アルトコロニーの定理
RADWIMPS / 2009 / CD
待望なんて言葉じゃ言い表せないくらい、待ちに待ったラッドウィンプスの5枚目のアルバム。
僕はこのアルバムを入手すべく、発売日の前日にレコード屋へ足を運んだ。発売日より前にレコード屋でCDを買ったのなんて、いったいいつ以来だかわからない。最近はボーナスDVD付きのアルバムはオンラインでオーダーするのが常だし──DVDがつくと再販制度の適用外になって値引きが可能になるらしく、ネットだと大抵、安く買えるので──、店に足を運ぶにしても、一般的なCDの発売日である水曜日がHMVのダブル・ポイント・デーなので、その日を待って出かけるのが普通になっている。そもそもすべての作品を発売と同時に手に入れないといられないほど若くもない。たいていはひと月くらい遅れてもまあいいやってくらいな感がある。
そんな僕にこの作品は、発売日が待てない、ポイントなんていらないと思わせたのだから、どれくらい期待が大きかったか、わかってもらえるだろうか。
とはいえ、いつだって期待は不安ととなり合わせ。前作 『RADWIMPS 4~おかずのごはん~』 は、僕が無人島に持ってゆく十枚を選ぶならば確実にそのなかに入るってくらいの、一生もんってレベルの作品だったので、そのあとを受けたこのアルバムに対して、同じような大きな期待をよせて大丈夫だろうかという不安はあった。全員20代前半という若いバンドにとって、2年間というインターバルは決して短くない。その間にどんな変化を遂げているかわからない。さて、その出来やいかに――。
はたしてこのアルバムは、僕の期待を大きく裏切る曲調のナンバーで幕を開ける。一曲目の 『タユタ』 は、初心者向けの70年代フォークソングの教則本に載っていそうなギターのアルペジオで始まる、とても繊細でメランコリックなナンバーだった。ラッドウィンプスとしては明らかに新機軸だけれど、僕としては歓迎しかねる方向性。
2曲目の 『おしゃかしゃま』 は、シニカルなユーモアが秀逸な、お得意のレッチリ風ナンバーで、それ以降はなるほどという納得の仕上がりなのだけれど、それでもアルバムのトップを飾る曲というのは、否応なくそのアルバムのカラーを象徴してしまうので、一曲目でつまずいた影響少なからずで、正直なところ最初に通しで聴いたときの印象はそれほどよくなかった。
ただ、だからといってこれはいまいちと切り捨ててしまうには、僕のこのバンドに対する期待値は高すぎる。本当のところはどうなんだと、そのあとすぐに2度、3度と繰り返し聴きはじめた。さらに4度、5度、6度、7、8、9、10……。
結局、その日から今日に至るまでの1週間たらずのあいだに、僕はこのアルバムをいったい何度聴いたことかわからない。移動中の iPod はいつでもこのアルバムだし、家にひとりでいるときにも、常にこのアルバムをかけている。ほとんど中毒状態。おかげで生活が滞ってしまって、読書量は減るは、仕事は進まないは……。第一印象がよくなかったのが嘘のように、この作品も前作と同じように、いともたやすく、僕の生活になくてはならないピースのひとつになってしまった。
前作の印象を決定づけていた究極の恋愛至上主義はいくぶん影を潜めたけれど、それでもつきせぬユーモアに、あちらこちらで顔を出すシニカルな現状認識、それらを支える素晴らしいメロディと演奏のセンスは顕在。これまでとバランスは変わっているけれど、ここには僕を魅了したラッドウィンプスの魅力がすべて詰まっている。あまりに聴きどころが多くて、それを細かく書きつらねていたらきりがない。
なによりこのアルバム全体を通して、僕にとって一番印象的だったのは、野田洋次郎の声の変化。ロッキング・オンJAPANで見た彼の写真が、妙に女の子みたいなか弱さを感じさせたので、どうしちゃったのかと思っていたのだけれど、その繊細なイメージはそのまま作品に反映されていた。このアルバムでの彼の歌声は、以前に比べてより透明感が増して、
もとより彼の歌の世界は誤解を招きやすいものだ。彼の書く歌のグレードの高さを考えれば、この人の頭のよさは疑いようがないと思うのだけれど、それでも二十歳を過ぎてなお「黙っててパパ」なんて歌ってしまえるその姿勢が、一部の心ない人たちの嘲笑を招くだろうことは想像にかたくない。
それを知ってなお、彼はそういう歌を書く。そこには相当の覚悟があると僕は思う。そうでなければ、たぶんこんな作品は生み出せない。
きっと野田洋次郎でいるということは、とてもハードでしんどいことだろう。それでも彼は自分自身を真正面から引き受けて逃げることなく、こんな素晴らしい作品を生み出してみせる。そんな彼の才能と努力に、僕はありったけの賞賛と感謝を惜しまない。
彼の音楽と出会えたことを、それをこんなにも愛せる自分を、僕はとてもラッキーだと思う。
この幸運がいつまでも続きますように――とりあえず、無理は承知で、そう祈ってみる。
(Mar 15, 2009)