U2のエッジはロック史上、忘れちゃいけない名ギタリストのひとりだと思っている。エフェクターによるディレイ──なんという種類か知らない──でグルーヴを生み出す彼のギター・スタイルは画期的だった。あのスタイルはなにも彼のオリジナルじゃなく、あの時期には多くのアーティストがやっていたという意見もあるのかもしれないけれど、浅学にして僕はほかに知らない。少なくても僕にとっては、あのサウンドはエッジのオリジナルだ。こういう風に時代に足跡を残した人はきちんと評価されてしかるべきだと思う。
だいたいにして、世間のギタリストに対する評価というものは、古典的なスタイルばかりに偏向しすぎている。しばらく前に『月刊プレイボーイ』が名ギタリスト・ベスト50みたいな企画をやっているのをちらりと見たけれど、取りあげられるのはジミヘンやクラプトンを筆頭に、ブルースやハードロック系のアーティストばかりで、オルタナティヴな人はほとんどいなかった。音楽専門誌じゃないところの企画だから、そうなるのも仕方のないことかもしれないけれど、それにしたって二十一世紀のいまさら、三大ギタリストやジミヘンばかりを祭り上げているってのは、いささか進歩がないんじゃないかと僕は思う。
確かにオルタナティヴ系のギタリストというのは、ハードロックにくらべて地味だ。速弾きなんてしないし、エッジのようにエフェクターを効果的に使って、裏方に徹するタイプも多いので、派手さには欠ける。
けれど、そんな彼らのスタイルは時代の要請によって、必然的に導き出されたものだ。誰もがクラプトンみたいなギターばかり弾いていたら、ロックはきっと、とっくの昔に閉塞してしまい、過去の音楽になってしまっていただろう。時代をひっぱるアーティストには、常により新しい音を求め、使えるものは積極的に取り入れてゆく姿勢がある。そういう人たちがいるからこそ、ロックンロールはいまだに刺激的な音楽であり得ているんだと思う。
U2の傑作 The Joshua Tree の制作過程を振り返るこの映像作品のなかで、エッジは With Or Without You のコードやアルペジオを弾きながら、これがすごい好きなんだと、楽しそうに語っている。エフェクト抜きで聞かされるそれらのフレーズは、初めてギターを手にする人でも弾けるだろうってくらい、簡単なものだ。本人も「ノン・ドラマチック・ギターの極みだよね」みたいなことを言っている。こんなものを弾いて喜んでいる人は、そりゃ名ギタリストのランキングに取りあげられないだろう。
でも、そんな彼の地味なギタープレイによって見事に色づけされたその曲は、間違いなくロック史上に残る名曲のひとつだ (とりあえずローリング・ストーン誌が選んだ The 500 Greatest Songs of All Time の131位に入っている)。そして僕はそのギターのフレーズや音色に、いまでも素直に感動できる。
一度でもU2のライブを観たことのある人ならば、エッジのギターがいかに豊かな表現力を持っているか、よく知っていることと思う。東京ドームのような広い会場で、あそこまで彩り豊かな音楽を鳴らせる4ピース・バンドはそうざらにはない。そしてその音楽的な豊かさを支えているのは、間違いなくエッジのギタープレイだ。この上なく単調なアルペジオに至福を見出す偉大なるギタリスト。僕はこのDVDを見て、そんなエッジに対する好意を、よりいっそう深めた。
まあ、作品全体としては、わずか1時間足らずだというのに、Zoo TV のライブ映像が流用されていたり、ぜんぜん違う時期の Sweet Things のビデオクリップが収録されていたりと、いかにも時間つなぎだとわかる、なんだかなあという部分もあるけれど、それでも、そんなエッジやほかのメンバーたちの貴重な発言なども見られるし、U2が好きな人は見ておいたほうがいい作品だと思う。
ちなみにこの作品のオープニングに登場するのは、なんとボノでもエッジでもなく、エルヴィス・コステロだったりする。アルバム・リリース当時の彼の奥さん、ケイト・オリオーダン──ポーグスのベーシストだった人──がU2のファンだったそうで、The Joshua Tree が発売日の深夜0時に先行リリースされると聞いて、その時刻に店の前に並んだのだそうだ。
「買って帰ってすぐに聞いたよ。素晴らしいアルバムだった」
そう語る彼の笑顔とともにこのドキュメンタリーは始まる。
87年当時のコステロ先生はといえば、すでにキャリア十年にして、アルバム十枚をリリースしている有名アーティスト。それが奥さんと一緒とはいえ、自分よりあとにデビューしたバンドの新譜を買うために、深夜のレコード屋で行列に加わっていたという。これってなかなか微笑ましいエピソードだと思いませんか?
(Jun 17, 2007)