ジョーカー
トッド・フィリップス監督/ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ/2019年/アメリカ/Netflix
『バットマン』シリーズを代表する悪役(最近はスーパーヴィランと呼ぶらしい)ジョーカーの誕生秘話を描くスピンオフ映画。
アカデミー賞の最優秀作品賞の候補になっただけあって、これはすごかった。アメコミをベースにしていながら、マンガ的な軽妙さはゼロ。不幸な生い立ちのひとりの精神障害者が、いかにして時代を代表する悪のシンボルとなるをシリアスなタッチで描いてゆく。
主人公が憧れるテレビ番組の司会者役でロバート・デ・ニーロが出ているけれど(知らなかったから驚いた)、この映画には彼の若いころの代表作である『タクシードライバー』や『キング・オブ・コメディ』に通じるところがある(あとで調べたら、それらの作品を意識して脚本を書いたらしい)。それゆえにデ・ニーロの起用は見事なはまり役だと思った。ぐっときた。
スコセッシがマーベル作品をして「あれは映画じゃない」といったという話があるけれど、そのマーベルと双璧をなすDCコミックス出自のこの作品が、そんなスコセッシの名作への素晴らしいオマージュとなっていることに、なんとなく皮肉なものを感じてしまった。
それにしても、ジョーカーといえば『ダーク・ナイト』でのヒース・レジャーのいかれっぷりがあまりに強烈だったから、この先あれを超えるのは至難のわざだろうと思っていたけれど、ここでのホアキン・フェニックスはまったく違う性格のキャラを演じることで、先達の壁を超えてみせた。ヒース・レジャーとはまた違った意味でホアキン・フェニックスのジョーカーも素晴らしい。彼の演技には彼が悪の道に進むのは至極当然だって思わせる説得力がある。
でも、逆にいうとそこがこの映画の弱点かなという気もする。社会的弱者であるジョーカーが罪を犯すことでその境遇から解放されるというこの映画のカタルシス。それはアンチ・キリスト教的な悪の肯定として良識ある人たちの神経を逆なでするような気がする。
いまだ『パラサイト 半地下の家族』を観ていないから、あの映画がこの作品よりもオスカーにふさわしいかは判断できないけれど、でもたとえ『パラサイト』がなかったとしても、この映画はオスカーには選ばれなかったのでは……という気がした。こんな映画に賞をあげてはいけないって思う人たちが一定数いそうな気がする。いま現在のアメリカ社会の問題をあぶりだしたような不穏な傑作。
しかしまあ、これの監督が『ハング・オーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』と同じ人だってのにはびっくりだよ。
(Jul. 12, 2020)