2021年11月の映画

Index

  1. クルエラ
  2. ブラック・ウィドウ
  3. EMMA エマ
  4. シャン・チー/テン・リングスの伝説

クルエラ

クレイグ・ガレスピー監督/エマ・ストーン、エマ・トンプソン/2021年/アメリカ/Disney+

クルエラ (字幕版)

 エマ・ストーンを主役に『101匹わんちゃん』の悪役クルエラの若いころを描く実写版のスピンオフ映画。
 アニメのクルエラは骨ばっていてエラの張った世辞にも美人とはいえないキャラなので、それをキュートなエマ・ストーンに演じさせてどうするのかと思ったら、ここでのクルエラさんは白黒ツートーンの髪のファッション・デザイナーというキャラ設定だけを踏襲しただけのほぼ別人だった。
 まぁ、とぼけた子分ふたりを引き連れていたり――正確には子分ではなく、家族同然に育った孤児ふたりだけど――ダルメシアンと因縁があったりと、アニメの設定はあちこちに取り入れられているようだけれど、それでもクルエラの性格づけはまったくの別物。
 この映画のクルエラは明るくてポジティヴで、憎々しいところは微塵もない。まぁ、母親の命を奪った人物に復讐を果たすため、あれこれ策略を仕掛けてゆくあたりはちょっとピカレスクっぽいけれど、対する相手に同情の余地がないので、喧嘩両成敗で結果オーライって感じ。不幸ななりゆきで幼くして孤児となった美女が、気のいい仲間たちの助けを借りて逆境をはねのけ、成功をつかむまでを描く、なかなか愉快なコメディだった。
 共演者でよかったのが、『リチャード・ジュエル』で主演を務めていたポール・ウォルター・ハウザー。あの映画では笑いどころのない難しい役どころのせいで、あまり魅力的とはいえなかったけれど、この映画ではクルエラの孤児仲間(泥棒仲間?)の片方の役で、コミック・リリーフとしていい味を出している。もともとがコメディアンだというので、これぞ本領なんでしょう。とてもよかった。
 クルエラが憧れる天才デザイナー役のエマ・トンプソン(エマとエマの共演)もメリル・ストリープやケイト・ブランシェットあたりが演じそうな高慢な憎まれ役の女性をみごとに演じている。この人って善良で繊細な役どころが多いイメージだったので、ここでの悪役ぶりは意外性があって新鮮だった。
 時代背景にあわせて音楽を70年代のロック・ナンバーで固めたサントラもいい感じだし、そんな中に混じる新録の主題歌がなんとフローレンス・アンド・ザ・マシーンというのも個人的には得した気分。
 ということで、正直それほど期待していなかったのだけれど、思いのほかおもしろい映画だった。
(Nov. 20, 2021)

ブラック・ウィドウ

ケイト・ショートランド監督/スカーレット・ヨハンソン、フローレンス・ピュー/2021年/アメリカ/Disney+

ブラック・ウィドウ (字幕版)

 マーベル・シネマティック・ユニヴァースのフェース4開幕を告げるのは、ブラック・ウィドウことナターシャ・ロマノフを主役にした過去話。
 時代設定は『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』のあと。あの事件で世界政府(?)から終われる身になったナターシャが、幼いころに疑似家族として暮らしたことがある妹や父親とともに、かつて自分が所属していたレッドルームという組織に戦いを挑むという話で、序盤は主役のナターシャのキャラクターを反映して、笑えないシリアスな雰囲気。
 マーベルらしからぬ本格スパイ・アクション路線でも狙ったのかと思ったら、その後フローレンス・ピュー(『ミッドサマー』主演の彼女。最近よく見る)演じる妹のエレーナと、『ストレンジャー・シングス』の署長さん役のデヴィッド・ハーパーが父親役として出てきたところから、いきなりコメディ要素が倍増した。特にエレーナがお姉ちゃんの決めポーズを真似して「なにあれ?」とかいっていじるシーンがすごい好き。妹おかしくて素敵。
 お父さんはソ連がキャプテン・アメリカ対抗すべく生み出したスーパーソルジャーのなれの果てという役どころで、こちらは終始ぼけ役。このふたりに加えてレイチェル・ワイズ演じる科学者の母親が加わった四人家族(血縁関係なし)で、冷戦期から暗躍する悪の組織を壊滅するというのが大まかな話の流れ。
 敵方の重要なキャラクターとして『007 慰めの報酬』のボンド・ガール、オルガ・キュリレンコも出演しているのだけれど、ほぼ全編マスクをしている上に、顔に傷を負った役どころなので、そうといわれてもわからなかった。
 最後に『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』に出てきた謎の女性キャラがエレーナに接触して、今後の展開をほのめかして終わるので、フェーズ4ではエレーナがナターシャのかわりにレギュラーとなるのかもしれない。この先デヴィッド・ハーパーの出番があるのかも気になるところ。(それはない?)
 とりあえず、これまでのアベンジャーズにおけるナターシャの存在感からすれば、一本くらいは彼女が主役の映画がないと締まらないので、この映画はシリーズのミッシング・リンク的な意味合いで、なくてはならない作品ではと思います。
(Nov. 21, 2021)

EMMA エマ

オータム・デ・ワイルド監督/アニャ・テイラー=ジョイ、ジョニー・フリン/2020年/イギリス/Amazon Prime

EMMA エマ (字幕版)

 ジェイン・オースティンの『エマ』を『クイーンズ・ギャンビット』のアニャ・テイラー=ジョイ主演で映画化した作品。
 こういってはなんだけれど、この映画はキャスティングがとても地味だ。主演のアニャ・テイラー=ジョイと父親役のビル・ナイをのぞくと、あとは僕なんかは名前も知らない俳優さんばかり。それも失礼ながら見目麗しい人はほとんどいない。まぁ、そのおかげでヒロインのエキセントリックな美しさが突出しているので、もしかしたらその辺は意図的な配役なのかもしれない。
 なんにせよ『エマ』という物語の肝は、自らの恋愛に無頓着なおせっかい焼きの美女が自分では善意のつもりで周囲を振りまわすところなので、ヒロインが村いちばんの美女であることがビジュアル的にはっきりとしている点で、男たちが彼女に惚れるわけと、それによって巻き起こるどたばたの説得力が増しているのは間違いないところ。
 ただ、この映画はそういう恋愛模様が透けて見えるようになるまでが、正直なところ退屈だ。特に序盤はあまりに展開がゆっくりなもので、これって失敗作なんじゃんと思ったくらい(かさね重ね失礼)。
 映画がようやく楽しくなるのは、カラム・ターナーという人の演じるイケメンが村へやってきて、ジョニー・フリンという人が演じるヒロインの昔馴染みをまじえた三角関係が表面してから。正直そこまではいやに長く感じられたけど、それ以降はいい感じに楽しめるようになって、終わるころにはなかなかいい映画だったと満足できた。
 ジェイン・オースティンの映画化作品というと、ほかに僕が観たことのあるのはキーラ・ナイトレイ主演の『プライドと偏見』だけで、あの作品の演出がいま風な印象だったのと比べると、こちらはとても古典的な気がする。時間の流れがゆったりとしているし、音楽の使い方にしても、全編にイングリッシュ・トラッドが使われていて、いかにも古風。舞踏会のシーン(この手の映画では定番?)もこちらのほうが優雅だ。
 同じ時代を描いているはずなのに、両者の印象がまるで違うのがおもしろかった。
(Nov. 21, 2021)

シャン・チー/テン・リングスの伝説

デスティン・ダニエル・クレットン監督/シム・リウ、オークワフィナ/2021年/アメリカ/Disney+

シャン・チー /テン・リングスの伝説 (字幕版)

 マーベル・シネマティック・ユニヴァース初のアジア系スーパーヒーロー誕生――というのが売りの作品らしいのだけれど。
 僕にはこの作品はぜんぜん駄目だった。とにかく主人公のキャスティングに納得がゆかない。
 主演のシム・リウを悪くいうつもりはないんだけれど、それでも彼をみて歴代のヒーローを演じてきたロバート・ダウニー・ジュニアやクリス・エヴァンス、クリス・ヘムズワースらと肩を並べるほどのイケメンだと思う人がどれだけいるかって話で。
 ほんと、還暦近いトニー・レオンのほうが主人公よりカッコいいってどういうことなのさ。なんで彼の息子役の主人公がぜんぜん似ても似つかないんだよ。調べたらアメコミのキャラはブルース・リーみたいな雰囲気じゃん。違うにもほどがあるだろ。
 ヒロインのオークワフィナにしてもさ。この人の場合は『オーシャンズ8』に出ているくらいだから人気者なのかもしれないけれど、それでも過去作でいえばグウィネス・パルトローやナタリー・ポートマン、レイチェル・マクアダムスらのポジションなわけですよ。それがなんで彼女なの? と思わずにいられない。
 べつにシム・リウやオークワフィナが俳優として嫌いなわけじゃない。そもそも嫌うほどよく知らない。それどころか、この映画のオークワフィナはキュートだと思う。
 でも彼女のキュートさは、日本人に例えるならば、新垣結衣や戸田恵梨香のそれではなく、伊藤沙莉や渡辺直美に感じるたぐいのものだ。そういう女性がヒロインの座に座るのは、それ相応の映画でしょう? スパイク・リーの作品ならばともかく、この手のアクション映画のヒロインとして――極端をいえばボンド・ガールとして――彼女を観たがる客がどれだけいるかって話だ。
 最近はポリコレのせいで容姿の良し悪しを語るのは悪いことみたいな雰囲気があるけれど、エンタメの世界においてはそんなのはしょせん理想論だ。二時間をスクリーンの前でじっとして過ごすのだから、目にするのはできるだけハンサムな男性と可愛い女性であって欲しいと願うのは普通のことだと思うし、実際にほとんどの映画の主演には美男・美女がキャスティングされている。
 ところがこの映画はそういう一般法則から逸脱している。なぜか?
 僕にはその理由が白人プロデューサーによるアジア系に対する偏見のせいだとしか思えない。アジア系の人間は白人とは違うという固定観念ゆえに、自らの抱くアジア系のステレオタイプなイメージに適う俳優を起用したんじゃないの?
 さらにうがった見方をするならば、ブルース・リーのような俳優を配して、そのカンフーアクションが人気を博すあまり、白人俳優の人気を凌駕するような事態を招くことを嫌ったのではないかとさえ思えてしまう。もしもそうならば、それはもう人種差別以外のなにものでもないでしょう?
 中国人が選んだらまた話は違うのかもしれないけれど、少なくても日本人のプロデューサーがキャスティングしたらこの二人が主役に選ばれる可能性は99%ないと思う。実際に同時期に公開された『るろうに剣心』の主演は佐藤健なわけですよ。ヒロインは有村架純だよ。少なくても僕にとっては、それが普通の感覚だ。
 僕はなにも知らずにポスターだけ見て『るろうに剣心』とこの『シャン・チー』とどちらが観たいかと問われたら、ためらいなく前者を選ぶ。でも実際には『るろうに剣心』を観ずに『シャン・チー』を観ているわけだ。それはなぜかといえば『シャン・チー』がマーベルの最新作だったから。その一点に尽きる。
 マーベルがシム・リウを主演に抜擢したのだって、アジア系の俳優なんてほとんどの人が知らないのだから、主演が誰であろうと興行収益には問題ないと判断したからなのだろう。要するに僕らは最初から足元を見られているわけだ。そのことにものすごく腹が立つ。内容が荒唐無稽な馬鹿話なのでなおさら腹が立つ。
 ということで、観る前からもやもやしていた気持ちが、観たらなおさら高まってしまって、僕にはこの映画はまったく楽しめなかった。もうこの先マーベル作品を観るのはやめてしまおうかと思うレベル。自分とは違う価値観を映画という形で押しつけられるのがこんなにも気持ちの悪いものだとは思わなかった。
(Nov. 21, 2021)