2020年9月の音楽

Index

  1. 朗らかな皮膚とて不服 / ずっと真夜中でいいのに。
  2. 盗作 / ヨルシカ

朗らかな皮膚とて不服

ずっと真夜中でいいのに。 / 2020 / CD

朗らかな皮膚とて不服

 いま現在の僕にとっての最重要バンド・ナンバー・ワン、ずっと真夜中でいいのに。の三枚目のミニ・アルバム。
 先行配信された『低血ボルト』『お勉強しといてよ』『MILABO』の三曲がアッパーなダンス・チューンで、これぞ「ずとまよ」って出来映えなのに対して、その他の三曲はスローでおとなしめ。要するにアルバムでいちばん盛り上がるのはアルバムのリリース以前から聴いていた曲ってことなので、前の二枚のミニ・アルバム――それまで知らなかったがゆえに個人的には全曲が新曲だった――に比べると、いささか中毒度が低い感は否めない。
 でも、そうはいっても、気がつけばiTunesでの再生回数は、全曲すでに五十回を超えている。リリースされてから一ヵ月半くらいだから、つまりほぼ毎日聴いているも同然。そんなアルバムほかにない。同時期に出たヨルシカや米津玄師の新譜もくりかえし聴いているけれど、さすがにその数はずとまよには及ばない。やはり現時点で僕にとっての最重要アーティストがこの人だってことは数字が証明している。
 ずとまよのなにが特別かって、やはりその言語感覚なのだと思う。ACAね{あかね}の書く曲はどれも歌詞のメロディへの乗せ方が絶妙で、ほんとに掛け値なしに気持ちいい。僕にとっては日本語の音楽を聴く快感の極みといっていい。この喜びは母国語でない洋楽では絶対に味わえない。
 エレカシやBUMP、RADWIMPSなど、日本語で素晴らしい歌を聴かせてくれるアーティストは過去にもたくさんいたけれど、そのほとんどは歌詞が共感できて感動的だから、音楽の感動が相乗効果でなおさら深まるってタイプだった。
 でもACAねの場合は違う。歌っている内容の大半は意味が通じない。でもそれでいて、そんな意味不明な言葉がビートに乗ったところから、掛け値なしに快感が湧きあがってくる。その感動は英語の歌では絶対に味わえないたぐいのものだ。
 例えば『低血ボルト』の「頭でっ価値 ずっとうんと砕いてもっと」というフレーズ。この何気ない一節が僕にとってはこのアルバムのクライマックスだ。否応なしに身体を揺さぶられる。
 つづく『お勉強しといてよ』はタイトルからして最高だし、『Ham』の「息が痛いよ あざになるくらい」という比喩の見事さ、『JK Bomber』のヒップホップ系の「重たいビート」が、途中からいつものアッパーなディスコ・チューンに転調するアレンジや、『マリンブルーの庭園』での松本隆が松田聖子に歌わせそうな歌の世界観の意外性、そして個人的に大好きな『ハゼ馳せる果てまで』と同系統の明るいポップ・チューン『MILABO』で最後を締めるまで、そのすべてが日本語だからこそという魅力を持って僕の心と身体を揺さぶってくる。
 そりゃベースとなる音楽自体の構成要素はすべて洋楽からの借りものだろう。でもACAねとコラボレーターたちは、それを日本語の節まわしならばこそ可能な見事なアレンジでもって、唯一無二の音楽として鳴らしてみせている。こんな音楽、おそらくいまの日本でしか聴けない。
 長年洋楽ありきで音楽を聴いてきた僕にとって、洋楽では代えが効かないなんて思わせるアーティストなんて初めてじゃないかと思う。それだけでも特筆もの。
 とにかく、ずとまよが聴かせてくれる音楽のすべてがいまの僕にとってはかけがえのない宝物だ。この先も末永く彼女の音楽が聴きつづけられることを願ってやみません。
(Sep. 20, 2020)

盗作

ヨルシカ / 2020 / CD+本

盗作

 ずとまよと並んでいまいちばん新作が楽しみなバンド、ヨルシカが前作『エルマ』から一年もせずにリリースした三枚目のフル・アルバム、これがまたとても個性的な作品で、「自分の作品はすべて過去の名曲の盗作だ」とのたまう音楽家を主人公にしたコンセプト・アルバムとなっている。
 『盗作』という物騒なアルバム・タイトルのみならず、このアルバムのほとんどのボーカル曲には犯罪がらみのタイトルがつけられている。『昼鳶』『春ひさぎ』『爆弾魔』『盗作』『思想犯』『逃亡』『夜行』……。最初の『昼鳶』は空き巣の隠語で「ひるとんび」と読むそうだけれど、そんな言葉、僕は初めて知った。四曲のインスト・ナンバーではベートーヴェンの『月光』のほかにも、僕などが知らないクラシック曲がいくつも引用されているようだし、n-bunaは僕の半分も生きていないのに、僕の何倍も物知りな気がする。
 ということで、アンダーワールドな題名の曲がずらりと並んだこの作品だけれど、そこはn-bunaの作品なので、だからといって単に暗い心情を溢れさせただけで終わったりはしない。随所に散りばめられた美しい旋律や情感たっぷりな風景描写は今回も健在。なかでも『花人局{はなもたせ}』――美人局{つつもたせ}に花を組み合わせた造語とのこと――は本当に美しくて個人的にお気に入り。あと『思想犯』の冒頭で「人を呪うのが心地良い」なんて憎まれ口をたたいておきながら、最後につい「また明日。口が滑る」と本音がこぼれ出てしまうところがすごくらしくて好きだ。
 音楽的にも多様性を深めていて、スラップ・ギター(チョッパー・ベースみたいなアコギの奏法をそう呼ぶらしい)のイントロが印象的な『昼鳶』や、ピアノ主体のジャズっぽい『春ひさぎ』や『逃亡』など、シンプルなギター・サウンド中心だった以前の作品よりも、確実にアレンジの幅が広がっている。『昼鳶』や『思想犯』でのsuisの低音を生かしたボーカルも、今回の作品の世界観にマッチしていて素晴らしい。
 あと、おっと思ったのがこの作品のコンセプトが生まれるきっかけとなったという『爆弾魔』の再録バージョン。アレンジ自体は『負け犬にアンコールはいらない』収録のバージョンとそんなに大きく変わってはいないけれど、若干音数が増えて、より演奏がシャープになり、そして特筆すべきことに、なんとナブナ自身がバックコーラスをつけている!
 YouTubeなどではたまに弾き語りを公開しているナブナだから、べつに驚くようなことじゃないのかもしれないけれど、僕は彼が自分の声を作品に残したがらない人かと思っていたので、今回この曲やそのほかの作品で自らコーラスをつけた姿勢に意表を突かれた。世間から高い評価を受けるようになって、彼の意識も少しずつ変わってきているんだろうなぁと思った。
 初回限定盤についている小説を読んだあとに聴くと、さらに歌の世界観が広がって、また違う味わいになるから、時間があればそちらもお薦め。なんにしろ、前作から一年もたたずして、こういう意欲的な作品を世に送り出してくるのだから、やはりヨルシカはいまの日本でもっとも注目すべきバンドのひとつだと思う。
 それにしても、世の中には犯罪をテーマにした小説や映画があたりまえのように溢れているのに、いざそれを音楽でやるとなると、なんでこんなに不穏な雰囲気になっちゃうんでしょうね。RADWIMPSが『HINOMARU』を出して炎上したときにも思ったことだけれど、文学や映画だとさして問題にならないことが、音楽に置き換えた途端に過剰なリアクションを引き出してしまう気がする。
 まぁ、それだけ音楽という表現手段が人の心にダイレクトに訴えかける力を持っているということなのかもしれない。
(Sep. 21, 2020)

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