エレファントカシマシ
新春ライブ2016/2016年1月4日(月)/東京国際フォーラム・ホールA

毎年恒例──といっていいのかどうかよくわからないエレカシの新春公演。今年は東京国際フォーラム・ホールAでの2デイズ。その初日を観に行ってきた。
この会場ができてからかれこれ二十年近くになるのに、なぜだかエレカシがここでやるのは、おそらくこれが初めてだ。
東京という生まれ故郷にただならぬこだわりがあるはずの宮本が、なぜゆえにその「東京」を頭につけたこのホールをこれまで避けてきたのか、ほんとのところはわからない。想像するに、全面ガラス張りのその近未来的なデザインが、宮本の懐古趣味的なセンスにあわなくて、毛嫌いされていたんではないかと思う。
かくいう僕もこのホールにはあまり愛着がない(うちの奥さんは好きだそうだ)。なんだか来るたびに階段をたくさん上らされて、やたらと高くて遠いところからステージを見下ろしているような気がして、あまりいいイメージがないのだった。数年前に最後に観た東京事変が残念な席だったせいで、さらに印象が悪くなった感がある。
ところがどっこい。今回はとてもよかった。単純に席がよかった。なんたって一階席の十一列目。いつもは長すぎる階段も、この日は入ってすぐ正面のエスカレーターを一階上がっただけでおしまい。東京国際フォーラム(ホールA)に来て、こんなにすぐに席につけたのって初めてじゃないだろうか。位置的にもステージに向かって、やや左手の真ん中あたりで文句なしだった。
で、今回はこの距離感がとても重要だった。なんたって、新春ライブの恒例でゲスト参加していた、金原千恵子さんのストリングス・チーム(六人編成)がほぼ全員しっかりと視野に入る位置だったから。
さすがに生音をそのまま楽しめるほどの距離ではないけれど、それでもやはり弦楽器は近くで見ると印象が鮮明。金原さんたちの生演奏を間近に感じられたのが、この日のライブのいちばんの収穫だった。
バンドは昨年の豊洲PITのときと同じく、メンバー四人にミッキーと村山☆潤が加わった六人編成。つまり総勢十二人での演奏だった。
アルバム『RAINBOW』のツアーが始まってからわずか二ヶ月たらずということもあって、セットリストはあのツアーのものを踏襲していた。なので、曲目の面では若干新鮮さを欠いた感はあったのだけれど、その分を補うように、この日は演出があれこれ振るっていた。初めての会場だからということもあってか、初めてづくしと言ってもいいようなサービスぶりだった。
まずはオープニングからして違う。
BGMでかかっていたビョークの荘厳なストリングス・ナンバー『Family』──その前はなんと、レディオヘッドの新曲『Spectre』という嬉しい選曲──がフェードアウトするとともに、その流れを汲むようなクラシック・ナンバーのSEでもって、この日のライブは始まったのだった。
おいおい、ミッシェルやバンプならばともかく、エレカシがクラシック?
――と驚くまもなく、それがなんと金原さんの生演奏だという二重のサプライズ! お~、カッコいい!
いや、最初の大音量からすると、もしかしたら最初の入りはテープで、途中からが生演奏だったのかもしれない。そこんところはよくわからない。
いずれにせよ、この日のライブはエレカシのメンバーが登場するよりも先に金原さんチームの生演奏で幕を開けるというドラマチックな始まり方をしたのだった。
さらにエレカシのメンバーが登場してみれば、そこにはさらなるサプライズがあった。
全員が黒のスーツに黒いシャツを着用。おまけに黒ネクタイまで締めている。
えー、エレカシがトータル・コーディネート!? そんなのも当然、史上初だ。
フォーマルな衣装にあわせてか、いつもは殺風景なステージにも、この日はしわのよったラグジュアリーな垂れ幕が五枚ほど飾られていて、なにやら歌謡ショー的な雰囲気が漂っている。ライティングもそれにあわせて凝っている。
オープニングの演出といい、衣装や舞台装置といい、これまでの「音楽以外のことにはいっさいかまわない」といった姿勢から一変。この日のエレカシは、いままでにないショーマンシップにのっとっていた。
セットリストがツアーのものをベースにしていたのは前に書いたとおりで、実際に第一部を中心として、ふたたびアルバム『RAINBOW』の全曲が演奏された(こんなにも早く『昨日よ』や『Under The Sky』を聴くことになろうとは思わなかった)。
とはいっても当然ながら、まったく同じってこともなくて、オープニング・ナンバーは激渋の『脱コミュニケーション』だったし、つづけて新春ライブの定番曲というイメージの『今はここが真ん中さ!』も演奏された(この日までの数日、僕の頭ン中はずっとこの曲だった)。金原チーム参加時の定番ナンバー、『彼女は買い物の帰り道』と『リッスン・トゥ・ザ・ミュージック』が、一部と二部にわけて両方演奏されたのも、ちょっとしたサプライズだった。
あと、ツアーでは序盤で演奏された『RAINBOW』が、この日は第一部のとりへと配置換えされていた。やはりこの怒涛のナンバーはうしろのほうが収まりがいい。もちろん導入部となる『3210』は金原ストリングスによる生演奏~。これで盛り上がらないほうがどうかしている。
もともと『RAINBOW』というアルバム自体が、ストリングスなどの装飾音を大きく取り入れたウェル・メイドな作品だっただけに、それを金原さんたちのサポートを受けて、ライブで全曲再現したこの日の演奏には、ツアーの時とはまたひと味違った──いわばレインボー・ツアーのアップグレード・バージョンとでもいった──味わいがあった。
そうそう、この第一部で忘れちゃいけないのが、新曲群のなかに唐突に差し込まれた『曙光』──。初期エレカシを代表するこの曲の迫力はいまだに格別だった。
いやでも、思い返してみれば、この曲をニュー・シングルとして初めて聴いたときの「なんだこりゃ」感は、ある意味『あなたへ』に近いものがあったんだよな。えらくヘビーかつ古風で。バブル崩壊の時期とはいえ、まだまだ軽薄な空気が漂う世間にあって、この曲の持つ重厚さはあまりに異質だった。こんなの売れるわけないじゃんと思った(実際売れなかった)。そんなナンバーがいまや大きな喝采を受けているのだから、なんとも感慨深いものがある。
【SET LIST】
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『I am Happy』から始まった第二部の序盤では、その前のストリングス満載の分厚いサウンドから一転、バンドだけでのシンプルなロック・サウンドを聴かせた。
その中にあって、ひときわ輝いたのが、アルバム『生活』における名曲中の名曲『偶成』。輝いたって言っても、いわゆる「いぶし銀」ってやつだけれど。
もとより個人的にもっとも愛着のある初期のナンバーながら、この日の演奏では宮本のボーカルの朗々とした響きが出色だった。若いころとは違う、五十に手が届こうとしている今だからこそ歌える『偶成』。これがまたなんとも素晴らしかった。これはぜひとも音源を残して欲しいと思わずにいられない名演だった。この日の僕のクライマックスはこの曲(……と『曙光』とアンコールのもう一曲)。
その後の第二部は、ふたたび金原さんらを交えてのポップ・ナンバーのオンパレード。エレカシのもう一方の側面が出た演奏で、僕にはやや歯ごたえ(もしくは毒)が足りなかったのだけれど、まぁ『偶成』がすばらしかったからよし。
それにこの日のライブでは、そのあとのアンコールにさらなるサプライズが用意されていた(おそらく宮本の唐突な思いつきによる?)。
再登場しての一曲目に『俺たちの明日』を聴かせたあと、宮本がいつもの黒いテレキャスをぎこちなくかまえて、なにやら聞き覚えのあるギターのイントロを弾き始めたのだけれど、不覚にも僕にはそれがなんの曲かわからなかった。
「あれ、このイントロってなんだっけ?」
──と思っていたところへ、張り裂けんばかりの咆哮とともに歌が始まる。それがなんと、『おはようこんにちは』だっ!
え~、そんなのあり!?
宮本がイントロを──いや、ギターを弾く『おはようこんにちは』なんて四半世紀にして初めて見たぞ。そもそも、アンコールでこの曲を聴くのが初めてじゃなかろうか。予想外すぎて、イントロではまったくわかんなかった。しかもこれが、もう最後の最後ってことで、『待つ男』に劣らぬフル・パワーで歌われるんだからたまらない。
いやぁ、すげーもの聴かせていただきました。最高だった。
僕はこの曲ですっかり満足していたので、そこで終わってくれてかまわなかったのだけれど──というか、終わりだと思ったのだけれど──、宮本はそのあとにもう一曲『花男』も歌って、この日のライブを締めてみせた。僕同様、もう終わりだと思ったのか、『おはようこんにちは』が終わったあとで、成ちゃんがベースを置こうとしていたのがおかしかった。
そうそう、演奏を中断するといえば、前半戦の演奏中に、宮本が「もういっちょう!」とかいってイントロをワンフレーズ長く要求したときに、金原さんチームのメンバーがそうしたアドリブに慣れないらしく、ひとりか、ふたり、先に演奏を止めてしまうシーンもあった。プロとはいえ、クラシック畑の人は、さすがにああいうアドリブには慣れてないんだなと思った。それとも透明のパーティションで仕切られた中にいるせいで、演奏中の宮本の声がよく聞こえないんでしょうか?
ミスといえば、『ガストロンジャー』では最後の決めの部分で、トミのドラムがバシッと決まらず、宮本がもう一回、最後だけをやり直すなんて場面もあった(もう一曲、同じようなことがあったような気がするんだけれど、記憶がさだかでない)。
まぁ、そんな風に、ところどころでバンドの息があわない場面も見られたけれど、それでも基本的にはとても充実した素晴らしいコンサートだった。そもそもエレカシの場合、昔からミスも愛嬌のうちという感があるので、そういうところは(親しみを覚えこそすれ)あまり気にならなかったりする。
この翌週にWOWOWで生放送された大阪公演の最終日では、さらに二度のアンコールがあり、『男は行く』なんかも演奏される超サービス・メニューだったけれど、まぁ、僕はこの東京公演が観られただけでもう大満足。いやはや、新年早々いいもん見せてもらいました。サンキュー、エレカシ。今年もよろしく。
(Jan 25, 2016)