2024年2月の映画

Index

  1. 金の国 水の国
  2. エルヴィス
  3. キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
  4. 風立ちぬ
  5. 楽園

金の国 水の国

渡邉こと乃・監督/声・浜辺美波、賀来賢人/2023年/日本/WOWOW録画

金の国 水の国

 岩本ナオの『金の国 水の国』がアニメ化されると聞いたときには驚いた。
 それもOVAとかではなく、劇場版としてだ。
 うちの奥さんが好きなので、彼女のマンガはすべて読んでいるけれど、その作風は独特で、正直メジャー感が薄いというか、インディー感がつよい。
 作画は丁寧で、作家としてのまなざしも温かだから、一部のマニアには熱烈に愛されているんだろうけれど、いわゆる美男美女は出てこないし、キャラクター・デザインは決してフォトジェニックとはいえない(そんなことない?)。
 そんな岩本ナオ作品を劇場アニメ化?
 ――って、最初はびっくりしたけれど、でもすぐに、まぁ独特だからこそ、それもありなのかなと思った。
 オリジナルなタッチを持っている人の作品だからこそ、それに強く惹かれてアニメとして動画で動かしてみたくなる映像作家がいてもおかしくないんだろうなと。
 実際にこのアニメを観て、僕は原作への確かな敬意を感じた。
 この映画は単行本全一巻の原作をきっちりと丁寧に映像化してる。僕はすっかり内容を忘れていたので、観たあとで原作を読んでまた驚いた。
 もしかしたら、この映画のほうがおもしろくない?
 もともと岩本ナオという人の作画はへたうまで、手描き感たっぷりのラフな線に味があるタイプだと思うので、それがアニメになったらどうなるかと思っていたら、アニメ用にきっちりとした線でデザインされ直されたキャラはより生き生きとして魅力的だった。サーラ姫のつやつやでぷるんとした感じはアニメならではでおもしろいし、ナランバヤルも原作よりもいい男だ。原作ではそれほど目立った印象のない、黒子的な脇役ライララの存在感は、アニメのほうが数段上だった。
 でもって、主役カップルの声優をつとめる浜辺美波と賀来賢人もいい。
 まぁ、浜辺美波はいつもどおりの浜辺さんって感じだけれど、賀来賢人が予想外にぴったり。専業の声優といわれても信じてしまいそうなはまり具合だった。
 この映画は原作をきちんと踏襲しながら、そんな優れた声優たちや、アニメならではの動きとカラフルさで、原作に負けぬどころか、凌ぐほどの魅力を生み出している。
 ふたりが橋の上でハグするシーンでは思わず涙ぐみそうになった。
 あのふたりのラブシーンでだよ?
 いやはや。そんな自分は想像もしなかった。
 たぶん世間的にそれほど評判にはなっていないんだろうけれど、マンガ原作の劇場版映画としては、実写とアニメを問わず、史上最高峰の出来映えの良作ではないかと個人的には思います。
(Feb. 03, 2024)

エルヴィス

バズ・ラーマン監督/オースティン・バトラー、トム・ハンクス/2022年/アメリカ/Netflix

エルヴィス(字幕版)

 エルヴィス・プレスリーにはそれほど興味がないので、彼の伝記映画といわれてもいまいち食指が動かないのだけれど、監督がバズ・ラーマンだといわれれば別。
 『ムーラン・ルージュ』みたいなセンスで音楽映画を撮ってくれたら最高じゃん!――という、この映画はそんな期待にたがわぬ出来だ。――少なくても序盤は。
 貧困のため黒人居住区で育った幼き日のエルヴィスを描く前半部分が本当にカッコいい。映像も音楽も鮮明かつダイナミックで最高。まぁ、じゃっかん舌足らずなところもあるけれど、それもまたセンスのいいミュージック・ビデオを観ているみたいで刺激的だった。
 ただ、後半になってエルヴィスが映画に出たり、あの印象的なボディスーツ姿でホテルでディナー・ショーを行ったりするようになってからは、まるで現実の低迷をなぞるように、物語は苦味を増して失速してゆく。
 僕が思うにこの映画の成功と失敗はどちらも同じ理由による。
 それはエルヴィス・プレスリーを語るにあたって、彼のマネージャーをつとめたトム・パーカー大佐を物語の中心に据えた点。
 トム・ハンクス(体形がすごい)が熱演するこの胡散臭いおじさんがフィーチャーされていることで、この作品は偉大なミュージシャンの盛衰を描く伝記映画であるとともに、彼を食い物にした山師の実録犯罪映画とも呼べる内容になっている。
 トム・ハンクスの演技はさすがに見事で、ある種のピカレスクものとしていい味出してたりはするんだけれど、でもエルヴィスが観たいと思った人にとっては、彼の不遇にフォーカスしたそちらの側面は、観ていてあまりにも楽しくないわけで。
 プレスリーを語るにあたってトム・パーカーの存在は避けて通れないにせよ、必要以上に彼をフィーチャーしてしまったことによる、アンハッピーな後味の悪さがこの映画の欠点ではと僕は思う。
 あと、主演のオースティン・バトラーは、ステージでの歌唱シーンなどでは圧巻のパフォーマンスを見せているものの、正直いって見た目があまりエルヴィスっぽくない。
 要するにこれは、いまいちエルヴィスっぽくないエルヴィスが、山師のおっちゃんに騙されて不遇な晩年を送る話なわけです。
――そう書くとあまりに魅力に乏しい感じで申し訳ないんだけれど、正直そんな印象の作品だった。
(Feb. 05, 2024)

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン

マーティン・スコセッシ監督/レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ、リリー・グラッドストーン/2023年/アメリカ/Apple TV+

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン

 マーティン・スコセッシの最新作は、前作『アイリッシュマン』につづいて、またもや三時間半の大作だった。
 長すぎだろっ!――って観る前には思っていたんだけれども、いざ観てみたら前作ほどにはその長さが気にならなかった。出来のよさの証拠だろう。
 物語の始まりは第一次大戦後。ディカプリオ演じる帰還兵の主人公は、オイルマネーで大富豪になったネイティブ・アメリカン(時代設定に即してこの映画での呼び方はインディアン)の居留地へと、その土地の大物である叔父(ロバート・デ・ニーロ)を頼ってやってくる。
 叔父の薦めもあり、彼は部族の財産相続人のひとりであるモリー(リリー・グラッドストーン)といい仲になって結婚するのだけれど、その地では前々から彼女の親族が次々と不審死を遂げる事件が起こっていた。何者かの魔の手はやがてモリーの姉妹にもおよび、ついには……というような話。
 アメリカ先住民の出てくる映画というと、どうしても西部劇のイメージが強いけれど、この映画はこれまであまり映像化されてこなかった、二十世紀に入ってからの白人と共生するネイティヴ・アメリカンにフォーカスしているところが最大の特徴だ。
 物語の筋だけみれば『グッドフェローズ』などに通じる、いかにもスコセッシらしい犯罪映画なのだけれど、全編に渡ってネイティヴ・アメリカンの風俗がこれでもかと描かれるために、過去作とはまったく異質な感触の作品に仕上がっている。
 三時間半の長さが気にならなかったのは、その構成ゆえだと思う。
 前半で犯罪が暴かれるまでを描き――そこまででふつうの映画一本分のボリュームがある――後半は真相があきらかになったあとの裁判や司法取引が展開する。
 この後半部分でのディカプリオの小市民的な駄目っぷりが――べつに笑わせようとしているわけではないのかもしれないけれど――変な笑いを誘って、まったく飽きさせなかった。スコセッシ映画の主人公って、なんでこうも痛いんだろう。
 エキセントリックなネイティヴ・アメリカン文化が全編を彩っているために、いささかとっつきにくいところはあるけれど、内容的には過去のスコセッシの名作に通じる、巨匠の面目躍如って作品だと思う。
 最後がラジオドラマ仕立てになっていて、スコセッシ本人がナレーター役でラストシーンを飾っているのも要注目だ。
(Feb. 13, 2024)

風立ちぬ

宮崎駿・監督/声優・庵野秀明/2013年/日本/金曜ロードショー(録画)

風立ちぬ [DVD]

 最新作『君たちはどう生きるか』が好評だから、もしかしたらこれが巨匠・宮崎駿の最後の作品になるかもしれないし、遅ればせながら映画館へ観にゆこうかと思ったんだけれど、考えてみたら僕は前作の『風立ちぬ』をいまだ観ていなかった。
 かつては特別視していた宮崎駿という人が、いつしかそれくらいに疎遠な存在になっていた。
 なぜ?――っていえば、まず引っかかるのがジブリ独自の販売戦略。
 宮崎さんの商売われ関せずという職人気質な頑固爺的イメージや、スタジオの優良企業なイメージに反して、僕の目には彼らの仕事はとても商業主義的なものに映る。
 劇場公開終了後、作品はパッケージで売るだけで、テレビ放送は提携している日本テレビ限定だし、配信ソフトは売ってないし、もちろんサブスクでも公開されていない(少なくても日本では)。
 つまり劇場に足を運ばないやつはパッケージを買って観ろ、それが嫌ならば日テレでCM入りで観ろと。金を出さないやつにはちゃんとみせてやらん。そういう姿勢。
 商売っ気のない人ならば――でもって自分たちの作品をできるかぎり多くの人に観てもらいたいと思う人たちならば――作品の公開方法にそこまで制限をつけたりはしないはずだ。観たい人は観たい方法で好きなように観てねって。基本的にそういう人が僕は好き。逆にそうでない人たちの作品に対しては、いまいち腰が引けてしまう。
 あと、かつて大島渚が、映画は画角を変えたりCMを入れたりせず、監督が作ったままで観なきゃ駄目だと言うのを聞いて、まさにその通りだと思った者としては、テレビ放送がCM入りの金曜ロードショー限定というジブリの姿勢には、どうにも釈然としないものを感じてしまう。映画の地上波放送って、鑑賞方法が限定された過去の遺物のように思っているので、いまさらそれしか観る手段がないなんてあり得ない。
 まぁ、CM入りのテレビ放送がイヤだったらレンタルDVDで観りゃいいじゃんって話なんだが。
 僕は若いころレンタルレコードを「既成事実化してごまかしてるけれど、じつは著作権侵害でしょう?」と思って使わなかったような依怙地な男なので(ストップ海賊盤!)、いまだにレンタルを利用するのにはいささか抵抗がある。
 それゆえ、かつては観たい映画は手あたり次第にパッケージを買っていたけれど、子育てに金がかかるようになってからは、一枚数千円もする映像ソフトをおいそれと買うわけにもいかなくなった。
 そもそも僕の場合、本やCDの出費もすごいので、一度しか観ない映像ソフトにそうそう金は使えない。いまや場所を取るばかりで観ることのないVHSやDVDの数々に、もう映像ソフトは配信やサブスクだけでいいかなぁという思いもある。
 なのに、なぜかジブリさんはいまだ国内でのオンライン配信を行っていない。販売もサブスクもなし。そのくせ日本ではやってないサブスクを海外では解禁しているのも納得がゆかない。日本人は高くてもパッケージを買うカモだと思ってない?
 なんにせよ、そんなわけでジブリ作品はいったん劇場公開を見逃すと、その後は高額のパッケージを買うか、嫌いなレンタルDVDに頼るか、CM入りの地上波放送で我慢するかという三択を強いられる、僕にとってはなんとも厄介な存在なのだった。
 結果、この『風立ちぬ』をどうやって観ようか悩んで幾星霜――。
 今回の新作をきっかけに、ようやく重い腰をあげて、いまさらだけれど十一年前のこの作品――もうそんなにたつのか!――を、三年前に録画した金曜ロードショーのCMを飛ばしながら観た。
 そして驚いた。
 あまりに庵野秀明の吹替がひどくて。
 いやぁ、まじでひどい。子供時代の声優もいまいちだったから、大人になったらよくなるかと期待していたのに、ぜんぜんそんなことない。逆にひどくなってびっくり。
 なんでこれにOK出したのか謎すぎる。ジブリの吹替には『となりのトトロ』で糸井重里を起用したころから疑問を感じてきたけれど、今回のこれは主役だけに致命的だった。おかげでぜんぜん作品が楽しめない。
 こんな吹替をよしとする監督の作品ならば、もう観なくてもいいかなって。
 残念ながらそう思ってしまうレベルだった。
 アニメというデフォルメされた映像表現には、そのデフォルメにふさわしい声優が必要なはずだ。そういう考え方が一般的だからこそ、少年役の声優を女性が務めることが多かったりするわけでしょう?
 手書きアニメというデフォルメのきわみな映像表現を突き詰めておきながら、声優にはその道のプロではなく、素人の素朴で自然な演技を求める宮崎さんの姿勢には、なんだかとてもアンバランスでいびつなものを感じてしまう。
 作品自体は宮崎さんらしいファンタジー要素を夢のシーンとして盛り込みつつ、基本はリアリズムの大人のドラマに仕立ててあるところが新機軸で、決して悪い映画ではないんだけれども――というか、震災の表現とか秀逸だと思うんだけれども。
 とにかく主役の声優が庵野氏では……。
 作品の販売方法にしろ、声優の選択にしろ、「俺たちはこれがいいと思うんだから、気に入ったやつだけついてこい。あとのやつは知らん」という独善的な宮崎駿(=スタジオジブリ)の姿勢を、おもしろいと思っている部分もなくはない。
 でもだからといって、それがすんなりと受け入れられるかといえば、また話は別。僕はそれを「はいわかりました」と受け入れられるほど素直じゃない。
 おかげさまで、『君たちはどう生きるか』は観なくていいかなって気分になった。
 ほんと声優・庵野秀明の破壊力たるや……。
(Feb. 23, 2024)

楽園

瀬々敬久・監督/綾野剛、杉咲花、佐藤浩市/2019年/日本/WOWOWオンデマンド

楽園

 野田洋次郎が書いた上白石萌音の『一縷』が主題歌だというので興味を持った邦画。WOWOWオンデマンドにあったので、観られるうちに観ておくことにした。
 内容は吉田修一の『犯罪小説集』という短編集に収録されている短編小説二編をアレンジしたものとのこと。
 描かれるのは過疎の村で起きたふたつの事件。
 ひとつめは過去に起こった少女失踪事件で、行方不明になった友人と最後に会ったのが自分であることをトラウマとする女性の役を杉咲花が、誘拐犯ではないかと疑われるアジア系移民の青年役を綾野剛が演じている。
 もうひとつは生まれ故郷のその村に帰ってきて養蜂業を始めた佐藤浩市が、土地の老人たちの機嫌をそこねて村八分にされ、追いつめられてゆくという話。
 このふたつが五月雨式に語られてゆく。
 感触的にはこれぞ邦画という湿度感。冒頭の綾野剛がやくざにぼこぼこにされるシーンから、もう全編にわたってぎすぎすした空気感がすごくて、心温まるところ皆無(もしかしたら杉咲花と村上虹郎の関係性に癒される人はいるのかもしれない)。
 誘拐事件の真相とかも、いまいちよくわからなかったし、正直なところあまり好きなタイプの映画ではないけれど、悲惨な話のわりには――というかそれゆえに?――最後まで緊張感が途切れず、飽きることなく観ることができた。
 とりあえず、最後にかかる上白石萌音の『一縷』はとても感動的です――と言えればよかったのだけれど、この映画にマッチしているかと問われると、それも正直どうなんだろうという感じ。
 曲自体は大好きなのだけれど。
(Feb. 25, 2024)