最新作『君たちはどう生きるか』が好評だから、もしかしたらこれが巨匠・宮崎駿の最後の作品になるかもしれないし、遅ればせながら映画館へ観にゆこうかと思ったんだけれど、考えてみたら僕は前作の『風立ちぬ』をいまだ観ていなかった。
かつては特別視していた宮崎駿という人が、いつしかそれくらいに疎遠な存在になっていた。
なぜ?――っていえば、まず引っかかるのがジブリ独自の販売戦略。
宮崎さんの商売われ関せずという職人気質な頑固爺的キャラや、スタジオの優良企業なイメージに反して、僕の目には彼らの仕事はとても商業主義的なものに映る。
劇場公開終了後、作品はパッケージで売るだけで、テレビ放送は提携している日本テレビ限定だし、配信ソフトは売ってないし、もちろんサブスクでも公開されていない(少なくても日本では)。
つまり劇場に足を運ばないやつはパッケージを買って観ろ、それが嫌ならば日テレでCM入りで観ろと。金を出さないやつにはちゃんとみせてやらん。そういう姿勢。
商売っ気のない人ならば――でもって自分たちの作品をできるかぎり多くの人に観てもらいたいと思う人たちならば――作品の公開方法にそこまで制限をつけたりはしないだろう。観たい人は観たい方法で好きなように観てねって。基本的にそういう人が僕は好きだ。逆にそうでない人たちの作品に対しては、いまいち腰が引けてしまう。
あと、かつて大島渚が、「映画は画角を変えたりCMを入れたりせず、監督が作ったままで観なきゃ駄目だ」というようなことを言ったという話を聞いて、けだし至言と思った者としては、テレビ放送がCM入りの金曜ロードショー限定というジブリの姿勢には、どうにも釈然としないものを感じてしまう。映画の地上波放送って、鑑賞方法が限定されていた過去の遺物のようなものだと思っているので、いまさらそれしか観る手段がないなんてあり得ない。
まぁ、CM入りのテレビ放送がイヤだったらレンタルDVDで観りゃいいじゃんって話なんだが。
僕は若いころレンタルレコードを「既成事実化してごまかしてるけれど、じつは著作権侵害でしょう?」と思って使わなかったような依怙地な男なので(ストップ海賊盤!)、いまだにレンタルを利用するのにはいささか抵抗がある。
それゆえ、かつては観たい映画は手あたり次第にパッケージを買っていたけれど、子育てに金がかかるようになってからは、一枚数千円もする映像ソフトをおいそれと買うわけにもいかなくなった。
そもそも僕の場合、本やCDの出費もすごいので、一度しか観ない映像ソフトにそうそう金は使えない。いまや場所を取るばかりで観ることのないVHSやDVDの数々に、もう映像ソフトは配信やサブスクだけでいいかなぁという思いもある。
なのに、なぜかジブリさんはいまだ国内でのオンライン配信を行っていない。販売もサブスクもなし。そのくせ日本ではやってないサブスクを海外では解禁しているのも納得がゆかない。日本人は高くてもパッケージを買うカモだと思ってない?
なんにせよ、そんなわけでジブリ作品はいったん劇場公開を見逃すと、その後は高額のパッケージを買うか、嫌いなレンタルDVDに頼るか、CM入りの地上波放送で我慢するかという三択を強いられる、僕にとってはなんとも厄介な存在なのだった。
結果、この『風立ちぬ』をどうやって観ようか悩んで幾星霜――。
今回の新作をきっかけに、ようやく重い腰をあげて、いまさらだけれど十一年前のこの作品――もうそんなにたつのか!――を、三年前に録画した金曜ロードショーのCMを飛ばしながら観た。
そして驚いた。
あまりに庵野秀明の吹替がひどくて。
いやぁ、まじでひどい。子供時代の声優もいまいちだったから、大人になったらよくなるかと期待していたのに、ぜんぜんそんなことない。逆にひどくなってびっくり。
なんでこれにOK出したのか謎すぎる。ジブリの吹替には『となりのトトロ』で糸井重里を起用したころから疑問を感じてきたけれど、今回のこれは主役だけに致命的だった。おかげでぜんぜん作品が楽しめない。
こんな吹替をよしとする監督の作品ならば、もう観なくてもいいかなって。
残念ながらそう思ってしまうレベルだった。
アニメというデフォルメされた映像表現には、そのデフォルメにふさわしい声優が必要なはずだ。そういう考え方が一般的だからこそ、少年役の声優を女性が務めることが多かったりするわけでしょう?
手書きアニメというデフォルメのきわみな映像表現を突き詰めておきながら、声優にはその道のプロではなく、素人の素朴で自然な演技を求める宮崎さんの姿勢には、なんだかとてもアンバランスでいびつなものを感じてしまう。
作品自体は宮崎さんらしいファンタジー要素を夢のシーンとして盛り込みつつ、基本はリアリズムの大人のドラマに仕立ててあるところが新機軸で、決して悪い映画ではないんだけれども――というか、震災の表現とか秀逸だと思うんだけれども。
とにかく主役の声優が庵野氏では……。
作品の販売方法にしろ、声優の選択にしろ、「俺たちはこれがいいと思うんだから、気に入ったやつだけついてこい。あとのやつは知らん」という独善的な宮崎駿(=スタジオジブリ)の姿勢を、おもしろいと思っている部分もなくはない。
でもだからといって、それがすんなりと受け入れられるかといえば、また話は別。僕はそれを「はいわかりました」と受け入れられるほど素直じゃない。
おかげさまで、『君たちはどう生きるか』は観なくていいかなって気分になった。
ほんと声優・庵野秀明の破壊力たるや……。
(Feb. 23, 2024)