2020年7月の音楽

Index

  1. 夏草が邪魔をする / ヨルシカ
  2. 正しい偽りからの起床 / ずっと真夜中でいいのに。
  3. レキツ / レキシ

夏草が邪魔をする

ヨルシカ / 2017 / CD

夏草が邪魔をする

 今月七月末から八月のあたまにかけて、僕にとっての現時点での最重要バンドであるヨルシカとずとまよの新作がつづけて出るので、前祝いに両者のデビュー・ミニ・アルバムについて書いて、カタログをコンプリートしておこうと思う。
 ということで、まずは2017年のいまごろの時期にリリースされたヨルシカのデビュー・ミニ・アルバム。
 ヨルシカ――というかn-buna――の特徴は抒情性と厭世観だと思うんだけれど、これはデビュー作だけあって、厭世観のほうは比較的控えめな印象がある。
 次回作の『負け犬にアンコールはいらない』では持ち前のネガティヴさを隠そうともしてない感じになるけれど、ここではとりあえず初お披露目なので、あまりそういう部分が露骨に出ていない曲を選んでいる感じがする。
 とはいっても、そこはナブナ。最初の『カトレア』でいきなり「札束で心が買えるなら本望だ」なんて歌わせちゃっているのだけれど。
 でもこの曲の場合、それにつづく歌詞がいい。そのフレーズだけ取り出して聴くと、人の心を金で買おうとするろくでなしっぽいけれど、それのあとすぐに「傷一つない新しい心にして」とつづく。買い替えたいのは自分の心かいっ!
 その辺の一連の歌詞のニュアンスが個人的には最高に好き。
 その次の『言って』はヨルシカではもっともポップで人気の高い一曲だと思うし(新海誠がツイッターでMVを絶賛していた)、「いつもの通りバス停で、君はサイダーを持っていた。」という歌詞がとても印象的な『あの夏に咲け』へとつづく、この序盤の流れが秀逸。そのあとにインストを挟んで、最後はミディアム・テンポの穏やかな二曲で締めている。
 ペシミスティックで抒情性たっぷりの歌詞にキャッチーなメロディー、気のきいたギター・サウンド。そしてそんな楽曲の魅力を余すことなく引き出すsuisのボーカル。
 三十分たらずという短いトータル・タイムのなかにヨルシカというバンドのポテンシャルがぎゅっと詰まった素晴らしいデビュー・アルバムだと思う。
(Jul. 04, 2020)

正しい偽りからの起床

ずっと真夜中でいいのに。 / 2018 / CD

正しい偽りからの起床(通常盤)

 いまさら僕などが語るべきことなど何ひとつないような気がするほど素晴らしい、2018年リリースのずとまよのデビュー・ミニ・アルバム『正しい偽りからの起床』。
 記念すべき配信シングル第一弾の『秒針を噛む』とそれにつづいた『脳裏上のクラッカー』『ヒューマノイド』の三曲がファースト・フル・アルバムの『潜潜話』にも収録されているから、この作品でのみ聴けるオリジナル曲は三曲しかないけれど、その三曲を聴くためだけでもこのアルバムを聴く価値は十分にあると思う。
 そもそも配信された三曲自体の完成度がはんぱじゃないので、それらを含めた全体の流れがもう完璧すぎるのだった。
 デビュー・アルバムが出たあとでもなお、僕はこのミニ・アルバムを並行して飽きずに聴き返しつづけている。ほんともう『秒針』とか何回聴いたかわからない。やっぱこの曲と『脳裏上』の高揚感は突き抜けている。デビューからこの二曲をドロップしてきたACAねの才能おそるべしだ。
 僕は基本的にマイナーコード主体の楽曲やディスコ・ビートってそれほど好きではないと思っていたんだけれど、ずとまよの場合、そういう要素をたっぷり含んでいるにもかかわらず不思議と僕を魅了してやまない。
 でもマイナー調でダンサブルな曲のなかに『雲丹と栗』――MV名物のハリネズミ、うにぐりくんのテーマ曲(なのかな?)――みたいなメジャー・コードで超かわいいミディアム・テンポの曲がなにげに入っているのもいいです。この曲の「忘れ物なら僕が届けに行くから」ってところがものすごい好き。心に染みわたる。
 あとこのアルバムは最後の『君がいて水になる』が最高にいい。ひとつ前の『脳裏上のクラッカー』でテンションがあがったあと、愁いを含んだヒップホップ寄りのミディアム・テンポのバラードでしっとりと締めるという構成が抜群。
 曲も本当に素晴らしい。「{しがらみ}や秩序の甘えは、君がいて水になる」なんて難解な歌詞をこれほどせつなく聴かせる曲ってレアでしょう? 「カシス色の髪が揺れている」からのブリッジの部分の情感の深さも本当に感動的だし、この曲は僕にとってのずとまよのベストテンに入る。この曲を聴かずしてずとまよを語るなかれ。
 とにかくこのアルバムは徹頭徹尾素晴らしき傑作。僕の五十年を超える人生において最強のミニ・アルバムだといいきってしまいたい。
 最近はもしかして俺はずとまよと出逢うために四十年も音楽を聴きつづけてきたのかもしれないしれないとさえ思う。
(Jul. 11, 2020)

レキツ

レキシ / 2011 / CD

レキツ

 ここ数年のあいだに好きになった日本のアーティストについてあれこれ書いてきたので、この人のことも一度くらい書いておこうかと。
 スーパーバタードッグのキーボードだった池田貴史によるソロ・プロジェクトにして、日本の歴史をテーマにした唯一無二のコンセプト・バンド、レキシ。
 これまでに六枚のアルバムをリリースしているけれど、あえてそのうちから一枚を選ぶとなれば、そこはやはりこのセカンド・アルバム『レキツ』ということになる。
 二枚目なのでタイトルの最後が「シ」ではなく「ツ」(Two)になっているという。そのユーモアのセンスが天才的なだけでなく、最新アルバムの『ムキシ』――六枚目だから頭が「ム」――に至るまでの流れを作ったという意味でも画期的な一枚。
 そしてなにより重要なのが、レキシのライブでつねにクライマックスを飾る『きらきら武士』と『狩りから稲作へ』という、レキシを代表する名曲が二曲そろって収録されているという点。
 この二曲、どちらも歌詞が最高に笑えるだけでなく、楽曲自体が日本のダンス・ミュージックとしては最高レベルの機能性を兼ね備えているのがすごい。
 コミック・ソングというと所ジョージやはなわのように弾き語りでサウンドは二の次という印象が強いけれど――まぁそれはそれで悪くないんだけれど――レキシの場合はそうじゃない。池ちゃんのファンキーな音楽センスが存分に発揮されたバック・トラックだけでも十分に聴く価値がある完成度を誇っている。
 そこに日本史のネタがさまざまな視点から、最高のアイディアで歌いこまれている。その楽しさは唯一無二。単に笑えるだけではなく、ちょっとじーんときてしまうような感動的な歌もあるし、さらには椎名林檎やスチャダラパーのような豪華なゲストまで参加しているのだから、あとはなにをいわんやだ。
 単なるコミック・バンドと侮るなかれ。世界の上原ひろみも惚れ込んだというその才能は伊達じゃない。これ一枚に限らず、これまでのどのアルバムも、日本の音楽好きだったら一度は聴いておいたほうがいい逸品ばかりです。
(Jul. 29, 2020)