シッコ
マイケル・ムーア監督/2007年/アメリカ/DVD
アメリカの医療保険制度の暗部にメスをあててみせたマイケル・ムーアの最新作。
この映画を観ると、イギリスかフランスかカナダに引っ越したくなる。いや、この際、キューバでさえいい──アメリカと日本でなければ──そんな気がしてくる。
とにかくアメリカはひどい。要するに健康保険の民営化ってことなんだと思うけれど、あの国の健康保険は70年代前後から民間の企業によって運営されているらしい。そして、それらの企業は利益追求のあまり、あまりに国民の健康をないがしろにしているとムーアは告発する。
本当にそのひどさは目にあまる。事故で指二本を切断してしまった人が、つなげるには中指で6万ドル、薬指で1万5千ドルが必要だと請求されて、泣く泣く薬指だけ治して済ませたとか、意識を失って救急車で運ばれた女性が、事前の申請がなかったから保険はおりませんと言われたとか──気を失っていたのに、どうやって連絡すればいいのよと、その女性は憤慨していたけれど、本当にそのとおり──、冗談じゃ済まないない話のオンパレード。保険料を未払いの人ならばともかく、ちゃんと払ってる人までがなんでこんな目にあわなくちゃならないのかと思う。
母国のあまりのひどさにあきれ、海外に目を向けたムーアは愕然とすることになる。カナダ、フランス、イギリスと、彼が取材に出かけた先進国のすべての国で、医療費はタダだった。さらにはとなりの敵国、キューバでさえ……。イギリスでは低所得者のために、病院までの交通費を、病院側が払い戻してさえいるのには、あまりの違いように苦笑せずにはいられない。
アメリカほどではないけれど、日本でも大きな手術となると何百万もしてしまうわけで、この国も状況はアメリカに似たようなものだと思う。イギリスやフランスならば、どんな手術でも無料らしい──もちろん、その陰には高額な保険料を払っている人がいるということなんだろうけれど、それでも貧しい人が病気で苦しんでいるときに、それを見殺しにするよりは──この映画で見るかぎり、実際に現在のアメリカはそうしている──、出せる人が出せるだけ出して、全員で支えあうという姿勢のほうが、圧倒的に正しいと思う。
僕は以前、『トレイン・スポッティング』 の原作だったか、それに類するイギリスの作品を読んだときに、主人公が働きもせずに失業保険をもらって暮らしているのに、どうしてそんな風に保険が適用されるのか、不思議に思ったものだった。けれど、この映画を観るかぎり、どうやら向こうの国では、たとえそれが社会不適合者であっても、全体の利益を考えれば救うべきだという互助精神が根付いているらしい。自己中心的な不正ばかりがはびこるいまの日本にいて、この映画で描かれるような不自然なまでに弱肉強食なアメリカ社会の現状を見せられると、そんなイギリスのような国のあり方が、うらやましくて仕方なくなる。
いや、それはどんな国にだってそれぞれ問題はあるんだろう。それでも僕は弱者を一方的に切り捨てるような社会の一員ではありたくない。この国をアメリカのようにしてはいけない。健康保険という、日本人としても関係のある問題をとりあげていることもあって、僕はこれまでのマイケル・ムーアの映画の中で、この作品にはもっとも考えさせられた。
(Apr 12, 2008)