前回プライマルのライブを見たのは、97年にマニが加入した直後だった。アルバム 『Vanishing Point』 の時のツアーだから、かれこれ十年近く前のことになる。
失礼ながら、その時のライブは、特別プライマル・スクリームが見たくて足を運んだわけではなかった。最新作の 『Vanishing Point』 はまったくといっていいほど好きになれなかったし、その前の来日公演を見た時にも、それほど強烈な印象は受けていなかったためだ(まあ悪かったわけではないけれど)。それなのにわざわざチケットを取ったのは、ストーン・ローゼズ解散後のマニがこのバンドに加入したばかりだったからという、そのひとことに尽きた。新しいバンドに加わった彼がどんなプレーを見せてくれるのか確認したかった、なによりそれが一番だった。
ただそんな理由で観に行ったライブではあったけれど、終わったあとの印象はすこぶる良かった。アルバムをほとんどまともに聴いていなかったことを考えれば、そのとき受けた興奮はなかなか味わえない類いのものだった。もちろんロック・コンサートの一番の魅力は理性を超えたレベルでの身体へのアジテーションだとするならば、強力な最新のダンス・ビートで武装したその当時のプライマルのライブが良かったことは、意外でもなんでもない。僕ら夫婦はとてもいい気分で赤坂ブリッツをあとにしたものだった。
ただ、その時のライブがどれほど良かったにせよ、それが結局はオーソドックスなロックンロールをなによりも愛する当時の僕らの趣味から外れていたのは確かだった。そしてプライマルはその後の2枚のアルバムでも続けて同じヘビーなダンス・ミュージックを追求してゆく。その結果、僕らが再び彼らのライブを観に行こうと思うこともないまま、十年近い月日が流れていった。
そして今年になって 『Riot City Blues』 が登場する。前3作のダンス・ミュージック路線がまるでなかったかのように、オーソドックスに古典的フォーマットのロックンロールを鳴らせてみせたこのアルバム。 『Give Out But Don't Give Up』 を嫌い、この十年のプライマルに熱狂してきたファンの半分には不評ぷんぷんなんだろうと思う。けれども僕は逆に再びこういうアルバムを出してしまったことで、プライマル・スクリームが以前よりも好きになった。
そりゃ 『Vanishing Point』 や 『XTRMNTR』 のビートは強烈だ。好き嫌いは別として、いまとなると僕にだって、それらが優れたアルバムであることはわかる。実際に今回のライブの前には、これらもくりかえし聴いていた。
ただ、終始そんなものばかり聴いていたらば(少なくても僕は)疲れてしまう。時にはシンプルで切れのいいロックンロールや、甘いバラードが聞きたくなる。ローリング・ストーンズとプロディジーを両方とも必要とする、そんな僕のようなリスナーにとっては、そうした両面を節操なく持っているという点で、プライマル・スクリームというバンドは、まさにうってつけのバンドなんじゃないか。そんな風に思えるようになった。
ただそうした節操のない姿勢は、時としてファンの反感を買う。オルタナなダンス・ビートを求めるリスナーにしてみれば、なんでストーンズもどきの音楽を聞かされなければならないんだということになるだろうし、逆にストーンズ風のロックンロールを愛するリスナーにしてみれば、打ち込み多用のダンス・ミュージックなんてクソおもしろくないということになる。結果、プライマルというバンドはUKロックシーンでもっとも信頼できないバンドのように思われてしまっている気がする(特に母国などでは)。
それでもやはり、その音楽スタイルにおける両面性は、僕自身のロックに対する嗜好性にそのまま重なるものだ。だからだろうか。いままで僕は近親憎悪的にプライマル・スクリームというバンドに距離を置いてきた感がある。いくつかの曲には強く惹かれつつ、どこかにこのバンドを素直に受け入れられないでいる部分があった。
けれど今回の新作で再び、てらいなくシンプルなロックンロールを鳴らすボビー・ギレスピーを見て、そしてそのライブをふたたび体験してみて、僕はこのバンドにとても強いシンパシーを感じることになった。
特別この日のライブが最高だったとは思わない。音はもっと厚くハードであって欲しかったし、全体的な演出も淡白だった。けれど、たとえ若干ものたりなさを感じさせる部分があったとしても、ロックに対して素直に向き合ってみせた今回のアルバムとステージでの姿勢は、その素直さゆえに強く僕の心を打った。いいじゃないか、やっぱりこういうのが好きなんだからさと宣言しているようなその潔さに、僕は感銘をうけた。
バンドの佇まいも変わっていた。前回見た時にはマニ加入直後だったためか、ボビーとマニのツートップという印象だったけれど、今回はボビーひとりがフロントマンを務める、普通のスタイルになっていた。編成はドラム、ベースにギター二本──ひとりはプロパーのアンドリュー・イネス、もうひとりはゲスト参加で、UKのニューカマー、リトル・バーリーのギタリストとのこと──、キーボードに黒人女性コーラス二人という組み合わせ。この8人で 『Screamadelica』 以来のベスト・セレクション的なメニューを、オーソドックスに鳴らしてみせていた。打ち込みが目立ったのは 『Swastika Eyes』 くらいだろう。
驚きだったのはアンコールでゲストにウィルコ・ジョンソンが登場したこと。なんでも西麻布にあるロックバーのイベントに、シーナ&ロケットのゲストとして出演するために来日中だったらしい。その店がプライマルのメンバーのお気に入りで、イベント当日はボビーたちも客席にいたそうだから、そこからの流れで今回のゲスト参加が決まったのだろう。異国で顔をあわせた同国人どうし、しかもボビーが大のロックンロール・フリークとくれば、大先輩にご拝謁をねがっても不思議はない。
なんにしろパブロックの重鎮をまじえてのドクター・フィールグッドのカバーあり、二度目のアンコールありと、最後までサービス精神旺盛な、楽しいロック・コンサートだった。二度目のアンコールの最後には、ダムドの 『Neat, Neat, Neat』 をやりかけておきながら、ボビーがそれをイントロだけでやめさせ、替わりに 『City』 を演奏するなんていう、素人っぽい場面もあった。「時間的にこれで最後だからさ、カバーなんかじゃなくて、オリジナルを聴かせてやろうぜ」って感じだったんだろう。
ジョン・レノンの 『Gimme Some Truth』 のカバーもやっていたのだけれど、これはアレンジ(というかビート)が違いすぎて、不覚にもそれとわからなかった。ちなみにこのジョンの曲はシングル 『Country Girl』 のカップリング曲で、新譜の国内盤にもボーナス・トラックとして収録されている(こういう時には輸入盤コレクターであることがアダになる)。ネットで視聴してみた感じだと、ジョンのカバーというよりも、ジェネレーションXというバンド──かのビリー・アイドルが在籍していたバンドらしい──がカバーしたバージョンの孫カバーなんじゃないかという気がした。
それにしても今回のツアーは本国でのそれよりも二ヶ月も先行している上に、この日までに福岡、大阪、名古屋、北海道、仙台と、日本各地を縦断している。日本限定のライブ盤やレア・トラックスもリリースしているし、本当にこの人たちは日本のことが気に入ってくれているみたいだ。まあ、 『Country Girl』 の合唱なんてかなりなものだったし、この日の盛りあがりを見ていると、それもわからなくないかなという気がした。なんにしろ客の乗りもよくて、とても楽しいコンサートだった。
(Sep 24, 2006)