ミカヅキの航海
さユり / CD+DVD / 2017
RADWIMPSの野田洋次郎が楽曲提供・プロデュースした名曲『フラレガイガール』が収録された「酸欠少女」さユりの待望のデビュー・アルバム。
野田くんの『フラレガイガール』――「振られ甲斐がある」の語呂合わせだそうです(蛇足)――が素晴らしいのはいうまでもないけれど、でもだからといって、さすがにそれ一曲だけでアルバムを買おうと思ったりはしないわけです。たとえば、同じように野田くんが楽曲を提供した Amier(エメ)の『蝶々結び』やハナレグミの『おあいこ』も僕は名曲だと思うけれど、僕は彼らの場合はアルバムを買おうとは思わなかった。その楽曲だけを聴いて満足してしまった(それにしても野田洋次郎が人のために書いた曲は百発百中ハズレなしですごい)。
でもさユりは違った。なぜって、このアルバムにも収録されている『フラレガイガール』のカップリング曲『アノニマス』が負けず劣らずよかったから。野田くんに負けないほどのポテンシャルの曲を書くとは、この子ってなにもの?と思った。
安直な表現を許してもらえば、イメージ的にはオタク世代の椎名林檎とでもいうか。そのアニメ声優のようなボーカルに強烈な個性があるだけでなく、彼女の音楽には明確で確固たる自我が感じられた。まるでアニメ番組の主題歌のような(褒めてます)『アノニマス』の完成度の高さに僕は大いに感心してしまった。おいおい、二十になったばかりの女の子が自作自演でこんな曲が書けるのかよと。
あと、Apple Musicで聴いたその曲にしろ、それ以前のシングルにせよ、どれもアッパーでスピード感があるところがよかった。若い子はやっぱこうじゃないといけない。若さゆえの怒りやいらだちが性急なビートに変換されている感じこそロックの要。この子の音楽にはロックンロールにとって大切なものがたっぷりと詰まっている。
ということで、シングル『フラレガイガール」を聴いて以来、待ちに待ったこのファースト・アルバム──これがまた期待にたがわぬ素晴らしい出来だった。
まぁ、ファースト・シングルの『ミカヅキ』でデビューしてから、このアルバムが出るまでの一年半強に四枚もシングルをリリースしているので、収録曲の半分はすでに発表済みだから、やや新鮮さが足りない部分があるのは否めないけれど、でも不満があるとしたらその点だけ。楽曲のよさ、歌詞の世界観、ビートとサウンドの性急さ、歌の安定感、どこをとっても文句なしの出来。まだ一年の半分も過ぎてない時期だけれど、今年の僕の邦楽ナンバーワンはおそらくこれで決まりだろう。
おもしろいのは、『フラレガイガール』という楽曲の価値観が、まったく彼女のその他の作品とは違っているところ。ほかの曲を聴いていると、「私を振ってんじゃないよバカ」なんて強烈なセリフ、さユりさん本人の口からはまず出てこないんだろうなと思う。この曲の恋愛観はその他の曲のそれとかけ離れている。
でもそんな自らとは違った価値観を持った他人の楽曲を、彼女はみごとに歌いきって自分のものにしている。おかげで野田くんの名曲がこれ以上はないだろうって名演になった。ふたりのコラボが実現した幸運に、一音楽ファンとして大いに感謝したい。
ほんと、その曲にかぎらずに全曲いいです。他人から提供されたのは二曲だけ、あとはみんな自作曲でこの完成度は圧巻。二次元アニメ少女をフィーチャーしたビジュアル・コンセプトや、いつもカラフルなポンチョを身にまとっている謎のファッション・センスなど、僕の趣味からはズレたところの多い女の子だけれど、その音楽の才能はまぎれないものだと思う。今後の活躍も大いに期待してます。
しっかしまぁ、十年前にRADWIMPSを聴き始めたときに、彼らが俺より十九歳も年下だよって思ってあせったもんだったけれど、この子はもう三十も下だよ。うちの娘と同世代じゃん。ホントまいっちゃうよなぁ……。
(Jun 25, 2017)