場版をよしとするはずがない。
かといって、第二の選択肢としての字幕版は、観られる場所がきわめて限定されている。いくらなんでも、北海道や九州の人が、映画一本のためにわざわざ東京に出てくるとは思えない。結果、新しい声優陣を認められないファンは、劇場版を観ることを諦めるしかない。少なくても僕自身、もしも東京に住んでいなかったらば、劇場では観ていないと思う。
そもそもこの作品については、マーケッティングの結果として、新しい声優陣にしたという話だけれど、そのマーケッティングというのが、初めから方向性を間違えている気がする。
確かにこの作品はアニメだ。ただし、アニメだとはいっても、ディズニー作品のような普通の子供向けのそれとはあきらかに違う。どちらかというとティム・バートンの 『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』 などを好む大人たちにこそ喜ばれる作品だと思う。で、あの作品を観る人が字幕と吹替とどちらを選ぶかといえば、おそらく過半数は字幕版を選ぶだろう。あくまで推測でしかないけれど、吹替版は字幕が読めない子供がターゲットというイメージがあるし、少なくても僕自身は海外の作品はアニメであろうと字幕派だ。
そんな僕のような人間がなぜこの映画に限って吹替版を観たいかといえば、それは当然、いままでテレビ版を吹替で観てきたからこそだ。それなのに、そのテレビ版をないがしろにして、わざわざ高いギャラを払ってまで、新しい日本語吹替版を作るほうがどうかしている。この作品の本質を興行する側がきちんと把握できていない証拠としか思えない。
そういえば、映画が始まる前の予告編がポケモンの新作だったりしたけれど、あれなんかも映画会社がシンプソンズの観客層を読み違えているいい例だと思う。この劇場ではレイトショーでしかこの映画を上映していない。それなのに予告編でポケモンって……。ポケモンを喜ぶような子供たちが、日が暮れてから字幕の映画を観にくると思っているんだろうか。まったく、すっとぼけている。
いや、もともと配給会社はこの映画を子供連れの家族向けの作品と考えたからこそ、吹替版をメインにして、ポケモンの予告編を用意したのだろう。でもって、わざわざ二館だけのために予告編を変える予算はなかったから、字幕版でもポケモンの予告編が流れる結果になったと。そういう事情は推測できる。でも、シンプソンズとポケモンじゃ、あまりに観客層がかけ離れている。そんなことは観くらべればわかるだろうに、気がつかないってのは、どちらの内容もよく知らない上に、アニメ=子供のものという先入観がある証拠だろう。何度も書くけれど、シンプソンズは大人のためのアニメなのに……。
実際に観てみた 『ザ・シンプソンズ MOVIE』 は予想通り、これまで4:3のテレビ番組として放送されていたアニメが、劇場のワイドスクリーンで上映されることになったのを非常に意識した作品に仕上がっていた。というよりも、テレビのまんまのあの絵が、劇場の大きなスクリーンに映し出されるミスマッチを、どれだけ楽しませるかに全力を注いだような作品だった。そういう意味では、シンプソンズが好きならば、やはり一度は劇場で観ておいたほうがいい作品だと思う。
さらに言うならば、普段は日本語吹替で観ている人でも、この作品に関しては、あえて字幕版を観たほうがいいんじゃないかと思わされる部分もそれなりにあった(アメリカの声優さんがひとりで何役もの声を演じ分けているのがわかるエンド・クレジットがその最たるもの)。少なくても僕は、これは字幕版で観て正解だったかなと思った。
そういう作品だからこそ、字幕版が日本中でたった二館でしか上映されていないという現状には、なんとも悲しい気分になってしまう。日本の配給会社はおそらくこの映画の価値を──どうして全米興行収益で初登場第一位になったのかとか、どうして世界中で愛されているのかというその
なんだか愚痴ばかりになってしまって、作品自体についてはぜんぜん書いていないけれど、ここまでで十分に長くなってしまったので、この作品の内容については、いずれDVDでオリジナル声優陣による日本語吹替版を観てから、再び書くことにします。あしからず。いや、作品自体はとてもおもしろかった。大満足でした。
ということで『ザ・シンプソンズ』 がお好きな人は、いまのうちにぜひ六本木か、お台場へ。
(Jan 05, 2008)