Modern Times
Bob Dylan / 2006 / CD+DVD [Delux Edition]
ビルボードで初登場第一位に輝いたボブ・ディランの新作。
これが本当に一位になったのかと不思議になるくらい地味な作品だ。ボブ・ディランのリスナー自体は少なくないんだろうけれど、それよりも単にレコード・セールスが落ち込んでいて、全体の売上が下がっている分、こういう若くない人をメイン・リスナーとするアルバムの順位があがってしまっているんじゃないだろうかと思ったりする。まあ、そもそも初登場で一位になるアルバムというのは、音楽そのものよりもアーティストの人気がものをいう部分が大きいのだろうし、ボブ・ディランほどのキャリアを誇る人ならば、前評判さえよければ、新作のリリースに対してある程度のリスナーが動くのは当然なのかもしれないけれど。
いや、なんにしろとにかくこれは地味なアルバムだ。全体的にブルース系のナンバーが中心で、3コードのワンパターンが延々と何コーラスも続く、というような曲ばかりだし、音作りもきわめてオーソドックスなフォーク・ロックという感じで、ギター・オリエンテッドではあるけれど、とんがったところは皆無。リズムの上でも苦手なシャッフルが多用されているせいで、僕にはなおさらとっつきにくくなってしまっている。
でもじゃあ駄目なのかというと、そんなこともない。というか、歌詞を満足に理解していない状態で文句がつけられるはずがない。ボブ・ディランについては、まずなによりもその歌詞が最重要だと思うので、その部分をきちんと理解していない僕に、いまの状態でどうこう言えるはずがない。
実際に歌詞──輸入盤には歌詞カードがついていないので、ネットで入手した──をながめながら聴いてみると、その言葉の豊かさにはやはり驚かされる。なんたって最初の2曲だけで12分以上あるというのに、その間に同じフレーズのリピートがほとんどないのだから(つまりサビらしいサビもないということだけれど)。一度でも作詞に挑戦したことのある人ならば、決めのフレーズを繰り返さないで歌詞を書くというのが、どれくらい難儀なことなのかわかるはずだ。ボブ・ディランは65歳にして、平然とそういう創作をこなして、なおかつ豊かなイメージを喚起して見せている。そのことに圧倒されてしまう。
ほんと、地味なアルバムだなあと思っていたこのアルバムだけれど、最初の数曲の言葉に耳をすまして聴いてみた途端に、そのイメージがずいぶんと変わった。もちろん僕の英語力では微妙な言葉の意味がきちんと把握できないので、かなり誤読をしている可能性が高い。だけれどこの人の歌には、間違っていてもかまわないぜと思わせるだけの懐の深さがある。間違って理解された世界が、間違ったままで価値を持ってしまいそうな含みがある。おかげでわからないなりにその魅力を垣間見ることができたような気になれる。
僕はボブ・ディランの音楽を聴くたびに、言葉の通じない見知らぬ土地を訪れているような気分になる。そこでは見知らぬ男が「アリシア・キーズが生まれた頃、俺はよう」と嘆いていたり、眠れぬ夜につれない恋人のことを延々と思い続けていたりする。そこでは僕はいつだって異邦人だ。それほど居心地がいいわけでもない。それでもなぜか、僕は定期的にその地を訪れたくなってしまう。
昔もいまもそんな感じで部外者然として、僕はボブ・ディランを聴き続けている。
(Dec 17, 2006)