ヨルシカ LIVE「前世」
ヨルシカ / 2021 / Blu-ray
ヨルシカ初の映像作品は一月に有料配信された無観客ライヴをパッケージ化したもの。
この作品に関してはまずはそのロケーションが素晴らしい。
配信ライヴというと観客が入れられないから仕方なくライヴ会場をそのまま使いました、という無人の客席を前にした演奏がほとんどだと思うけれど、才人n-bunaはそんなありきたりをよしとしなかった。
彼らがライブ会場として選んだ場所は八景島シーパラダイス。照明を落とした真っ暗な館内に、青いライティングに照らし出された水槽の中の魚影の群れがきらめく。普段の水族館とはまったく違う、そんな幻想的な背景にあわせ、ヨルシカは弦楽四重奏をフィーチャーした、その舞台にふさわしいスペシャルな演奏を聴かせてくれている。もとより顔出しNGで活動しているために、ライヴとはいってもステージ上でメンバーがスポットライトを浴びることがない、素顔をさらしていないバンドだからこその発想だと思う。
ライブの目的は自分たちの容姿や演奏する姿を見せることではなく、生の演奏を聴いてもらうこと。でも観せるものであるからには、映像的にも魅力的なものにしなくてはいけない。だとしたら無人のコンサートホールなんて会場としては問題外だし、全員がモニターやスマホで観ることを前提としている以上、MVや映画的なものを背景にしたのでは「生」である意義が乏しい――。
そんな風に考えたのかどうかは知らないけれど、結果として選ばれた夜の水族館というロケーションは、ヨルシカというバンドの演奏を披露する場所として、これ以上はないほどにふさわしかった。
ふだんは生演奏など行われるはずのない場所で実際にライブが行われているという非現実感が、ほのかな光にきらめく名も知らぬ魚の群れの幻想的な美しさや、ストリングスの深みのある調べとあいまって、この作品を特別なものにしている。
あとね、このライブはsuisのボーカルが本当に魅力的。
ヨルシカはn-bunaのミュージシャンとしての全方向の才能と並んで、suisのボーカリストとしての力量もセールスポイントだと思うのだけれど、僕個人は失礼ながらこれまでsuisさんのことをそこまで特別だと思っていなかった。
もちろん彼女の歌の上手さが彼らの楽曲の魅力を引き立てているとは思うけれど、僕がヨルシカを特別視するのはあくまでn-bunaのバンドだからであって、たとえばもしボーカルがsuis以外の人に変わったとしても、僕にとってのヨルシカの価値は変わらないだろうと思う。要するに僕にとってsuisというボーカリストは代替可能な存在だったわけだ。
でもこのライヴでのsuisのボーカルはとても素敵だ。ほとんどずっと椅子に座ったまま、軽く身体を揺らしながらハンドマイクで歌う彼女の力みのない丁寧な歌声には、ACAねや椎名林檎やCoccoとはまた違った、独特の魅力がある。安定したレコーディング音源とはまた違った、心もちラフな揺らぎが感じられるところがたまらない。
たいていのライブ作品は一度観て終わりという僕をして(二時間もある映像作品をそう何度も観てはいられない)、この作品を二度三度と繰り返して観させているのはその映像の美しさに加えて、そんなsuisさんのボーカルの魅力に負うところが大きい。
おそらく去年から今年にかけてリリースされたライヴ作品のうちでも、もっとも個性的かつ魅力的な作品のひとつではないかと思います。
(Sep. 18, 2021)