2021年9月の音楽

Index

  1. 前世 / ヨルシカ
  2. 日比谷野外大音楽堂 2020 / エレファントカシマシ

前世

ヨルシカ / 2021 / Blu-ray

ヨルシカ Live「前世」(通常盤)(特典:なし)[Blu-Ray]

 ヨルシカ初の映像作品は一月に有料配信された無観客ライヴをパッケージ化したもの。
 この作品に関してはまずはそのロケーションが素晴らしい。
 配信ライヴというと観客が入れられないから仕方なくライヴ会場をそのまま使いました、という無人の客席を前にした演奏がほとんどだと思うけれど、才人n-bunaはそんなありきたりをよしとしなかった。
 彼らがライブ会場として選んだ場所は八景島シーパラダイス。照明を落とした真っ暗な館内に、青いライティングに照らし出された水槽の中の魚影の群れがきらめく。普段の水族館とはまったく違う、そんな幻想的な背景にあわせ、ヨルシカは弦楽四重奏をフィーチャーした、その舞台にふさわしいスペシャルな演奏を聴かせてくれている。もとより顔出しNGで活動しているために、ライヴとはいってもステージ上でメンバーがスポットライトを浴びることがない、素顔をさらしていないバンドだからこその発想だと思う。
 ライブの目的は自分たちの容姿や演奏する姿を見せることではなく、生の演奏を聴いてもらうこと。でも観せるものであるからには、映像的にも魅力的なものにしなくてはいけない。だとしたら無人のコンサートホールなんて会場としては問題外だし、全員がモニターやスマホで観ることを前提としている以上、MVや映画的なものを背景にしたのでは「生」である意義が乏しい――。
 そんな風に考えたのかどうかは知らないけれど、結果として選ばれた夜の水族館というロケーションは、ヨルシカというバンドの演奏を披露する場所として、これ以上はないほどにふさわしかった。
 ふだんは生演奏など行われるはずのない場所で実際にライブが行われているという非現実感が、ほのかな光にきらめく名も知らぬ魚の群れの幻想的な美しさや、ストリングスの深みのある調べとあいまって、この作品を特別なものにしている。
 あとね、このライブはsuisのボーカルが本当に魅力的。
 ヨルシカはn-bunaのミュージシャンとしての全方向の才能と並んで、suisのボーカリストとしての力量もセールスポイントだと思うのだけれど、僕個人は失礼ながらこれまでsuisさんのことをそこまで特別だと思っていなかった。
 もちろん彼女の歌の上手さが彼らの楽曲の魅力を引き立てているとは思うけれど、僕がヨルシカを特別視するのはあくまでn-bunaのバンドだからであって、たとえばもしボーカルがsuis以外の人に変わったとしても、僕にとってのヨルシカの価値は変わらないだろうと思う。要するに僕にとってsuisというボーカリストは代替可能な存在だったわけだ。
 でもこのライヴでのsuisのボーカルはとても素敵だ。ほとんどずっと椅子に座ったまま、軽く身体を揺らしながらハンドマイクで歌う彼女の力みのない丁寧な歌声には、ACAねや椎名林檎やCoccoとはまた違った、独特の魅力がある。安定したレコーディング音源とはまた違った、心もちラフな揺らぎが感じられるところがたまらない。
 たいていのライブ作品は一度観て終わりという僕をして(二時間もある映像作品をそう何度も観てはいられない)、この作品を二度三度と繰り返して観させているのはその映像の美しさに加えて、そんなsuisさんのボーカルの魅力に負うところが大きい。
 おそらく去年から今年にかけてリリースされたライヴ作品のうちでも、もっとも個性的かつ魅力的な作品のひとつではないかと思います。
(Sep. 18, 2021)

日比谷野外大音楽堂 2020

エレファントカシマシ / 2021 / Blu-ray

日比谷野外大音楽堂2020【デラックス盤・Blu-ray +写真集】

 エレカシのライブを観たことのある人ならばほぼ全員が同意してくれると思うけれど、宮本浩次という人のボーカルは生で聴くと本当にとんでもない。あの声量はただごとじゃない。自分と同じ生身の人にこんな声が出せるとはにわかに信じられない。
 僕は世の中の大半の人より多くのライブを観てきていると思うし、その中には半端なく歌の上手い人だってたくさんいるわけだけれど、それでも宮本のように一曲ごとに全身全霊をささげて歌っていると思わせるボーカリストはほかにはいない。彼の歌には上手い下手を超越した何かがある。あの凄さは生で観ないとわかってもらえないと思う。
 なぜならばそれはフィルムには収まりきらない{たぐい}のものだから。残念ながら僕にはこれまでにエレカシの映像作品を観て、生で観たときの感動の半分も味わえたことがない。宮本の破格の凄さはカメラに収められた途端に十分の一くらいに薄まってしまう。
 僕がこれまでエレカシの映像作品についてはほとんどなにも書いてこなかったのはその希釈感のせいだ。本来の魅力を伝えきれていない作品について、わざわざなにかを書こうって気になれなかった。
 あと、もうひとつの理由(というか言い訳)は、映像作品となったライヴのほとんどを僕が生で観ていて、なおかつそれなりにがんばって感想を書いてきたから。すでに苦労してたっぷり文章を書いたライヴについて、それが映像作品になったからといって、もう一度なにかを書こうって気分にはなかなかなれない。結果、僕はこれまでエレカシの映像作品のほとんどを無視する形になってしまっていた。ファンだから作品が出れば買うけれど、どれもたいていは一度観ておしまい。
 そんな僕をして今回この野音のBlu-rayは感想を書かなきゃと思わしめたのは、ひとえに宮本ソロ活動の影響が大きい。
 手練れの名ミュージシャンたちをバックにつけ、高級なスーツを身にまとってテレビでロック歌手として喝采を浴びる昨今の宮本の姿に、僕はいまいちしっくりこないものを感じている。宮本がお茶の間の人気者になって嬉しそうにしているのは何よりだと思うし、別にソロ活動をやめて欲しいわけではないけれど、でも俺の好きな宮本浩次はそんなんじゃないんだよなぁって。正直そういう思いは否めない。
 そんな絶賛ソロ活動中の宮本が半年ぶりにエレカシのバンド・メンバーとともにステージに立った一年前の野音の模様をフルに収録したのがこの作品。
 ソロ活動のあれこれを経て、はてさていまの宮本はエレカシでどんなパフォーマンスを見せてくれるのやら……と、正直なところ、観るまではいくぶん不安を感じていたのだけれど、そんなのいらぬ杞憂だった。
 わはは、エレカシのフロントマンとして野音のステージに立った宮本は、おかしなくらい変わっちゃいなかった。そこには昔ながらの僕らの大好きな宮本浩次がいた。
 言葉少なでぶっきらぼうなオープニングからして、これぞまさに「俺たちの宮本」!
 そして一曲目は『「序曲」夢のちまた』!! アンコールのラストは『待つ男』!!!!
 そう、去年の野音はセットリストも個人的には最強といえる内容だった。
 同じく映像作品で観ることができる前の年の野音は、三十周年記念ということでポップス路線に振り切れた「最近の明るいエレカシ」が全開なセットリストだったけれど――それはそれで意外性があった――その反動なのか、それから一年後のこの日は一転して売れ線無視の剛球勝負。エピック時代の曲をたっぷりと盛り込んだ「これぞまさに野音で聴きたい俺たちのエレカシだっ!」って内容になっていた。
 宮本自身も「野音だから」といって『男は行く』を演奏しているし、テレビでつけている愛想のいい仮面を脱ぎ捨てたようなあけっぴろげな乱暴さは、長らくそんな彼を愛しつづけてきた目の前のファンに対する信頼感の表れなのだろうと思う。胸熱。
 とにかく宮本のまったく飾り気なく自分自身のありったけをむきだしにしている感じがたまらない。「魂の叫び」なんてものいいは陳腐だけれど、ついそんな言葉を使いたくなるほどだ。だってカメラの前であそこまでカッコつけずに自分をさらけ出せる人なんてそうそういないよ?
 最初に映像作品では宮本の本当の魅力は伝えられないとか書いたけれど、この作品ではこれまでにないくらい宮本の本質的な部分に肉薄できている気がする。観ていて素直に宮本すげーって思える。おそらくテレビのモニター経由でそんな風に思ったのは初めてだ。それがこの作品についてはなにか書いておかないとと思った最大の要因。
 あと、すごく単純な事実にいまさら思い至ったのですが、俺はこのライヴ、生で観てないんじゃん。観たから書かないというのならばともかく、観てないんだったらなにか書いてしかるべきじゃんと。ずとまよやヨルシカについてはカタログを網羅する勢いであれこれ書いているくせに、もっともつきあいが長い大切なバンドについて、液晶モニター越しであろうとそのライヴ作品をフルで観ておきながら、なにも書かないのはどうなのさって。いまさらながら思ったのでした。だけど結局いまいち上手くまとめられなかった。おそまつ。
 今年は九月も終わろってこの時期になっても、いまだ野音のスケジュールが発表されていない。野音が使えるのは十月末までだそうなので、エレカシの野音ライヴも今年でついにその連続記録が途切れてしまう可能性大みたいだ。
 でもまぁ、エレカシ野音のチケットもすっかりプレミア化してしまって、僕個人が野音でエレカシを最後に観てからもう三年もたっている。いまやエレカシ(というか宮本)の人気が野音のキャパでは収まらなくなっているのは確かだろうから、こういう日もそう遠からず訪れる運命だったのかもしれない。
 それにしても三十一年もつづいてきた野音の歴史の最後に、こういうエレカシの集大成と呼ぶにふさわしい素晴らしきライヴ・フィルムが残ったことを僥倖{ぎょうこう}と呼ばずしてなんと呼ぼう。
(Sep. 29, 2021)

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