2021年4月の映画

Index

  1. ザ・ファイブ・ブラッズ
  2. シカゴ7裁判
  3. Mank/マンク
  4. マ・レイニーのブラックボトム

ザ・ファイブ・ブラッズ

スパイク・リー監督/デルロイ・リンドー、クラーク・ピータース/2020年/アメリカ/Netflix

 今月はアカデミー賞の授賞式があるそうなので、せっかくだから、その前にネットフリックスで観られる候補作品を観ておこうと思う。
 ということで、一本目はスパイク・リーの最新作であるこれ(ファンならばさっさと観とけ、俺)。ベトナム戦争の退役軍人である黒人四人組が、ベトナムの奥地で戦死したかつての仲間の遺骨を回収にいくという口実で、隠しておいた金塊を手に入れようともくろんだところ、欲得ずくの愚行と予想外の展開から大変なトラブルに見舞われるという話。
 ベトナム戦争絡みということで、七十年代が主要な舞台なのかと思っていたら、メインは現代劇だった。過去のシーンはわざと画質を落として、画角を4:3比にしてみせた演出がおもしろい。
 物語の肝となるのは、デルロイ・リンドー演じるポールの困った人っぷり。で、この人のひどく自分本位な行動がある種の苦い笑いを誘いはするものの、観ていてあまり気持ちよくない。いい加減にしろよな、おっちゃんっていいたくなる。もっとも目立つこの人があまりに共感を呼ばないのが、この作品のウィークポイントだと思う。
 ということで、出来が悪いとはいわないけれど、かといって(これまでのスパイク・リー作品と比べて)特別によいとも思わなかったったので、これで本当にアカデミー賞にノミネートされているんだろうか?――と思ったら、なんのことはない、ノミネートは作曲賞だけだった。あぁ、そりゃそうだよなぁと納得。
 で、ノミネートされたオリジナルのスコアがよかったかと問われても、どんなだったかまったく印象ありません。ただ、ベトナム戦争絡みってことで全編的に使用されているマーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン』の収録曲の数々は非常に印象的だった。そこんところはさすがスパイク・リー。
 ということで、必見ってほどの出来映えではないけれど、往年の洋楽ファンならば、観たらかなり楽しめる作品なのではと思います。映画を観たあとで『ホワッツ・ゴーイング・オン』を聴きたくなるの間違いなしって一本。
 あ、大事なことを忘れていた。回顧シーンに登場するいまは亡き戦友を演じているのが去年亡くなったチャドウィック・ボーズマンだというのもこの映画のポイント。脇役ではあるけれど、物語の鍵となる重要なキャラクターで、しかも若くして命を失う兵士という自らの境遇に通じる役どころ。彼が人生最後の日々にどういう気持ちでこの役を演じていたんだろうと思うとなんともやる瀬ない。
(Apr. 11, 2021)

シカゴ7裁判

アーロン・ソーキン監督/エディ・レッドメイン、サシャ・バロン・コーエン/2020年/アメリカ/Netflix

 ネットフリックスでアカデミー賞候補作品を観よう其の二は、1968年に反戦デモから暴動が起こった責任を問われて、市民運動家のリーダーたち七人+ブラックパンサー党の党首ひとりが裁判にかけられたという実話をもとにした法廷劇。
 この映画は冒頭部分がものすごくパワフルで素晴らしい。ベトナム戦争の兵役増員に反対するデモが起こるまでの流れを、当時の映像を交えてスピーディーに描いたその部分だけでもめちゃくちゃ見ごたえがある。ただ、いきなり猛スピードで主要キャラがいっきに紹介されるので、アメリカの現代史に詳しくない僕らには、ややついてゆけない感もあり。
 いざ本編に入ってからは、暴動の責任が行政側にあったことをもみ消そうとする政府の悪いやつらと、その片棒をかつぐ恥知らずな裁判官(フランク・ランジェラという俳優さんが演じるこの老人が本当にひどい)に義憤をかきたてられつつ、不承不承事件を担当することになった検察官――演じるのはジョセフ・ゴードン=レヴィット(なんかすごいひさしぶりに観た)――や、マーク・ライランスという人が演じる左翼弁護士、学生運動のリーダー役のエディ・レッドメインに、ヒッピーな運動家役のサシャ・バロン・コーエン、元司法長官役のマイケル・キートンら、豪華で個性豊かな俳優陣の演技がたっぷりと楽しめる。こりゃアカデミー賞のノミネートも当然だなって出来映え。
 実話ベースの映画にありがちなパターンで、結末には個人的にいまいちすっきりしきれない感が残ったけれど、それでも基本的にはとてもいい映画だと思う。
 いやしかし、これが実話だってのがすごいな。ほんと、なにあの裁判官。いろいろあり得ない。
(Apr. 18, 2021)

Mank/マンク

デヴィッド・フィンチャー監督/ゲイリー・オールドマン、アマンダ・サイフレッド、リリー・コリンズ/2020年/アメリカ/Netflix

 ネットフリックスのアカデミー賞候補作品を観よう・その三。
 『市民ケーン』の脚本家ハーマン・Jマンキイーウィッツ氏――通称マンク――がいかにしてアメリカ映画史上に残る名画の脚本を書きあげたかを描く伝記映画。
 いやー、これは二十世紀前半のモノクロ映画へのオマージュとして、映画オタクな人たちにはこたえられない作品なんではないでしょうか。とにかく映像が見事。わざとフィルムのリール交換のための黒いポッチを入れた遊び心とか、映画ファンの琴線に触れまくりな気がする。
 ただ、物語自体はいまいちわかりにくい。とくに当時の映画産業の有名人や裏事情、政治情勢などがわかっていない僕らのような観客にはちんぷんかんぷんなところが多かった。白黒ゆえに俳優の顔もなかなか見分けがつきづらいし、物語的にはとてもとっつきにくい。おかげで誰にでもお薦めできる作品ではない気がする。ただ、そんなところもマニアの心をくすぐる要因かもしれないと思ったりもする。
 まぁ、なんにしろ、これもアカデミー賞にノミネートされて当然って感じの作品。デヴィッド・フィンチャーってびっくり箱的な映画を得意としている印象が強いけれど、そういえば『パニック・ルーム』のように、やたらと撮影手法にこだわった映画も撮る人だったのを思い出した。そういう資質がいい形で結実した作品なのではと思います。
 そうそう、この映画はジャズやオーケストラを駆使して当時の映画音楽の雰囲気をみごとに再現してみせたサントラも素晴らしいのだけれど、その音楽を手掛けているのがトレント・レズナーとアティカス・ロスってのにもびっくりした。こういうのもちゃんと作れるとは。おみそれしました。
(Apr. 18, 2021)

マ・レイニーのブラックボトム

ジョージ・C・ウルフ監督/ヴィオラ・デイヴィス、チャドウィック・ボーズマン/2020年/アメリカ/Netflix

 ネットフリックスで今年のアカデミー賞候補作品を観ようシリーズ。四本目のこれにてひとまず打ち止め。
 マ・レイニーという実在した伝説のブルース・シンガーのとある日のレコーディングにまつわるいざこざを描いた作品で、タイトルからなんとなくハッピーな映画を想像していたら、まるで違った。コメディ的な要素もなくはないけれど、あまり笑える感じの映画ではない。もとが舞台劇だそうで、なるほど十人たらずの登場人が織り成すぎすぎすした人間模様を描く、苦味のある映画だった。
 登場人物は、付き人ふたり(レズビアンの恋人と甥)を従えた傲慢なブルースの女王と、彼女に振り回されるレコード会社の白人経営者がふたり(親子?)。あと黒人四人組のバック・バンド。このバンドは最近加わった野心的な若いトランぺッターのせいで微妙な空気が漂っている。
 話を引っぱってゆくのは、ヴィオラ・デイヴィス演じる自分本位なブルースの女王マ・レイニーと、チャドウィック・ボーズマン演じるトランぺッター、レビィーの存在。でもって、とにかくこのふたりの演技がすごい。
 ヴィオラ・デイヴィスという女優さんのことを僕はほとんど知らないけれど――『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』に出演しているというので、オクタヴィア・スペンサーと勘違いしていた――ネットで観る写真とこの映画でのルックスの違いが強烈。太っちょのエキセントリックなブルース歌手役をみごとに演じきっている。
 チャドウィック・ボーズマンは『ブラック・パンサー』での王様としての端正な演技から一転、ここでは育ちの悪い黒人ミュージシャン役という、あちらとはまったく違う役どころを完璧に演じている。先日観た『ザ・ファイヴ・ブラッズ』でのイメージは『ブラック・パンサー』に近かったけれど、この映画の彼はまったく印象が違う。そうだとあらかじめ知らなかったら、僕らはチャドウィック・ボーズマンであることに気がつかなかっただろうってレベル。
 陽気だけれど内面に闇を抱えたトラブルメイカーで、キャラクターとしては決して魅力的な役どころとはいいがたいけれど、演技としては非の打ちどころがなかった。とくに少年時代のトラウマ経験を激白するシーンは息をのむほどだ。
 これが遺作となってしまったのが残念。本当に惜しい人を亡くしたと思う。
 ご冥福をお祈りします。
(Apr. 25, 2021)