エレファントカシマシ
コンサート1998日本武道館“風に吹かれて”/1998年1月3,4日/日本武道館
すでにあの日から3週間が経過してしまっている。去年のもの悲しいブレイクの結果として実現した2度目の武道館ライブ。
エレカシとしては、アクト・アゲインスト・エイズへの出演も含めると、3度目となるこの会場のステージだった。僕らがここで彼らを見るのも3度目になる。
初めて彼らをこのホールで見た時、用意された席はアリーナの三千のみだった。あれから7年を経て、ふたたび彼らはこの会場に戻ってきた。今度は会場すべてを観客で埋め尽くして──。まずはこれだけのファンを新たに獲得したという事実を祝福しておきたい。心中の複雑な思いはひとまず置くとして。
新年早々二日続けて開かれたのこのコンサートに、僕らは両日とも足を運んだ。初日の席はステージ真正面、1階席の前から3列目。1階席ながら、前のお客さんが立たずにいてくれたので、最後まで坐ったままで見ていられた。翌日はアリーナ、ステージに向かって左手ということで、終始立ちっぱなし。
本来ならばライブなんてものはスタンディングがあたりまえだけれど、エレカシの場合、座ったままで見てきた時期が長かったので、立って見ることを強いられると、ちょっとばかり複雑な気分になる。しかも方向転換のせいで、ダンス・ミュージックとしての機能性がやたらと低い昨今だ。いまさらどうしてこんな音楽を立って見ないといけないんだと文句のひとつも言いたくなる。
なにはともあれ、エレファントカシマシ、7年ぶりの武道館公演。
この日はまず、オープニングナンバーがふるっていた。7年前のそれは 『夢のちまた』 だった。今回はごく普通に 『明日に向かって走れ』 なのだろうと思っていた。昨年後半のコンサートがそうだったから、多分そうだろうと。
ところがこの予想が見事に裏切られる。オープニングを飾ったのは、こともあろうか 『奴隷天国』 だった。
正直言ってこの一曲にはかなり驚かされた。そして、とても嬉しかった。
この 『奴隷天国』 という曲は、かつての宮本の表現の過激な部分がもっともはっきり表れた楽曲のうちのひとつだ。それを、さらなるポピュラリティの獲得を目指すはずの新年最初のコンサートで冒頭に持ってきた。そんなバンドの挑発的な姿勢が、なにより嬉しく、とても痛快だった。なにしろ客席に向かって、「なに笑ってんだよ、おめーだよ、そこの」と罵倒するという、とんでもない曲だ。それを──宮本のエキセントリックなキャラクターとせつない楽曲がお目当ての──最近の観客で埋まった武道館で、最初にぶっ放してきたんだから、盛りあがらないはずがない。
とはいっても、そうした過激さがバンドに、かつての低迷をもたらしていた感も否めない。宮本もいまとなると、それをしっかり把握しているのだろう。この曲が終わるや否や「や、驚きましたか」と会場に愛想を振りまいていた。ヘビーなテーマの楽曲を、表現の上ではヘビーなまま、キュートな笑顔でラッピングして、さあどうぞと差し出してみせたこの日のオープニングは、これからのエレカシの活動に期待させるに十分だった。今年はやってくれそうな予感を感じさせてくれた。
ただし、残念なことに、そんな特別な感慨を抱かせてくれたのは、この一曲目だけだった。そのあとは終始、最近のエレカシに顕著な、悪くはないんだけれどなにかいまひとつもの足りないという感覚に終始した。
選曲やステージ構成の問題もある。2曲目はいまやすっかりライブで2曲目に演奏されるのが定番になってしまった感のある 『夢を見ようぜ』 だし、その後に続くのが 『明日に向かって走れ』 『四月の風』 『孤独な旅人』 だ。この展開はあまりに型にはまり過ぎてしまっている。そもそも、やはりそれらの新曲群がライブではいまいち盛りあがらないのが致命的だ。せっかく熱く始まったコンサートが、3曲目、4曲目と続いていくうちに徐々にヒートダウンしてしまったような印象があった。
このあとでひさしぶりに 『デーデ』 と 『星の砂』 が続けて演奏された。かつては「なんでこの2曲を必ず続けて演奏するんだろう」と、そのあまりのワンパターンさに食傷気味だったこの昔懐かしいメドレーさえ、いまとなると、その前の新曲群よりもよほど新鮮だった。どうせなら前半は往年の勢いのあるナンバーで、
その後、コンサートはアルバム 『東京の空』 からの3連発──去年の野音の時と同じ──や、珍しいところでは今回のベスト盤でデビュー以来、初めて日の目を見た 『ポリスター』 ──宮本は 『ポリススター』 と紹介していた──、細海魚さんをゲストに迎えた 『寒き夜』 、そしてひさしぶりの 『珍奇男』 というメニューで展開してゆく。個人的には大好きな 『寒き夜』 が聴けて感激、と言いたいところなのだけれど、どういう訳かこの日は心に届かなかった。残念ながら、ひさしぶりに聴かせてもらった 『珍奇男』 からも、以前ほどのダイナミズムが感じられなかった。
本編終盤はこのところのステージの定型通り。イントロがやや間の抜けた感じで始まる 『かけだす男』 から、アルバム 『ココロに花を』 のアップテンポなナンバー3曲を並べ、 『戦う男』 と 『今宵の月のように』 で終わる展開にはなんの新鮮さもなかった。とくに二日目は 『かけだす男』 の途中で宮本のギターの弦が切れたにもかかわらず、それを無視して突っ走った結果、ひどい演奏になってしまっていた。最近のライブの白眉である 『うれしけりゃとんでゆけよ』 と 『戦う男』 が特にひどくてココロから残念だった。そのせいで前の日も見ておいてよかったと思わされたのが情けない。
以降、アンコールとなるわけだけれど、今回のコンサートはここからがメインかもしれない。アンコール1曲目で、噂に聞いていたオーケストラがステージ後方に姿を現わしたのだった。曲はもちろん 『昔の侍』 。今までのエレカシでは考えられない豪華な演出に、今回の武道館に対する意気込みが伝わってきた。
ただし、じゃあそれが効果的だったかというと、かなり疑問だった。武道館という特別な会場でのコンサートということで、特別なアトラクションを用意したんだろうけれど、それが空回りしてしまった感じ。正直なところ、あまり出来はよくなかった。基本的にとっちらかった彼らの演奏が、オーケストラの音とあうわけがない。正月早々、この一曲のためだけに集まったオーケストラの人たちが可哀相な気がしてしまった。
そのあともアルバム 『明日に向かって走れ-月夜の歌-』 からのナンバーが4曲続いた。そして前回同様、宮本の声が出なくなってきているという事実に心を痛める。特に 『恋人よ』 と 『風に吹かれて』 という、このアルバムの売りである楽曲にその傾向が顕著なのだから悲しくなってしまう。見ていてちょっとばかり痛々しかった。
一度目のアンコールはさらに 『星の降るような夜に』 と 『ファイティングマン』 で終了。そして2度目のアンコールで 『悲しみの果て』 『さらば青春』 『赤い薔薇』 の3曲を聴かせて、98年の幕開けを飾るエレファントカシマシの武道館公演は無事──かどうかはともかくとして──幕を閉じたのだった。実に2時間半に及ぶ長丁場だった。僕が初めて見た頃の、1時間前後のライブですべての力を出しきっていたエレカシと比べると、ずいぶん持久力がついたものだと思う。表現者としての姿勢が変ったせいもあるんだろうけれど、これはこれで大きな成長の証しだろう。
ただし、時間が長くなったとはいえ、それで満足度が増したかというと、やはりそんなことはない。僕にとっては、昔の短かったライブの方が、より中身が濃かった印象がある。正直言って、2時間を超えるステージを見せるには、まだまだプレイヤビリティが低すぎると思う。同じ武道館で見た奥田民生のライブと比べると、その辺の力量の差はあきらかだ。ベテランのミュージシャンがバックを固める民生さんと比較するのも酷かもしれないけれど、アーティストとしての存在では決して引けを取らないバンドだと思っているので、やはり期待するものも大きくなるのは仕方ないのだった。
ともかく、そんなわけで、可もあり不可もあるという内容の新春武道館2デイズだった。まだ書き足りない気もするけれど、そろそろ言葉に詰まってきたので今回はこれでおしまい。次は4月に渋公だそうだ。
(Jan 24, 1998)