2009年3月の音楽

Index

  1. アルトコロニーの定理 / RADWIMPS
  2. ワールド ワールド ワールド / ASIAN KUNG-FU GENERATION
  3. 絆(きづな) / エレファントカシマシ

アルトコロニーの定理

RADWIMPS / 2009 / CD

アルトコロニーの定理

 待望なんて言葉じゃ言い表せないくらい、待ちに待ったラッドウィンプスの5枚目のアルバム。
 僕はこのアルバムを入手すべく、発売日の前日にレコード屋へ足を運んだ。発売日より前にレコード屋でCDを買ったのなんて、いったいいつ以来だかわからない。最近はボーナスDVD付きのアルバムはオンラインでオーダーするのが常だし──DVDがつくと再販制度の適用外になって値引きが可能になるらしく、ネットだと大抵、安く買えるので──、店に足を運ぶにしても、一般的なCDの発売日である水曜日がHMVのダブル・ポイント・デーなので、その日を待って出かけるのが普通になっている。そもそもすべての作品を発売と同時に手に入れないといられないほど若くもない。たいていはひと月くらい遅れてもまあいいやってくらいな感がある。
 そんな僕にこの作品は、発売日が待てない、ポイントなんていらないと思わせたのだから、どれくらい期待が大きかったか、わかってもらえるだろうか。
 とはいえ、いつだって期待は不安ととなり合わせ。前作 『RADWIMPS 4~おかずのごはん~』 は、僕が無人島に持ってゆく十枚を選ぶならば確実にそのなかに入るってくらいの、一生もんってレベルの作品だったので、そのあとを受けたこのアルバムに対して、同じような大きな期待をよせて大丈夫だろうかという不安はあった。全員20代前半という若いバンドにとって、2年間というインターバルは決して短くない。その間にどんな変化を遂げているかわからない。さて、その出来やいかに――。
 はたしてこのアルバムは、僕の期待を大きく裏切る曲調のナンバーで幕を開ける。一曲目の 『タユタ』 は、初心者向けの70年代フォークソングの教則本に載っていそうなギターのアルペジオで始まる、とても繊細でメランコリックなナンバーだった。ラッドウィンプスとしては明らかに新機軸だけれど、僕としては歓迎しかねる方向性。
 2曲目の 『おしゃかしゃま』 は、シニカルなユーモアが秀逸な、お得意のレッチリ風ナンバーで、それ以降はなるほどという納得の仕上がりなのだけれど、それでもアルバムのトップを飾る曲というのは、否応なくそのアルバムのカラーを象徴してしまうので、一曲目でつまずいた影響少なからずで、正直なところ最初に通しで聴いたときの印象はそれほどよくなかった。
 ただ、だからといってこれはいまいちと切り捨ててしまうには、僕のこのバンドに対する期待値は高すぎる。本当のところはどうなんだと、そのあとすぐに2度、3度と繰り返し聴きはじめた。さらに4度、5度、6度、7、8、9、10……。
 結局、その日から今日に至るまでの1週間たらずのあいだに、僕はこのアルバムをいったい何度聴いたことかわからない。移動中の iPod はいつでもこのアルバムだし、家にひとりでいるときにも、常にこのアルバムをかけている。ほとんど中毒状態。おかげで生活が滞ってしまって、読書量は減るは、仕事は進まないは……。第一印象がよくなかったのが嘘のように、この作品も前作と同じように、いともたやすく、僕の生活になくてはならないピースのひとつになってしまった。
 前作の印象を決定づけていた究極の恋愛至上主義はいくぶん影を潜めたけれど、それでもつきせぬユーモアに、あちらこちらで顔を出すシニカルな現状認識、それらを支える素晴らしいメロディと演奏のセンスは顕在。これまでとバランスは変わっているけれど、ここには僕を魅了したラッドウィンプスの魅力がすべて詰まっている。あまりに聴きどころが多くて、それを細かく書きつらねていたらきりがない。
 なによりこのアルバム全体を通して、僕にとって一番印象的だったのは、野田洋次郎の声の変化。ロッキング・オンJAPANで見た彼の写真が、妙に女の子みたいなか弱さを感じさせたので、どうしちゃったのかと思っていたのだけれど、その繊細なイメージはそのまま作品に反映されていた。このアルバムでの彼の歌声は、以前に比べてより透明感が増して、{はかな}げになっている。こんな透き通るような声で「このなんとでも言える世界がいやだ」なんて歌われると、この人は大丈夫なんだろうかと、いらぬ心配をしたくなってしまう。
 もとより彼の歌の世界は誤解を招きやすいものだ。彼の書く歌のグレードの高さを考えれば、この人の頭のよさは疑いようがないと思うのだけれど、それでも二十歳を過ぎてなお「黙っててパパ」なんて歌ってしまえるその姿勢が、一部の心ない人たちの嘲笑を招くだろうことは想像にかたくない。
 それを知ってなお、彼はそういう歌を書く。そこには相当の覚悟があると僕は思う。そうでなければ、たぶんこんな作品は生み出せない。
 きっと野田洋次郎でいるということは、とてもハードでしんどいことだろう。それでも彼は自分自身を真正面から引き受けて逃げることなく、こんな素晴らしい作品を生み出してみせる。そんな彼の才能と努力に、僕はありったけの賞賛と感謝を惜しまない。
 彼の音楽と出会えたことを、それをこんなにも愛せる自分を、僕はとてもラッキーだと思う。
 この幸運がいつまでも続きますように――とりあえず、無理は承知で、そう祈ってみる。
(Mar 15, 2009)

ワールド ワールド ワールド

ASIAN KUNG-FU GENERATION / 2008 / CD

ワールド ワールド ワールド

 アジアン・カンフー・ジェネレーションの4枚目のフル・アルバム。
 かれこれ1年前の作品で、これが最新作というわけでもないのだけれど、3月の初めごろ──ちょうどラッドウィンプスの 『アルトコロニーの定理』 がリリースされる2、3日前──に某カメラ量販店のオンラインショップで、このアルバムが大安売りされているのを見つけて、衝動買いしてしまった。なんたって70%オフの900円ですよ。安いっ。まあ、送料(500円)を含めると実質は半額って感じだったけれど、アジカンはデビュー当時から気になっていたバンドなので、こういう機会に買っとかない手はないだろうと、購入に踏み切った。つまり僕がこのバンドを聴くのは、これが初めてなわけですが。そしたらこれが。
 なんてこった。アジカンってこんなに格好いいバンドだったんだ。なんだ、もっと早くから聴いておけばよかった。ボーカルがあまり好みじゃないからと敬遠していたんだけれど、大失敗だった。
 いや、いいです、このアルバム。44分間という正統派なトータル・タイムの中に、疾走感のあるダイナミックなギター・サウンドがぎっしりと詰まっていて、こたえられない。聴き始めると止まらなくなって、思わず何度もリピートしてしまう。
 思ったとおり、ボーカリストの後藤正文くんの声にはあまり惹かれないのだけれど、そのことを差し引いても十分お釣りがくるってくらい、このバンドの直球勝負のロック・サウンドは痛快無比だった。あまりに気に入った上に、当初は 『アルトコロニー』 の第一印象がいまいちだったこともあり、「もしかして俺はラッドウィンプスを見限って、アジカンに走っちゃうんじゃないか」と心配になったくらい。
 まあ、結局は 『アルトコロニー』 がその後すぐに巻き返して、僕の生活のすべてになってしまったおかげで、はじき出される形でこのアルバムの出番はほとんどなくなってしまったわけだけれども、それでも今日になってひさしぶりに聴いてみて、これはやっぱり傑作だと思った。アジカンについては、これからさかのぼって、ファーストから聴き直そうと思います。またひとつ楽しみが増えた。
(Mar 29, 2009)

絆(きづな)

エレファントカシマシ / 2009 / CD [Single]

絆(初回限定盤) 絆

 はっきり言って、僕はこの手のバラードがあまり好きではない。映画とのタイアップが決まってから、そのことを前提に書いた歌詞なのだそうだけれど──つまり珍しく開き直って、意図的に売れ戦を狙っている──、全体的にあまりにベタすぎて、どうにも抵抗を感じてしまう。「光求め彷徨う」なんて抽象的なことを歌う宮本には素直に共感できない。
 でもじゃあこんなの駄目だと切り捨てられるかというと、そうでもない。部分的にみれば「試される自分を愛想笑いにまぎらす」なんていう、胸にぐさっとくる見事なフレーズが埋め込まれていたりするし、宮本のメロディメーカーとしての才能はあいかわらずだし、いままでになく大々的にストリングスをフィーチャーしたアレンジはそれはそれで新鮮だ。
 なによりそのウェルメイドなサウンドの上に乗った宮本のボーカルが素晴らしい。二十年ものキャリアを重ねていながらなお、こんなに初々しい──悪くいえばアマチュアっぽい──歌声を聞かせられる人なんて、世界中探しても、おそらくほかにいない。少なくても僕は知らない。この声ひとつとっても、やはりこの人は只者じゃないと思う。
 カップリングの 『to you』 は曲も詞も音作りもすべてが平均的で、いまいち影が薄い印象。
 もう一曲の 『桜の花、舞い上がる道を』 の再録バージョンは、通常盤のストリングス・バージョンがおもしろい。初回限定盤に収録されているピアノ・バージョンも悪くはないけれど──こちらも途中からストリングスが入ってくる──、分厚いストリングスだけをバックにした通常盤のアレンジのほうが、リズムを刻む楽器がない分、「こんなエレカシいままで聴いたことない感」が強く出ていて、より一層刺激的だった。
 この 『桜の花』 は両方のバージョンを同時にかけると一曲として聴けるというので、居間のステレオとラジカセという組合せで変則的に鳴らしてみたところ、なるほど、そうするとなおさら音が厚みを増してゴージャスになり、確かに聴きごたえがあった。でも、どうせならばもっとちゃんとした音で聴きたいので、いずれは合体バージョンもどこかで公開して欲しい。
(Mar 31, 2009)