2023年6月の音楽

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  1. 沈香学 / ずっと真夜中でいいのに。

沈香学

ずっと真夜中でいいのに。 / 2023

沈香学

 待ちに待ったり――。
 《ずとまよ》こと「ずっと真夜中でいいのに。」の、ただただ待望なんて言葉じゃ言い表せないほど待ち遠しかった三枚目のフル・アルバム『沈香学{じんこうがく}』。
 これは収録曲が発表された時点で、聴きもしないうちから、あらかじめ傑作だって断言できるような稀有な作品だった。
 だって、最強のダンス・チューンである『あいつら全員同窓会』と『ミラーチューン』と『残機』と『綺羅キラー』が一緒に入っているんだよ???
 そこにさらに映画やなんかのタイアップ曲である『夏枯れ』『不法侵入』『ばかじゃないのに』『消えてしまいそうです』が入っていて、あと、去年のミニ・アルバムから『猫リセット』と『袖のキルト』も再収録されている。
 これが傑作でなかったら、なにが傑作なんだって話だ。
 まぁ、以上で既に全十三曲のうち十曲なわけで、あまりに知っている曲だらけだって弱みはある。それにしたって楽曲のレベルが高すぎでしょう?
 それだけでもすごいところに、『花一匁』みたいな最高のリード・トラックをぶっこんでくるんだからびっくりだよ。もう圧巻の出来。
 すさまじいのは、全十三曲のうちに、スローバラードが一曲もないところ。
 発表済みの曲にはバラードがなかったから、未発表の三曲はスローな曲中心になるのかと思っていたら、まるでそんなことなかった。新曲の『馴れ合いサーブ』なんてこのアルバムでもっともノイジーでパンキッシュだ。
 中盤『夏枯れ』からはミディアム・テンポのメロディアスな曲が並んでいるけれど、それにしたってスローバラードというほどゆっくりな曲はひとつもない。『夏枯れ』にせよ『不法侵入』にせよ、ワンコーラス目でしっかりとメロディーを聴かせたあと、そのままだと普通でつまらないといわんばかりに、途中でラップを突っ込んでくるところに、ACAねのセンスの非凡さが表れていると思う。
 あえていうならば、ラストの新曲『上辺の私自身なんだよ』はバラードと呼べるかもしれないけれど、この曲にしたってラップ・パートありだし、なによりシューゲイザー風のサウンド・プロダクション(なんとなく懐かしい感触がある)がしんみりとした聴き方を拒否している。
 ここまでアッパーでロックなアルバムって、いまどきほかにありますか?
 あとね、このアルバムは楽曲のグレードも高いけれど、音作りも素晴らしい。
 すべての曲で編曲を手がけている100回嘔吐(どんな名前だ)が本当にいい仕事をしている。『あいつら全員同級生』の間奏のストリングスとか、『ミラーチューン』のサックスのソロとか、本当にカッコよくて大好き。『袖のキルト』の柔らかなピアノの音色とかも好き。このアルバムは音だけでも酔える。
 ACAねの声と楽曲だけでも最高なのに、そんな風にバックトラックまで文句なしにカッコいいんだよ? 本当にこれが最高じゃなければ、なんだっていうんだろう。
 マジで日本ロック史上に残る大傑作だと思う。
 いやそれなのに――。
 これだけ素晴らしい作品を作っておきながら、ACAねはバンド名の由来となったという冒頭の『花一匁』で「僕が作るものは/既にあるものじゃーーん」と歌う。
 どんだけ自虐的で謙虚なのさ。本当に大好きだよ。
 惜しむらくは個人的に収録曲の大半を聴き込み過ぎていて、新譜特有の高揚感が味わえないこと。
 僕は『あいつら全員同窓会』だけでも通算250回以上聴いてしまっているので(自分でもびっくりだよ)、ここまで聴くとさすがに新鮮さは微塵もない。このアルバムであの曲をはじめとする最高のダンスチューンを初体験で浴びる人たちが羨ましい。そこだけはマジで羨ましい。願わくばもう一度記憶をゼロに戻して、このアルバムを一から味わい直したい。それくらい好きです。
 僕がここ一年近く音楽についてライヴ以外の文章を書いてこなかったのは、ずとまよ好きが高じて、ほかの音楽が聴けなくなってしまったからだった。昔から好きなアーティストの作品はともかく、新しいアーティストの作品がまるでぴんとこない。なんでアメリカ人は自分の国のロックをスルーして、K-POPとかバッド・バニーとか聴いてんだろう。わけがわからない。
 もはやそんな風に理解不能になってしまった洋楽シーンなんてどうでもいいじゃんって思ってしまうほど、すとまよは――そして米津やヨルシカやYOASOBIがいる今の日本の音楽シーンは――素晴らしい。
 あぁ、日本人でよかった。
(Jun. 17, 2023)