2023年のコンサート

Index

  1. ずっと真夜中でいいのに。 @ 国立代々木競技場 第一体育館 (Jan 15, 2023)
  2. 宮本浩次 @ 東京ガーデンシアター (Jan 16, 2023)
  3. BUMP OF CHICKEN @ 有明アリーナ (Feb 11, 2023)
  4. フィービー・ブリジャーズ @ Zepp DiverCity (TOKYO) (Feb 21, 2023)
  5. エレファントカシマシ @ 有明アリーナ (Mar 21, 2023)
  6. ボブ・ディラン @ 東京ガーデンシアター (Apr 16, 2023)
  7. ザ・ストリート・スライダーズ @ 豊洲PIT (Apr 28, 2023)
  8. ずっと真夜中でいいのに。 @ Zepp DiverCity (TOKYO) (May 2, 2023)
  9. ザ・ストリート・スライダーズ @ 日本武道館 (May 3, 2023)

ずっと真夜中でいいのに。

ROAD GAME『テクノプア』~叢雲のつるぎ~/2023年1月15日(日)/国立代々木競技場第一体育館

 『テクノプア』のツアー終了後に年を越して開催された2デイズの特別公演『叢雲{むらくも}のつるぎ』、その二日目。2023年のライブ初めはずとまよだ~。
 いやしかし。今回のライブはセットがすごかった。ずとまよのアリーナ規模のライブはいつでもすごいけれど、ビジュアルのインパクトは過去最大だったと思う。
 だって平屋建てのゲームセンターの屋上に超巨大な剣がぶっ刺さってんだよ? たぶん全長十メートル超え? で、そこに電飾であしらった雷がゴロゴロと落ちてくる。
 まぁ、要するにライブの告知イラストそのまんまなんだけれど、誰がそんなものを実物化しようかって話だ。――ACAねとずとまよスタッフ以外のいったい誰が。
 ゲームセンターの建物とか、電柱とか、曲名が表示されるモニターとか、基本的なセットは『テクノプア』ツアーを踏襲したものだったけれど、そこに巨大なつるぎが刺さって雷が絡みつくビジュアルのインパクトが絶大。これを見ずしてずとまよは語れまいという、ずとまよ史上に残る傑作ステージセットだったと思う。
 で、今回すごいのはセットのみならず。バンドも。
 これまでもツイン・ドラムはけっこうあったけれど――というかいまや定番?――この日はギターとキーボードもツイン(もちろん村☆ジュンとコジローくんもいる)。で、弦楽四重奏にホーンが三人、オープンリール・チームも当然のごとく吉田兄弟にTVドラムの和田永を加えたフルセット。さらには準レギュラーの津軽三味線の小山豊も仲間入り。
 ドラム、ギター、キーボードが二人ずつなのに、ベースだけはひとりなのかと思っていたら、途中のサブステージでのアコースティック・セットでは、メイン・ステージにはいなかった川村竜がウッドベースを弾いていた。
 川村氏は『果羅火羅武~』のときと同じように、今回も開演前にステージのどこかに出てきてアーケイドゲームのプレイ生配信をやっていたから、きょうはまさかゲームのためだけに呼ばれたのかと思っていたら、さすがにそんなことはなかったらしい(蛇足だけれど、ゲームのときは川村竜ではなく、ミートたけし名義らしい。「ビート」ではなく「ミート」)。それにしても余興とサブステージの数曲のために、どこぞで最優秀賞をもらったというベーシストを呼んできちゃうずとまよって……。
 ま、なんにしろ、そんなわけでこの日のすとまよはメイン十九名+サブ一名の総勢二十名という大所帯だった。ただでさえ最強のずとまよナンバーがこの人数で演奏されるんだから、そんなの最高以外のなにものでもない。
 そもそもオープニングが小山氏の三味線のソロから――つづいてドラムの人が鞄をぶらさげて現れ、鞄のなかに詰まった謎の打楽器(なのかな?)で即興演奏を聴かせる――ってあたりが、ずとまよの音楽性の高さを象徴していた。なんてマニアックな。
 さらにはその演奏のあいだに派手な格好をした書道家の先生みたいな人が出てきて、書初めのパフォーマンスを披露する。遠すぎて何を書いたんだかわからなかったけれど、たぶん「叢雲うんたら」なんでしょう。いろいろおもしろすぎる。
 セットリストは『テクノプア』の流れを踏襲しつつ、要所要所で変更されていた。
 そもそもオープニング曲が違う。ツアーのオープニング曲『マイノリティ脈絡』――これまで僕が観たライブでは必ず演奏されていた――がこの日はカットされていて、かわりに一曲目を飾ったのは『サターン』だった。
 建物の屋上にピンク色っぽい巨大なマカロンみたいなものが置いてあったから、あれはなんだろうと思っていたら、その中からACAねが出てくる。でもってギターの弾き語りで歌い出したのが『サターン』。
 あ、あのピンクのやつはもしかして土星か――ってそこで初めて気づきました。

【SET LIST】
  1. サターン (Short Ver.)
  2. MILABO (Short Ver.)
  3. 居眠り遠征隊 (Short Ver.)
  4. お勉強しといてよ
  5. 猫リセット
  6. 勘ぐれい
  7. 秒針を噛む
  8. 勘冴えて悔しいわ (Short Ver.)
  9. 雲丹と栗
  10. ばかじゃないのに (Acoustic)
  11. Dear Mr「F」 (Acoustic)
  12. 夜中のキスミ (Acoustic)
  13. 暗く黒く
  14. 脳裏上のクラッカー
  15. ミラーチューン
  16. 正義
  17. 残機
    [Encore]
  18. 胸の煙
  19. 過眠
  20. 綺羅キラー (feat. Mori Calliope)
  21. あいつら全員同窓会

 『サターン』から『MILABO』『居眠り遠征隊』とつづいた冒頭の三曲はどれも短めだった――気がする。かといってメドレーというほどつなぎがスムーズではなかったので、なんかどれも短縮バージョンでさくっと終わった感じ。
 ツアーとの違いはこのオープニングのメドレーコーナーと、四曲目ではやくも『お勉強しといてよ』がきたこと(惜しみなさ過ぎて残念なくらい)、中盤のしゃもじコーナーが『彷徨い酔い温度』ではなく『雲丹と栗』だったこと、ガチャのコーナーのかわりにサブステージでのアコースティックセットがあったこと。そして本編の締めが『残機』だったこと等々。
 このうち個人的に最大の失敗をしたのがサブステージでのこと。
 サブステージはメインステージの真正面、アリーナの反対側に設営されていて――アリーナのうしろのほうにいた僕はそのときまでその存在に気づかなかった――要するにメインステージに背を向けて観ることになったわけだけれど、驚いたことにこの時にアリーナ後方にいた観客が全員坐ってしまったんだった。
 え? 坐るったって、椅子の背もたれのほうを見てんだぜ? ふつうに座ったら身体を百八十度ひねらなきゃ見れない。そんな不自然な姿勢をして座りますか、普通?
 少なくても僕の選択肢には座るという選択肢はなかった。おそらくずとまよ以外のライブならば坐る観客のほうがレアだと思う――というか、ふつう座らないよね?
 ずとまよのライブって観客の座る・立つのタイミングが僕の感覚とずれているのがなによりの難点で、いつもはまぁ仕方ないかとまわりにあわせて座っていたんだけれど、このときはそのあまりに不自然な状況での同調圧力の強さにイラっときて、つい座らずにそのまま二曲を聴いてしまった。そしたら三曲目が始まる前にうしろの男の子におずおずと背中をつつかれて「坐ってください」としぐさで促されたので、ここでごねるのも大人げないなぁって、素直に座りました。ごめんよ若者。
 でもまじであれはないよ。不自然すぎる。僕は一曲だけで首が痛くなったし、僕の前のカップルはその体勢が我慢できなくなったらしく、僕が座ったあとで椅子を降りてフロアに正座していた。そんなのどう考えたって不自然でしょう?
 ACAねがMCで「なにも強制はしないので好きなように自由に楽しんでください」みたいなことをいっているのに、この無個性な均一性はいったい……。
 まぁ、そんなことがあったせいで、そのあとはうまく気持ちの切り替えができず、もやもやした気分を引きずってしまい、いまいちライブに集中できなくなってしまった。あぁ、若い子たちの同調圧力に流されて素直に座っておけばよかった……。
 この日のライヴはカメラが入っていて、後日配信されることが発表されたので、あんなところでひとり立ってたら下手したらカメラに映っちゃうじゃん!――ってあとから気がついて、二重に後悔しました(目立つの嫌い)。
 でもまぁ、立って観た『正しくなれない』と『Dear Mr「F」』の二曲は、ステージも近かったし、視野を遮るものがひとつもないこともあって絶景だった。空気を読まないせいで、いいもの見れてしまった。
 そのほかでもうひとつ、ささやかながら残念だったのは『勘冴えて悔しいわ』がこの日も短縮バージョンだったこと。冒頭のメドレーではなく、中盤で披露されたから、おぉ、ひさしぶりのフルコーラス!――かと思ったら、この日もやはり二番がはしょられてました。あぁ、なんでさー。
 まぁ、一番のあとブレイクを挟んでブリッジのメロディーに突入するアレンジ自体はとてもカッコいいと思うけれど。たまには本当にフルコーラス聴かせて欲しいです。そういや、キーボードがふたりいるからツイン・ピアノの『低血ボルト』が聴けるかと思ったのに、やってくれなかったのもこの日の残念ポイントのひとつ。
 逆によかったのは、ACAねがステージに刺さっていた剣を抜きとって、稲光が落ちる中でそれを振り回しながら歌った『残機』、アンコールでの『胸の煙』からのまさかの『過眠』(冒頭のサビ省略バージョン)、ゲストのバーチャルYouTuber、Mori Calliopeをフィーチャーした(この日もっとも楽しみにしていた)『綺羅キラー』など。どれもレア感たっぷりの素晴らしいパフォーマンスだった。でも先程の「座ってください事件」のせいでいまいち集中しきれず。ちっくしょー。
 そうそう、『正義』での恒例のシャウトが、この日はフジロックと同じ「ジャスティース!」だったのもこの日のトピック。単にタイトルを英語にして叫んでるだけなのに、なんであんなにコミカルで可愛いんだろう。
 最後は『あいつら全員同窓会』で締め――と思わせておいて、再登場して『サターン』のアウトロのインスト・パートだけ聴かせた演出もよし。『サターン』で始まり、『サターン』で終わる。――これぞまさに大団円。とても気がきいていた。
 あと、規制退場のときに振り返ったら、BGMだと思っていたジャズ・ナンバーが、サブステージの五人バンドによる生演奏だったのにもびっくり。本当に最後の最後まで楽しませてくれる。心底素晴らしいライブだった。
 会場の外では、特製おにぎりを売っていたり、カードゲームで遊べるコーナーがあったり、うにぐりとの撮影会が開かれていたりと、単なる一アーティストのライブとは思えないような文化祭的アミューズメント空間が作り上げられていた。観客を少しでも楽しませようという姿勢の徹底ぶりがほんと素晴らしい。
 ここまできたら、次はもうドームでもいけちゃうんじゃないだろうか。アリーナでこれほどな人たちがドームを舞台にしたらどんなすさまじいことになってしまうのか、いまいち想像がつかないけれど。
 いまの個人的なささやかな願いは、ずとまよの観客にもっと普通の音楽ファンが増えて、僕のストレスにならないタイミングで立ってくれること――なんて、そういうつまらないことをつべこべ考えずに心から楽しめるよう、願わくばオールスタンディングの会場で観たい。もしも願いが叶うなら、いまいちばんの願いはそれかも。
(Jan. 23, 2023)

宮本浩次

ロマンスの夜/2023年1月16日(月)/東京ガーデンシアター

秋の日に (初回限定盤)(3枚組)

 代々木でずとまよを観た翌日は有明での宮本のソロライブだった。
 長いことコンサートに足を運んでいるけれど、フェスでもないのに二日つづけて違うアーティストのライブを観るのって、もしかして初めてじゃない?――と思って確認したら、さすがにそんなことはなかった。
 初めて武道館でサザンを観た日から数えて、もうそろそろ四十年。それだけ長いこと音楽ファンをしていると、コンサートが二日つづくこともたまにはある。直近だと2019年のザ・フラテリスとポール・マッカートニーがそう――って、つい最近じゃん! 忘れてんじゃないよ、俺。
 本当に記憶力があやしくていけません。
 さて、いきなり話が脱線してしまったけれど、今回のお題はエレカシ宮本の単独ソロライブ。それも歌うのはカバー曲という。題して『ロマンスの夜』。
 なんかもう、まじめにやってんだか、笑わせようとしているのか、よくわからない。
 いや、そういうところでふざけたりはしそうにないから、多分まじめにやっているんだろうけれど、なにごとにもシニカルな往年のロックファンからすると、どうにも苦笑を禁じ得ない。実際にエレカシこそ至高ってファンの中には今回のライヴをあえて見送った人もいると聞く。
 かくいう僕も宮本の歌う歌謡曲にはそれほど興味がないので、いまいち気乗りがしなかった――かというと、意外とそうでもない。いつもとは違う、ささやかなわくわく感があった。
 なんたって今回に関してはカバー曲だけしかやらないってあらかじめ断ってあったこと――これがもうすべてだった。
 三十年以上の長きに渡って愛聴してきたエレカシや最近のソロの曲と比べてしまうと、どうしたって歌謡曲は見劣り(聴き劣り?)がするので、それらをごちゃまぜにされると、どうせならオリジナルをたくさん聴かせてよって思わずにはいられないのだけれど、この日はカバー曲しかやらないってイベントだ。最初からエレカシとソロの曲は排除されている。
 ならば、ないものねだりはやめて、歌手・宮本浩次のその歌声の魅力をおもいきり堪能しよう――そんな気になる。なんたって生で聴けるのはこれが最初で最後の曲だって、少なからずあるんだろうし。エピック時代からこの人の歌を聴きつづけている俺が、こんなレアなコンサート観なくてどうする。
 最初からそういう切り替えができていたので、目の前で繰り広げられる宮本浩次オンステージの歌謡ショーを思う存分楽しむことができた。
 まぁ、チケットが取れなかったら取れなかったで後悔はしなかったかもしれないけれど、終わったいまとなると、生で観られて幸運だったなって思う。席も一階の真ん中より前で、なかなかよい席だったし。わがチケット運いまだ衰えず。
 いやぁしかし、ほんと思った以上におもしろかった。
 なんたって主役はあの宮本ですもん。
 腐っても鯛――とかいったら失礼だけれど、なにを歌ったって宮本は宮本。生で聴く彼の歌のすごさは人の曲を歌っても変わらない。
 この日のライブは生配信されていたけれど、テレビで観るのと生で聴くのではきっと雲泥の差んだろうなって。もしもチケットが取れずに配信で観ていたら、僕はこの日のライブをこの半分も楽しめていないんだろうなと思った。
 まぁ、好きでもない曲でどれだけ盛り上がれるかというと、そこはおのずから限界はあるけれど、それでも歌われるのは僕らの世代ならば誰もが知っているヒット曲ばかりだ(僕が知らなかった曲は平山みきの『愛の戯れ』だけ)。とうぜん曲自体はメロディアスでいい曲ばかり。それを宮本があの歌声で朗々と聴かせるんだから、そこにはいつものライヴとは違った気持ちよさがあった。
 あと、今回うちの奥さんが「宮本くんが歌う歌詞に出てくる女の人が好きになれない」というのを聞いて初めて気がついたけれど、僕は興味のない曲の歌詞って、ぜんぜん頭に入ってこない人間らしい。
 うちの奥さんは歌のなかの女性たちの行為――偶然をよそおって好きな人をまちぶせしたり、もらったボタンをすぐに捨てたり――にまったく共感できなくて、聴いていていまいち気持ちがよくないんだそうだけれど、僕はそういう歌詞が右の耳から左の耳へ抜けているみたいで、ぜんぜん気にも留めてなかった。へー、『まちぶせ』って本当にまちぶせする歌なんだって、いまさら思ったりするやつ。
 長いこと意味のわからない英語の曲ばかり聴いてきたせいで、日本語の歌も興味がないとさらっと聴き流してしまうのが習慣になっているのかもしれない。
 おかげで歌本来の魅力を十分に味わえてないのではという気もするけれど、まぁそこはそれ。もともと歌謡曲の持つウェットなドラマ性になじめないからこそロックを聴いてきたのであって、いまさら宮本が歌ったからというだけで、そういう歌謡曲の世界観に涙したりしたらそのほうが怖い。
 僕みたいな有り難くないファンがいる一方で、そういう歌謡曲を歌う宮本を愛してやまない中高年の女性ファンもたくさんいて――というか、どうみても今回はそういう方々こそが大多数だったから、会場の東京ガーデンシアターはいつもとは違う特別な一夜を過ごせる喜びに満たされて、とてもうきうきと楽しそうな雰囲気だった。
 この日のチケットは一万二千円と、エレカシ関係ではおそらく過去最高額だったので(巨大セットと総勢二十人越えバンドがすごかった前日ライブの1.5倍!)、もしかしてビッグバンドを配したゴージャスな歌謡ショーでも見せてくれるのかと期待していたのに、いざ始まってみれば、バンドは縦横無尽のときと同じ五人組だった。あとで聞けば、あらかじめ発表されていたらしい。あらら。
 ベーシストだけはなぜかキタダマキではなく、須藤優という人に替わっていたから、演奏のニュアンスは若干変わっていた――気がしたけれど、それでも基本的なところは同じ。小林武史のウェルメイドなアレンジがステージでも見事に再現されていた。

【SET LIST】
  1. ジョニィへの伝言
  2. 春なのに
  3. まちぶせ
  4. First Love
  5. 赤いスイートピー
  6. SEPTEMBER
  7. 白いパラソル
  8. 化粧
  9. あばよ
  10. 喝采
  11. 二人でお酒を
  12. 翳りゆく部屋
  13. 愛の戯れ
  14. 異邦人
  15. ロマンス
  16. DESIRE -情熱-
  17. 飾りじゃないのよ涙は
    [Encore 1]
  18. あなた
  19. 恋におちて -Fall in love-
  20. 恋人がサンタクロース
  21. 木綿のハンカチーフ
    [Encore 2]
  22. 冬の花
  23. カサブランカ・ダンディ

 オープニングはゴトン、ゴトンという電車の走る音をバックに、車窓を流れる灯が映し出される『木綿のハンカチーフ』のモチーフを再現したらしき演出から。電車が到着するところを音だけで表現したあと、こつこつという靴音が鳴り響き、誰かがステージへと向かってくる。
 その足音にあわせて宮本が颯爽と登場――するのかと思ったら、しなかった。
 足音が途切れたあと、ひと呼吸おいてバンドのメンバーがぞろぞろと登場。なんかいまいち格好がつかないけれど、それもまた宮本らしい。
 で、最後に宮本が出てきて一曲目は『ジョニィへの伝言』。
 ――って、『木綿のハンカチーフ』じゃないんかい!
 ステージ左手には背の高いフランス窓のついた洋室の壁が配されていて、その窓を通して斜めに光が差し込むというのがライブ前半の演出のキーになっていた。
 序盤でよかったのは、アルバムと同じように宮本の弾き語りで始まる宇多田ヒカルの『First Love』。全体的な音が安定感抜群なので、そのなかで宮本のあのぎこちないギターを聴くとなんかすごくほっとする。
 でもって、そのへたうまなギターに途中から小林さんのキーボードなどが加わって、しっかりとまとまった演奏になってゆくところがとても新鮮だった。アンコールで演奏された同じパターンの『恋に落ちて』とともに、今回のお気に入り。そういやソロで椅子に座ってギターを弾く宮本を観たのはこれが初めてだ。
 その曲までマイナー調やゆっくりした曲ばかりがつづいたので、そのあとの『SEPTEMBER』とその次の『白いパラソル』の弾けるようなポップな感じが、すごく解放感があってよかった。この日のライブから一曲だけフェイバリットを選ぶとしたら『SEPTEMBER』だなって思った。
 いやでも、そのあとの『化粧』もよかった。この曲はいつもよい。個人的に宮本のカバー曲の中ではいちばん好き。
 中島みゆきのオリジナルは七十年代のニューミュージックだから、いま聴いたらきっと音響面でものたりなく思うんだろうけれど(とはいっても最後に聴いたのはおそらく四十年以上昔だから確かなことはいえない)、宮本のバージョンはその当時を思わせる骨太な七十年代風ロック・バラードに仕上がっているところがすごく好き。
 あと、この曲は宮本がニュートラルなキーで歌えているのも好印象の一因だと思う。女性の曲ばかりだから、曲によってはキーがあわずにファルセットを使って苦しそうに歌っている曲もあるので、自然な発声で歌ってくれたほうが単純に気持ちいい。
 とはいえ、ファルセットもずいぶんと使いこなすの上手くなったなぁって、この日のステージでは思った。難聴での活動休止期間をへてファルセットを使うようになった宮本だけれど、正直いまいちこなれていない感じがして、これまであまりいい印象を持っていなかったんだけれど、今回はすごくきれいに声が出ていた気がした。五十を過ぎてちゃんと進歩しているってすげーなって思いました。
 前半はそのあともう一曲つづけて中島みゆきのナンバー『あばよ』を歌って終了。そういや二曲目に演奏された『春なのに』も中島みゆきの曲なんすね。中島みゆきを三曲も歌っているというのが意外だった(まぁ、ユーミンは四曲だそうだけれど)。
 そのあと赤いカーテン(緞帳?)が降りて――となれば予想にたがわず――次の『喝采』が演奏されるまでに、しばらくインターバルがあった。
 お色直しにしちゃずいぶんと時間がかかったから、どんなすごい衣装で出てくるのかと思ったら、たいしてかわり映えしない衣装で拍子抜け。後半はフランス窓のセットが撤去されてステージ背後にライトのやぐらが組まれていたから、単にステージの模様替えに時間がかかっただけなのかもしれない。まぁ、それにしちゃ長かった。
 後半で最初に「お~」思ったのはソロではなくエレカシでカバーしたユーミンの『陰りゆく部屋』が披露されたこと。ソロ・コンサートでエレカシでの持ち歌が演奏されるのは予想外だったから、驚いたファンも多いと思う。
 その次のサプライズは『ロマンス』でそれまで座ったままだった人たちが、示し合わせたようにいきなり立ったこと(この日はここまで座りっぱなしだった)。いわばこの夜のコンサートのタイトル曲だから、ここは立ってしかるべきと思ったんでしょうか。「あなたお願いよ~、席を立たないで~」という歌詞にあわせて立ったといって、うちの奥さんにうけてました。
 もうひとつ僕が驚いたのが次の『DESIRE』で、「ゲラッ、ゲラッ、ゲラッ、ゲラッ、バーニン・ラ~ヴ」というサビ始まりのフレーズが、アタック音の効いたバンドの演奏とあいまって、爆発的にカッコよかった。中森明菜の曲でこんなにロックを感じるとは思わなかった。これぞ宮本の真骨頂って感じでした。
 本編はそのあとつづけて中森明菜の『飾りじゃないのよ涙は』をやって終了。この辺になるともうエンジンも温まりまくりで、宮本もノリノリだった。
 この曲ですごかったのが女性ダンサーの存在。MVのイメージを踏襲した白シャツに黒スーツの女性ふたりが、宮本の左右できれっきれのダンスを披露していた。見知らぬ女性をはべらせてのパフォーマンスなんて、エレカシじゃ絶対に見られない。いやはや、貴重なものを見せていただきました。
 そのあとのアンコールでのクライマックスはもちろん『恋人はサンタクロース』での歌詞忘れ事件のほかにない。
 これまでソロではバックがしっかりしているから、演奏をミスってやり直すエレカシではおなじみの風景がなかったのに、この曲では冒頭の一フレーズを歌ったあとで宮本が歌詞を忘れたといって、演奏を止めるハプニング。でもって再開しようとするバンドを止めて、「ごめん、思い出せない」と。
 そのあとで自然発生的にお客さんたちの歌声が巻き起こったのが、僕にとってのこの夜いちばんの名場面だった。コロナ禍ではあり得なかったアットホームな雰囲気が最高だった。でもって、その歌を聴いた宮本のリアクションが「みなさんバラバラです」というのも爆笑もんでした。
 結局宮本は「歌詞見ちゃおうかな~」とかいって舞台袖にひっこんで、歌詞カードらしき紙の束を手に戻ってきた。でもって歌い始めてみたものの、結局ちゃんと歌えずにごにょごにょいって失敗するというていたらく(さすがに二度目のやり直しはなし)。そこまでのやりとりがおかしすぎて、肝心の歌自体の印象がまったく残ってません。あしからず。
 ちなみに宮本は歌詞を忘れたけれど、僕はこの曲の存在自体を忘れていたので、この時点でやり残した曲は『木綿のハンカチーフ』だけだと思っていた。あ、この曲もあったんだって、ちょっと意表を突かれた。季節外れだからか、見事に忘れてました。そういう意味では、去年観れていたらもっと盛り上がったのかも(この日は宮本が体調を崩して延期になった去年の公演の振替だったので)。
 ということで、『ロマンスの夜』のアンコールの最後を飾ったのは『木綿のハンカチーフ』。冒頭でみせた電車の演出が演奏の前にもう一度繰り返されて、あー、あれは最初と最後をこうやってつなげるための演出だったのかと納得がいった。
 この曲でおもしろかったのが、前半は小林さんのキーボードと打ち込みだけの演奏で、後半から玉田豊夢のドラムだけが入ってくるアレンジ。ギターの名越さんとベースの須藤くんは演奏が始まる前に引っ込んでしまっていた。この曲ってこういうアレンジだったのかと目から鱗でした。
 ――というようなことをですね。前回の感想でも書いてました、俺。ほんと記憶力がねぇ……。
 以上、アルバム『ROMANCE』と『秋の日に』の十八曲に加え、『縦横無尽』収録の『春なのに』(このアルバムに入っているのを忘れていた)、松本隆トリビュート盤に提供した『SEPTEMBER』、エレカシでカバーした『陰りゆく部屋』の三曲を加えた、全二十一曲。
 これまでに宮本がレコーディングしてきた他人の曲をすべて網羅した、まさに宮本浩次カバー・コンサートの完全版と呼ぶにふさわしい『ロマンスの夜』でした。
 ――って、もちろんそこで終わるはずがない。
 注目の二度目のアンコールで演奏されたのは、ソロ活動のデビュー曲『冬の花』。
 宮本自身の楽曲の中でももっとも歌謡曲色の強いこの曲は、まさにこの日のとりを飾るのにふさわしかった。ワンコーラス歌うごとに間奏で拍手が巻き起こるのも、これぞまさに歌謡ショーって感じで僕は好きでした。
 その曲で終わっても誰も文句はいわなかったと思うんだけれど、宮本はそのあとにとっておきのサプライズを用意していた。
 ということで、この夜の大とりを飾ったのは、本ツアー初披露の沢田研二のカバー『カサブランカ・ダンディ』!!
 あえて女性の歌ばかりを歌ってきた宮本が、この夜の最後を、僕らの少年時代の歌謡界ナンバーワン・ヒーローの曲で締めてみせたのが最高だった。
 沢田研二の歌を歌う宮本は、女性たちの曲をカバーしているときとは打って変わって、これまでになくやんちゃそうに見えた。
 ということで、以上をもってして『ロマンスの夜』は全編終了~。最後に「もう一曲聴きたいですか」みたいに観客を煽っておきながら、「練習してないんで、できません」と笑いを誘って宮本は去っていった。
 そういや、縦横無尽ツアーのバンド・メンバー三人とはハグしたのに、ベースの須藤くんとは握手だけってあたりも宮本らしかった。
 でもあそこは全員ハグがいいと思うよ。
(Jan. 29, 2023)

【追記】WOWOWで翌月に放送されたこの日のライブを観たら、僕の印象と違うところがけっこうあった。最初は足音→ジョニィ→ガタンゴトン→春なのにという順番だったし(そうだったっけ?)、ライヴ終了後の退場の間際に、僕が気づかなかったところで、須藤くんともハグしてました。めでたし、めでたし。

BUMP OF CHICKEN

BUMP OF CHICKEN TOUR 2023 be there/2023年2月11日(土)/有明アリーナ

 三年半ぶりにBUMP OF CHICKENを観た。
 『be there』と題された新しく始まったばかりのツアーの初日。
 しかもこの日は彼らが自分たちのバンドの誕生日だという2月11日。
 会場は個人的には初めての有明アリーナ。席はなんとアリーナの前から四列目で、花道左の柵のとなりだった。
 つまり最高のシチュエーションでの最高の特等席――いまどきの言葉でいえば神席――のはずが――。
 この日のライブでは、このいい席がまさかの{あだ}となった。
 いや、ライヴが始まった時点では、こんないい席に失望する要素があるなんて、想像もできなかった。なんていい席なんだって、自分たちのチケット運にただ感心するばかりだった。
 だって、最初に登場した升くんがいきなり俺たちの横の花道を通り過ぎるんだよ?
 その距離わずか二、三メートルとかしか離れてない。
 つづいて増川くん、チャマ――どっちが先だったかは忘れた――そして藤原くんと、メンバーが順番に僕らの至近距離を通り過ぎてゆく。
 ――そう、通り過ぎて。
 花道の先にあるサブステージへ。
 そして一曲目の『アカシア』が始まる。
 BUMPのメンバー全員が僕らに背を向けた状態で。
 ということで、いきなり僕らはステージを背にして――スピーカーから出る音を背中に受けて、モニターも見えない状態で――『アカシア』『グングニル』『天体観測』とつづいたオープニングの三曲を聴くことになった。
 BUMP側からすると、広いアリーナのど真ん中に配置されたサブステージはオーディエンスとの距離的にいちばん平等な場所だから、そこからライヴをスタートさせるのがいいって考えだったんだろう。うん、このバンドらしいなって思う。
 でも、おかげでそのサブステージよりも前にいた僕らは、最初の三曲を――そしてハーフタイムのアコースティックセットの『66号線』と『ベル』を――さらにはアンコールのとりを飾る『ガラスのブルース』までもを――藤原くんたちの背中を眺めながら聴くことになってしまった。
 正直なところ、がっかりだよ……。
 そう、前回BUMPを観た直後のU2の来日公演と同じ失望感があった。あの時も同じようにサブステージからスタートしたもんで、始まってから数曲のあいだボノたちがまったく見えなかったんだよなぁ……。今回はスピーカーに背を向けてしまっているせいで音的にもいまいちだったし。最初からこういう演出はちょっと勘弁してほしい。
 まぁ、サブステージでの演奏が多かったってことは、そのぶん僕らの近くを通り過ぎる回数が多かったってことで、これがアイドルのファンとかだったら「きゃ~、藤くんがこんなに近くに~」とか、「チャマと増川くんが私のとなりを談笑しながら通り過ぎた~!」とか興奮して、それだけでプラマイゼロどころか、お釣りがくるってことになったのかもしれないけれど、なんたってこちとらあと四年で還暦って年ですからね。さすがにそうはいかない。
 だって『グングニル』とか聴かせてもらうの初めてなんだよ? ちゃんとメンバーの顔を観ながら聴きたいじゃん! そりゃ、藤原くんが僕らの前で立ち止まって『新世界』のワンフレーズを歌ってくれたのには、さすがにぐっときたけどさ。それにしてもなぁ……。
 まぁ、失望させられたのはサブステージでの六曲だけで(それって全体の四分の一以上なんだけれど)それ以外はさすがに満足度は高かった。

【SET LIST】
  1. アカシア
  2. グングニル
  3. 天体観測
  4. なないろ
  5. 才悩人応援歌
  6. クロノスタシス
  7. Flare
  8. 66号線
  9. ベル
  10. 新世界
  11. SOUVENIR
  12. Gravity
  13. スノースマイル
  14. サザンクロス
  15. GO
  16. ray
  17. fire sign
    [Encore]
  18. ホリデイ
  19. ガラスのブルース
  20. BUMP OF CHICKENのテーマ

 三年ちょい前の東京ドームでは、そのド派手な演出に度肝を抜かれたものだから、今回も当然演出はものすごいものだと思っていたら、予想外に地味というか、すっかり恒例の光るアームバンド、PIXMOBこそ配布されたけれど、ステージの背景はライティングのやぐらだけで、大がかりな映像演出はほぼなかった。
 演出はできるかぎり控えめにして、その分バンドとしての演奏にフォーカスしていたというか、BUMP OF CHICKENというバンドの素の姿を見てもらおうとしている感じだった。それゆえにステージが近かったこの日の席が恵まれていたのは間違いなし。
 BUMPって四人きりでやることにこだわっていて、四人で出せない音はすべて同期モノに頼っているせいで、時として生演奏の印象が薄いことがあるんだけれど、この日のライブはこれまでに観たBUMPのライブのうちで、もっともロックバンドとしてヴィヴィッドだった。それもこれも至近距離で彼らが演奏する姿を観られたがゆえ。それは間違いなし。やはりメンバーがギターを弾く指の運びが確認できる距離だと、演奏のリアリティがはんぱない。
 近いからこそ藤原くんの服装――ストーン・ローゼズのレモンの白Tを黒いスラックスにウエストインして、ローファーを履いていた――もわかったし、チャマがAKIRAの格好いいトレーナーを着ていたのもわかった。そういうところは神席ならでは。
 ――とはいっても、いちばん近くにいたチャマはすぐに左手の袖へ移動してこちらの視野から消えちゃうし、この日は藤原くんもギターをぶらさげたまま、ハンドマイクで歌いながらあちこちへ移動することが多かったので、メンバーがちりぢりになって、どこを見たらいいのか悩ましいってことが何度もあった。それは近すぎるゆえのデメリットだった。
 アンコールの『ガラスのブルース』なんて、升くんひとりをステージに残して、あとの三人がサブステージに移動して、エンディングまでそのままだったし。いちばん近くにいてこっちを見ている升くんに背を向けて、サブステージのメンバーの背中を眺めている俺たちってちょっと間違ってない?――って思ってしまった。
 そんな風にどうやって観るかを何度も悩まされた分、やっぱ今回は席のよさが仇になることのほうが多かった気がする。
 なんか愚痴ばっかになってしまいました。いけません。もうこっから先はいいことしか書かない。
 今回のライヴのポイントは、そんな風に僕を悩ませたサブステージ重視の演出に加え、コロナ禍のあと初の声出し解禁のライブだったこと。セットリストのはしばしに観客の参加を前提にしていることが感じられたし、本編のラストが定番の合唱パートのある『fire sign』だったのが(そして翌日は『supernova』だったのが)なによりそのことを象徴していた。
 ――というか、声出しOKだったからこそ、ひとりでも多くの観客の近くで一緒に歌いたいって思ったからこそのサブステージ重視だったんだろう。
 セットリストでは『才悩人応援歌』とか『ホリデイ』とか、藤原くんならではのシニカルでユーモラスな(それゆえに絶対に代表曲とは呼べない)曲が聴けたのも嬉しかったけれど、この日のライブの個人的なクライマックスは、そんなサブステージでの最後の曲――本来ならばアンコールのラストナンバーだったはずの――『ガラスのブルース』を演奏したあとの一曲。
 ほかのメンバーがステージを去ったあと、ひとり残ってMCをしていた藤原くんは、そのまま立ち去りかねて、ついにはエレクトリック・ギターを手に取り、弾き語りを始める。「冬が寒くて本当によかった……って、これはもう歌ったか」と笑いをとったあと、バンドのアニバーサリーだからこそのサプライズを届けてくれた。
 その曲というのが『BUMP OF CHICKENのテーマ』。
 エレクトリック・ギターをかき鳴らしながら「へなちょこバンドのライブにいこう~」と歌い始めた彼に、あとのメンバーもステージに戻ってきて仲間に加わり、途中からバンドの演奏になる。これがなんかもう最高だった。
 この曲がBUMPのベストナンバーだと思う人はこの世にひとりもいないと思うけれど、僕らの席的には、その瞬間こそがこの夜のBUMPの真骨頂だった。一ロックバンドとしてのBUMP OF CHICKENをこれほど身近に感じたことはなかった気がする。
 もうひとつ、ぐっときたのがその歌の直前のMC。
 ツアー初日というシチュエーションゆえにこれからの意気込みを語った藤原くんは「ベタだけどさ」と断ったあと、しばし間をおいて叫んだ。
 「いってきます!」
 最高だなぁって思った。
(Feb. 24, 2023)

フィービー・ブリジャーズ

2023年2月21日(火)/REUNION TOUR/Zepp DiverCity (TOKYO)

PUNISHER (JAPAN TOUR EDITION)

 すごくひさしぶりに洋楽アーティストの単独ライブを観た。いまやすっかりUSインディーズシーンきっての人気者って感のあるフィービー・ブリジャーズの二度目の来日公演。
 フェス以外で洋楽のライブを観るのもひさしぶりだけれど、オールスタンディングもぼっちでの参加もほんとひさしぶり。調べたら以上の三拍子が揃うのは2019年3月のコートニー・バーネット以来だった。じつにほぼ四年ぶり。
 海外アーティストの来日公演もぼつぼつ復活しているけれど、いまだ日本はCOVID-19の影響下にあって、観るんならばマスクしろとうるさいし――ビリー・アイリッシュのライヴでオーディエンスが大合唱する映像を見たり、イギリスでチャールズ国王が一般人と握手をしているニュース映像を見ると、なんで日本はこんなにマスク、マスクとうるさいんだろうと不思議でしかたない――そんなこんなに嫌気がさして、直近のシャーラタンズも、ピクシーズも、ペイヴメントもスルーしてきた僕が、今回このライヴだけは観とかなきゃと思ったのは、ひとえに彼女のライヴをこれまで一度も観たことがなかったから。
 ここ数年の海外アーティストのうちでは個人的にもっとも再生回数が多いアーティストのひとりだし、となるとやはり一度くらいはライブを観ておきたいって気になる。2019年の初来日公演を悩んだあげくにスルーしてしまったのも少なからず後悔しているし、女性アーティストの場合、出産を機にシーンから姿を消してしまうこともあるので、やはり観られるうちに一度くらいは観ておかなきゃって思った。
 ということでいってまいりました、フィービー・ブリジャーズの来日公演。新型コロナで延期になってしまったセカンド・アルバム『Punisher』のお披露目ツアー。なぜだか「再結成ツアー」と名付けられたワールドツアー――コロナで一度解散したバンドを再び呼び集めたという意味?――の、なんとこの日が最終日。会場は個人的にこれがまだ三度目のZepp DiverCity (TOKYO)。

【SET LIST】
  1. Motion Sickness
  2. Garden Song
  3. Kyoto
  4. Punisher
  5. Halloween
  6. Smoke Signals
  7. Funeral
  8. Chinese Satellite
  9. Moon Song
  10. Scott Street
  11. Savior Complex
  12. ICU
  13. Graceland Too
  14. I Know the End
  15. Emily I'm Sorry

 『Punisher』のジャケットでは骸骨のコスチュームを着たりして、ビジュアルの趣味がへんてこりんな人だけれど、この日のオープニングも振るっていた。
 いきなり「PHOEBE BRIDGERS」という名前をヘビメタ風にデザインしたロゴがどーんと出たと思ったら、そのロゴをメラメラと炎が取り囲み、謎のメタル・ナンバーが流れ出す。setlist.fm の情報が正しいならば、ディスターブドというバンドの『Down with the Sickness』という曲らしい。
 これはヘビメタのコンサートですか?――という失笑まじりの歓声をあびつつメンバーが登場~。ロゴが消えて星空が広がる背景とともに披露された一曲目は『Motion Sickness』(タイトルが「乗り物酔い」の意味だって最近知りました)。もちろんここから先はヘビメタ要素はゼロ。
 導入部こそファースト・アルバムの曲だったけれど、二曲目からが今回のツアーの本編。
 まずはアルバム『Punisher』のブックレットの表紙を本にみたてた映像が映し出され、その本が開くと、飛び出す絵本のように、それぞれの楽曲のイメージにあわせた映像が出してくるという趣向。
 あぁ、そういやこういうの、去年のコーチェラかなにかのYouTube配信で観たっけねって。そこでようやく今回のツアーがそのフェスの頃からつづいてきたワールドツアーの一環だってことに気がついた。
 ということで、飛び出す絵本の演出とともに『Garden Song』、『Kyoto』、『Punisher』と、セカンド・アルバムの曲が収録順に披露されてゆく。
 これはもしやアルバムを全曲順番にやっておしまい?――と思ったら、そのあとに『Smoke Signal』が割り込んできて、単なるアルバム再現ライヴではないことがわかって、まずは一安心。
 今回のライブはセカンド・アルバムのラスト・ナンバー『I Know the End』をやったら終わりというのが確実なので、曲順通りに全曲やるとなると、ライヴ本編はわずか一時間足らずってことになってしまう。さすがにそんなに早く終わられちゃあ困る。
 ――まぁ、とはいっても、実際にはファースト・アルバムの曲はわずか四曲しか披露されず、ライヴは一時間半くらいで終わってしまったのだけれど。まさかデビュー曲の『Killer』を聴かせてもらえないとは……。
 おもしろかったのは、飛び出す絵本の演出はあくまでセカンドの収録曲限定で、ファーストの曲の演出は別の映像だったこと(『Smoke Signal』では海辺に狼煙があがる映像で、曲のテーマをそのまま再現してみせたり)。なので彼女の音楽の聴き込みが決して深くない僕のような人間でも、演出の違いでどちらのアルバムの収録曲かわかるという親切設計だった。
 ステージには一段高いひな壇が用意されていたけれど、フィービーがそこに乗ったのはオープニングとエンディングくらいだったと思う。あまり自己顕示欲は強くないようで、バンドメンバーの一員的なふるまいに終始していた印象だった。
 バンドはドラム、ベース、ギターの三点セットにキーボード、そしてトランペットという編成(たぶん)。トランペットの人はほかの楽器も演奏していたようだし、メンバーもしかしたらほかにもいたのかもしれないけれど、オールスタンディングで視野があまり広くなかったので、細かいところはよくわからなかった。
 フィービー以外のバンドメンバーは全員、お馴染みの骸骨のコスチューム姿で、フィービーはどこぞでも着ていた、骨をイメージしたラメのジャケット姿だった――と思う。こちらも遠くてよくわからなかった。途中でジャケットを脱いで、ちょっぴりセクシーなあばら骨イメージのベスト姿になったときにはどよめきがあがってました。
 音作りは思ったよりもラウドで厚めだった。フィービー・ブリジャーズの柔らかな歌声にはもっと繊細な音のほうがあうと思うのだけれど、まぁ、オーガニックな感触だったファーストと比べると『Punisher』というアルバムの音響は人工的なので、それをライヴで再現すると当然こうなるってことなんだろう。
 おそらく前回の来日公演はもっとアコースティックだったんだろうし、聴きたいと思っていた『Killer』が演奏されなかったこともあり、やっぱ初来日公演を観なかったのは失敗だったなぁって、あらためて思ってしまった。
 まぁ、そんな風にいくらか残念に思うところもあったけれど、でもライヴが悪かったという話ではないです。基本的にはとてもいいコンサートだった。ただ、アコースティックな音作りの曲ももっと聴きたいなぁって思ったという話。
 そういう意味では、なぜだか一公演だけ限定でアコースティック・セットだった京都でのライヴはすごく貴重だった気がする(観た人がちょっと羨ましい)。でもセットリストは基本的に同じような感じだったし、じゃあ、どちらか片方だけ観るとしたらどっちと問われたら、僕は間違いなく普通のバンドセットを選んでしまうのだけれど。
 バンドの音でもっとも印象的だったのは、トランペットの気持ちよさ。黒人音楽のファンキーなやつとは違う、バンドのアンサンブルに一要素として加わり、ほかでは出せない{いろどり}を加える、含みのあるトランペットの音色がとても新鮮でよかった。管楽器ってこういう使い方もできるんだって、あらたな発見があった。自分のバンドにもトランペットを加えたくなった(バンドやってないけど)。
 バンドのメンバーといえば、この日はドラムの人の誕生日――の前日(二十二歳とかなんとか。まじか?)――だったそうで、終盤の『Graceland Too』の前には、彼のために観客と一緒に『ハッピーバースデー』を歌うというサプライズがあった。つづくその曲で彼はドラムではなくアコギを弾いていた。
 あと、この日がツアーの最終日ということで、フィービーがバンドメンバーを含めたツアースタッフ全員の名前を読み上げて、感謝を伝えるというシーンもあった。
 ラストナンバーの『I Know the End』では、恒例のクライマックスでの絶叫がものすごかった。フィービーのシャウトに観客も加わった大絶叫が圧巻。あんな強烈な音圧のシャウトは初めて聴いた。いやはや、びっくりでした。
 その曲のアウトロでフィービーはステージを降りて、最前列のお客さんのところへサービスにいってしまって、結局最後まで戻ってこず。あの曲のドラマチックなエンディングを主役抜きで迎えるという、やや残念な結末に……。
 ようやくステージに戻ったフィービーは、そのままアコギを手に取ると、三月末にリリースされるボーイジーニアスの新譜から、自身が手掛けた新曲『Emily I'm Sorry』を弾き語りで聴かせてくれた。
 本来ならばその曲がアンコールのはずだったんだろうけれど、フィービーがステージに残ってそのままこの曲を演奏してしまったので、この日はアンコールなし。彼女がステージを去るとすぐに場内の照明がついて、BGMが流れ出した。
 内容的にはとてもよかったけれど、ボリューム的にはやっぱもの足りないかなぁと。このところ二時間越えがあたりまえの邦楽のライヴばかり観てきたので、そこはやはり残念。もっとファーストの曲も聴きたかった。再来日希望。
(Mar. 05, 2023)

エレファントカシマシ

35th ANNIVERSARY TOUR 2023 YES. I. DO/2023年3月21日(火)/有明アリーナ

yes. I. do (初回限定野音盤)(Blu-Ray付)

 デビュー記念日に行われたエレカシ三十五周年アリーナツアーの東京公演三日目。
 先月のBUMPにつづいて二ヵ月連続での有明アリーナだったけれど、驚いたことに今回も席は花道すぐ横の柵沿い、先月の席を二十列分まうしろにスライドした位置だった。今回はちょうど花道突端のカドっこの横。なので、何度となく宮本がやってきては、僕らの目の前で仁王立ちになる。同じ会場で二回もこんなにいい席がつづくことなんてあり得る? 自分たちのチケット運のよさには我ながらびっくりだ。
 さて、そんな特等席で観ることになったエレカシの三十五周年ライブ。
 コンサートのオープニングはデビュー当時の映像のフラッシュバックから。雨の交差点で煙草を吹かすメンバー四人のふてぶてしい姿を捉えた『やさしさ』のミュージック・ビデオのワンシーンで始まり、若いころの映像を中心とした断片的なカットバックでエレカシの歴史を振り返ってみせる。
 そして立ちこめるスモークの中、ギュイーン、ギュイーンと鳴るスライド・ギターの音とともに始まった一曲目は『Sky is blue』。バックスクリーンにはフード姿の誰かの映像。あれ誰だろう?――と思ったら、それが宮本だった。なんか白いフードつきのロングコートを着て、フードをかぶった状態でギターを弾いていた。意表をついた一曲目と、意外性のあるファッション。
 最近の宮本のことだから、コートはきっと有名なブランドのお高いやつなんだろうけれど、遠めの印象では、どちらかというと研究者が着る白衣にフードがついたみたいな感じだった。いずれにせよ、エレカシのステージで宮本が白シャツ黒シャツ以外の服を着ているのを見たのって初めてじゃないかって気がする。とてもレアでした。
 この日のバンドのメンバー(あらかじめ発表されていた)は、エレカシの四人に、蔦谷好位置、ヒラマミキオ。そして金原千恵子ストリングス四名様の計十名。金原さんたちの登場は第一部の『昔の侍』からだった――と思う(集中力不足)。
 かつてはエレカシのサポートメンバーとして、もっとも深くバンドとかかわりあっていたにもかかわらず、このところ疎遠になっていた蔦谷くんとミッキーとの共演ってのがよい。しみじみと嬉しい。蔦谷くんへのリスペクトを込めて、『風に吹かれて』を蔦谷くんアレンジのピアノ・バージョンで演奏したのも感動的だった。
 あと、今回のツアーのもうひとつのポイントが三部構成だったこと。
 第一部が『奴隷天国』でもって一時間もしないで終わってしまったので、「みじかっ!」て驚いたら、つづく第二部も正味一時間足らずで終わってしまう。
 「おいおい、まだ『桜の花』も『俺たちの明日』も『ガストロンジャー』も、それどころかツアー・タイトルになっている新曲の『yes. I. do』もやってないじゃん!」と思ったら、そのあとに第三部があって、それらの曲が披露された(ただし『ガストロンジャー』は除く)。で、このパートも約一時間弱。
 ということで、終わってみれば、三部構成それぞれが約一時間弱で、アンコール一曲――もちろん真っ赤なライトの『待つ男』――を含めて、所要時間はほぼ三時間というボリュームたっぷりの内容だった。おかげさまで最近はすっかり腰痛持ちになってしまった僕にはいささかきつかった。とはいっても主役の男たちは同い年だからなぁ……。まったくかなわない。

【SET LIST】
    [第一部]
  1. Sky is blue
  2. ドビッシャー男
  3. 悲しみの果て
  4. デーデ
  5. 星の砂
  6. 珍奇男
  7. 昔の侍
  8. 奴隷天国
    [第二部]
  9. 新しい季節へキミと

  10. 彼女は買い物の帰り道
  11. リッスントゥザミュージック
  12. 風に吹かれて [Piano Ver.]
  13. 翳りゆく部屋
  14. ハナウタ ~遠い昔からの物語~
  15. 今宵の月のように
  16. RAINBOW
  17. 悪魔メフィスト
    [第三部]
  18. 風と共に
  19. 桜の花、舞い上がる道を
  20. 笑顔の未来へ
  21. so many people
  22. ズレてる方がいい
  23. 俺たちの明日
  24. yes. I. do
  25. ファイティングマン
    [Encore]
  26. 待つ男

 セットリストは新旧・硬軟とりまぜたバランスのいい内容だった。個人的はもうちょっと硬派な曲が多いほうが好みだけれど、いまとなると『ハナウタ』のようなポップ路線もエレカシの持ち味のひとつだろうし、アニバーサリーと銘打っている以上、そういう曲を望むファンの心情もちゃんと報われて、でもって僕のようなロートル・ファンもある程度満足がゆくという点で、とてもよく考えられたセットリストだったと思う。ポップ路線かと思っていた第二部も『旅』や『RAINBOW』が演奏されて満足度高し。締めはこの日もっともハードな『悪魔メフィスト』だったし。いい感じでバランスとってんなぁって思った。
 あ、でも、『ガストロンジャー』をやらないのはどうなの?――とは思わなくもない。あれもエレカシを代表する一曲として演奏されてしかるべきだと思うんだけれど(宮本個人がソロでさんざんやったから満足しちゃった疑惑)。
 そういや、冒頭の回想ムービーの最後にその曲名が出たので、当然やると思った最新シングルのカップリング『It's only lonely crazy days』をやらなかったのも拍子抜け。タイトルだけ出して終わりって、そんなのあり?――と思いました。
 でもまぁ、シングルのカップリング曲って、過去に遡ってもそんなにやってないので、この日みたいなアニバーサリー企画でやらない――というか名曲が多すぎて時間的にやれない――のは当然なのかもしれない。『soul rescue』とか『東京ジェラシィ』とか『ハロー New York』とか大好きなんだけれど、ライブで聴いた記憶、ほとんどないもんな。ならば仕方なし。シングルのカップリング曲を容赦なくかましてくるアーティストなんて、おそらくaikoくらいだろう(いまだ生で観たことはないけれど、aikoさんのセットリストはすごいんです)。
 この日でほかに印象に残っているのは、演奏が終わったあとで、宮本がもうワンコーラスを弾き語りやアカペラで歌う、というシーンが何度があったこと。すでに記憶があやしくて、どの曲だったとか明示できないけれど(『昔の侍』とか)、まぁ、この日もカメラが回っていたようなので、その辺は後日きっとブルーレイとかでご確認願いたし。
 演出面では、大型スクリーンがステージの背景のみならず、左右にもあったのがトピック。去年の武道館では360度を解放していたこともあってスクリーンなしだったけれど、今回はひさびさなので「ちゃんとエレカシを見せます」ってサービス精神を感じさせた。
 まぁ、とはいっても、宮本以外のメンバーが映ることはそんなになかった気もするけれど。それでも最後のほうの曲でセンタースクリーンを縦四分割してメンバーそれぞれを白黒映像で映し出してみせたのは――バンプとかではよく観る演出だけれど、エレカシでそういうのを見た記憶がとんとなかったので――とても新鮮だった。あそこが今回いちの胸熱ポイントだったかもしれない。――といいつつ、どの曲だったか覚えていないんじゃ話にならないけれど。
 あと、せっかくの花道はほぼ宮本専用で、僕らが間近で観れたのは彼だけだった。一度だけ石くんがやってきてギターソロを弾いたシーンがあったけれど、ソロを弾き終わった石くんは駆け足でとっととメイン・ステージに戻っていきました。「花道に長くいると具合が悪くなってしまう病」にかかっているらしい。
 石くんといえば、『笑顔の未来へ』で花道へと出てきた宮本が、途中からギターを放り出して歌い出したせいで、サビ前のギターリフが入らずに、いつもと違う感じになっていたのも失笑ものだった。普通のバンドだったら、あそこは石くんが穴埋めしてリフを弾いてしかるべきだと思うんだけれどなぁ。そういうところで融通がきかないところも、This Is エレカシって感じだった。
 そういや、宮本がPAの人に向かって音を上げろ下げろって仕草で指示を出すシーン――ソロではまったく見た記憶がない――がやたら多いのもエレカシならではだよなぁと。なんでああなんですかね。ほんと不思議。
 なんにしろ、一ヵ月前にバランスの取れた宮本ソロの音を聴いたばかりだったから、ひさびさにエレカシの(いい意味で)まとまりを欠いた音を聴けて嬉しかった。ソロとバンドでこれだけ音の印象が違う人って珍しいんじゃなかろうか。
 母親に誘われて三日前の公演を観たうちの子によると、これまでに観たことのあるライブ――BUMP、RAD、ヨルシカ、ずとまよ――の中で、エレカシがいちばん音が大きかったそうだ。なるほど。バンドの音のみならず、あんなふうに会場中をびりびりと振るわせるような声を出せるボーカリストはほかにいなかろう。
 よくも悪くもエレファントカシマシって特別だよなぁって思った一夜だった。
 はてさて、次にエレカシが観られるのはいつなんですかね?
(Apr. 02, 2023)

ボブ・ディラン

"ROUGH AND ROWDY WAYS" WORLD WIDE TOUR 2021-2024/2023年4月16日(日)/東京ガーデンシアター

Rough and.. -Gatefold- [12 inch Analog]

 ボブ・ディラン(御年八十一歳)の来日公演を観た。
 アルバム『ROUGH AND ROWDY WAYS』のワールドツアーの日本公演、全十一本のうち、五日間あった東京公演の最終日。僕がディラン御大のライブを観るのはこれが三度目。前回観たのは2010年だったから、じつに十三年ぶりになる。
 前回観たあとにも二度(フジロックを入れれば三度)来日しているのに、それらをスルーしているのはおそらくチケットが高すぎたんだろうと思う(記憶が定かでない)。あと、前回のツアーでディランのコンサートには一見さんを寄せつけない難しさがあるのを思い知ったので、それをわざわざ高い金(今回はいちばん安い席でも二万円越えだった)出して観るのは違うだろうと思ったというのもあるんだろう。
 それをなぜ今回は観ようと思ったかというと、それは単に酔っていたから――というと、身も蓋もないな。でもそれが真相。
 ある晩、酒を飲みながらメールチェックをしていて、来日公演の先行抽選受付のお知らせが届いているのをみつけて、ふと思ったんだった。そうか、今回のボブ・ディラン、会場は東京ガーデンシアターなのかと。
 東京ガーデンシアターというと、去年ずとまよをアリーナ指定席のうしろの方で観たときの印象がとても悪くて、このホールはアリーナが指定席の場合は避けた方がいいなと思ったんだった。一方で宮本のソロをバルコニー席のいちばん上の方で観たときはそれほど印象が悪くなかったので、この先このホールでライブを観るならばオールスタンディングか、バルコニー席だなと。そう思った。
 でもって、今回のチケットはS席だとアリーナかバルコニーどちらかわからないけれど、A席ならば確実にバルコニー席になる(五万円越えのゴールド席はもちろん論外)。内容や年齢層的にオーディエンスは座ったままだろうし、ならばいちばん安いA席でよくない?
 まぁ、安いたって二万一千円もするわけだけれど、これがもしかしてディランを生で観られる最後の機会になるかもしれないのだから、それくらいは奮発してもいいのではと。もともと新型コロナで中止になった2020年の来日公演だって、チケットを取っていたわけだし(その時はかろうじて二万円に達していなかった)。A席ならば値段はそのころとニアリーイコールだ。
 ということで、酔った勢いで抽選に応募して、チケットを手に入れました。
 冷静に考えれば、席順を問わない洋楽のチケットなんてまず完売しないのだから、わざわざ抽選に申し込こんでまで取る必要がないんだけれど――先行手数料に千五百円近く取られて、こんなに余計にかかるのかよ!って驚いた――なんたって酔った勢いだったので詮方なし。あけてみれば、さすがに高額過ぎてぜんぜん売れなかったらしく、後日S席チケットの割引のお知らせがメールで届いたりした。
 まじで先行で取った意味ないじゃん――と思ったんでしたが、あまりに売れずに席が埋まらなかったせいで、当日「A席の方はチケットが差し替えになります」と、最上階だったチケットを一フロア下のS席のものと交換してくれました。余計な先行手数料を差し引くと三千五百円のお得。――って話がせこい。
 SNSを見ると、世の中には五万円のチケットで連日通っている人とかもいて、あぁ、俺はなんて甲斐性がないんだろうと、自分の不甲斐のなさを痛感してしまった。そろそろ六十も近くなってなお、これだもんなぁ……。きっと死ぬまでこんななんだろう。ああ、やれやれ。
 さて、ということで、すっかり無駄な前置きが長くなってしまったけれど、ここからが東京ガーデンシアター4Fのバルコニー席で観たボブ・ディランの感想。4Fといっても東京ガーデンシアターはアリーナが2Fという扱いなので実質は三階席になる。
 そういや、ディラン翁はスマホで写真を撮られるのが大嫌いらしく、スマホ禁止を徹底するため、観客は入場の際にスマホをYondrという特殊なポーチ――いったん閉めると専用端末で解除するまで開かなくなる――に入れて持ち歩かされるという徹底ぶりだった。
 なので、入場後はスマホが見れない。場内ではBGMもかかっていない。普段からスマホを時計がわりにしていて腕時計もつけていないから時間がわからない。集まった人々が発するざわめきだけを耳に、いつ始まるかわからないライヴの開演をなにもせずただひたすら待つだけという最近では珍しい時間。もう始まる前からそっけない。
 やがて時間が過ぎて前方の人たちの歓声が上がり、場内の照明がすこし落ちて、どうやらメンバーが登場したらしいことがわかる。
 ――「わかる」なんて書いたのは、よく見えなかったから。
 観客席の照明は完全には消えずに、最後までほの暗いままだったし(これも珍しい)、深紅の緞帳を背景にしたナイトクラブっぽい雰囲気のステージにはスポットライトがなく、そういう舞台設定にふさわしい最小限の照明があるだけでずっと暗かった。おかげで本当に主役のディランがどこにいるのかもわからない。
 ステージの中央にディランが弾くグランドピアノが配置されていて、それを囲んで弧を描くようにバンドのメンバーがいた。でもグランドピアノがあるというのは事前情報がなかったらわからなかっただろうと思う――というか実際にわからなかった。メンバーもシルエットだけでかろうじて確認できるレベル。とにかく見えない!
 オープニングの『Watch the River Flow』はイントロが長く引き延ばされていたこともあり、もしかしたらディランはこれから出てくるのかなと思ったくらいだった。そしたら唐突に歌が始まったので、それでようやく、あ、ディランもいるんだと思ったという。それくらいの見えなさ加減だった。
 顔が見えない点はずとまよと同じだけれど、少なくてもずとまよの場合、ACAねの顔こそ見えないものの一挙一動は確認できる。ところがディラン翁の場合は顔どころか、ご本人がどこにいるかもわからなかった。
 まぁ、わざわざ顔を隠そうとしてるわけではないから、前のほうのお客さんはちゃんと見えたんだろうけれど、僕がいたバルコニー席ではほぼ無理(となりの青年は持ち込み禁止のはずの単眼鏡を使ってよく見えると喜んでいた)。このライブをちゃんと楽しみたい人は、五万円出すしかないんではなかろうかと思った。
 とにかく「俺の顔なんて気にしなくていい。写真を撮るなんでふざけるな。とにかく音楽だけ集中して聴け!」って。そんな主役の頑固親父の主張がはっきりと伝わってくるステージだった。

【SET LIST】
  1. Watching The River Flow
  2. Most Likely You Go Your Way
  3. I Contain Multitudes
  4. False Prophet
  5. When I Paint My Masterpiece
  6. Black Rider
  7. My Own Version of You
  8. I'll Be Your Baby Tonight
  9. Crossing The Rubicon
  10. To Be Alone With You
  11. Key West (Philosopher Pirate)
  12. Gotta Serve Somebody
  13. I've Made Up My Mind To Give Myself To You
  14. That Old Black Magic
  15. Mother of Muses
  16. Goodbye Jimmy Reed
  17. Every Grain of Sand

 プロモーターの公式サイトで紹介されていたバンドのメンバーは以下のとおり(なぜかドラマーだけ欠けていたのでネットで拾ってきた)。

 ボブ・ブリット(ギター)、トニー・ガーニエ(ベース)、ドニー・ヘロン(ヴァイオリン、ペダルスティール 他)、ダグ・ランシオ(ギター)、ジェリー・ペンテコスト(ドラム)

 確認したところ、『ROUGH AND ROWDY WAYS』のレコーディングメンバーから、チャーリー・セクストンとドラムの人が抜けて、かわりの人が入ったメンツだった(うち二人は2010年の来日公演にもいたらしい)。
 ということで、あのアルバムの音を生で再現するには文句なしの顔ぶれ――のはずなのに、なぜだかその印象はかなり違った。
 ライブを観るからと、それなりに繰り返し聴いてきたから、新譜の曲に関しては曲名がわからないということはなかったけれど、それでも歌詞にタイトルが出てきて初めて、あ、この曲かと思うパターンだらけ。なんかアルバムで聴いていたイメージと全曲が違うんですけど。
 ――というか、それこそが八十を過ぎてなお現在進行形でツアーをつづけるボブ・ディランという人の真骨頂なのではないかと思う。
 レコーディングで一度は形にした作品であっても、決してそこで完成とはしない。その時々の自分にとってしっくりくる音で鳴らしてこそ生きた音楽なのだと。それを実践するためにこそディランはいまだ精力的にツアーを回っているのだろう。
 スマホを取り上げられたり、高額チケットで懐具合を寒くさせられたり、僕ら観客がいろいろと不自由を強いられる一方で、ボブ・ディランという人がみずからの音楽を表現する姿勢はとても自由だ。客が聴きたがっているから『風に吹かれて』や『ライク・ア・ローリング・ストーン』をやらないといけないとか、ギターを弾かなきゃいけいけないとか、そういう忖度がいっさいない。マジで今回のツアーでは代表曲と呼べる曲をひとつもやっていない。自分がいまやりたいと思う曲をやりたい形でやっているだけ。あまりに遠慮がなくて、かえって痛快だ。
 そんな自由な心持ちは演奏にも表れていた。
 前回観たときにもほとんどギターを弾かなかったディラン翁だけど、今回にいたってはまったくのゼロ。すべての曲でピアノを弾いていた。
 でもって、そのピアノが思いのほか味わい深かった。自らの歌にあわせて(おそらくその日のフィーリングで)自由に音を乗せてゆく感じ。ピアノでこういうことができるならば、そりゃギターはもう必要ないんだろうなって、すごく納得した。
 そんな自由気ままなディランの歌とピアノを、長年に渡ってツアーをともにするベテラン・ミュージシャンたちが支えているのだから、そのアンサンブルは鉄板。鍵盤がディランのそれしかないので、基本的な音作りはオールド・スタイルのギター・サウンドだけれど、演奏のスタイルは多様で繊細。薄暗い場内にヴァイオリンの音色が心地良く響く曲あり、ベーシストが弓を使ったりする曲あり。その演奏はとても味わい深くて素敵だった。
 なかでも一番ぐっときたのが、フランク・シナトラのカバー『That Old Black Magic』。大半がスローで静かな曲ばかりだったから、これだけは比較的アッパーで、パキっとクリスプに締まったその演奏がとても新鮮でカッコよかった。
 東京の初日にはこの曲のかわりにグレイトフル・デッドの曲を世界で初めて披露したとのことで、「今回のツアーは基本セットリスト固定だったのに、ディランが突然曲を変えてきた! それもデッドのカバー!」ってことでバズったようだけれど、個人的には知らないグレイトフル・デッドの曲ではなく、カバーとはいえ、仮にもディランも持ち歌であるこの曲が聴けて本当によかった。――まぁ、とはいっても、この曲にしたところでまったく馴染みはないんだけれど(収録アルバム『Fallen Angels』はカバー集のため再生回数一桁台)。
 いずれにせよ、今回のボブ・ディランのコンサートは音作りも選曲も激渋だった。『Rough and Rowdy Ways』のうち、ボーナス・トラック的な扱いの『Murder Most Foul』を除いた全曲を披露して、そこに過去曲――ベスト盤にしか入っていないシングル曲二曲と、ベスト盤には入らないような知名度があまり高くない曲ばかり――を適度に散りばめた内容。
 前回とは違って、いまではディランの全タイトルを聴いたことがあるとはいえ、それにしたって作品数が多いので、いまだ聴き込みが足りないアルバムが多数。とくに八十年代前後の作品は聴き込みが浅いものだから、締めを飾ったのが『Shot of Love』収録の『Every Grain of Sand』というのが致命的だった。ほかにもタイトルがわからない曲はあったけれど、タイトルはわからずとも曲自体は知っているというレベルだったのに対し、これだけは曲自体がわからなかった。おそまつ。
 まぁ、そんなすちゃらかな僕と違って、高いチケット代を払って集まったお客さんたちの多くはディランに精通しているようで、ディランが歌い始めた途端に「おー、この曲か」って感じで拍手が起こり、ワンコーラス終わるとまた拍手が起こるというのが、昔ながらのコンサートって感じでとてもよかった(ディランをよく知る人でも歌が始まるまでは何の曲かはわからないあたりが、どれほどアレンジが違っているかを物語っている)。ラストの『Every Grain of Sand』のアウトロでこの日初めてディランがハーモニカを吹いたときの大歓声とか、そりゃえらい盛り上がりでした。
 最近の邦楽のコンサートでは、バラードでは最後の一音が消えるまで拍手しちゃいけない、みたいな、まるでクラシック・コンサートのような風潮があって、僕にはそれがどうにも馴染めない。やっぱ好きな曲が聴けたら、興奮のあまり一瞬でも早く感謝の気持ちを伝えたくて拍手したくなっちゃうのが人情ってもんじゃなかろうか。僕がロックが好きなのはクラシックと違ってそういうところが自由なのも理由のひとつなんだけれどな。最近の日本はなにかといろいろ不自由でいやだ。この日のコンサートは年齢層が高いせいで、そういう余計なストレスがまったくなかったのもよかった。そういや、ひさびさにマスクなしでも怒られなかったのもよし。
 そうそう、もうひとつディランのなにがすごいと思ったかって、あんなにメロディーが単調で歌詞が饒舌な歌を、カンニングペーパーもなしで歌えちゃうこと。
 ステージがあの暗さではカンペも見えないと思うので、ちゃんと覚えているってことだよね? それも何十年も歌ってきた曲だというならばともかく、そのうち半分は三年前にリリースした新曲だというのがすごい。五十代半ばにしてすでにあれこれ忘れまくりの身としては、なんて素晴らしい記憶力なんだって、その事実にほとほと感心してしまった。
 ストーンズやポール・マッカートニーら、同時代の大御所アーティストがエンターテイメントに徹したヒットパレード満載の一大スタジアム・ショーを繰り広げている一方で、ディランはそれとはまったく違う、観客のことなどわれ関せずといった風情でミニマムなバンド・サウンドを響かせつつ世界を回っている。その音楽はとっつきにくいけれど、それでいて音楽自体が持つ魅力をたっぷりとたたえている。
 僕はエレカシのライブについて「演奏が下手だからいつも違う演奏になって飽きさせない」みたいなことを年じゅう書いているけれど(失礼千万だな)、ディランのライブにも同じような感触がある。毎日同じセットリストで演奏していても、もともとのアレンジからの乖離がすごくて、演奏も自由きままなので、まったく違った曲のように聴こえて飽きがこない。どの曲も新曲みたいだからこそ、耳に馴染むまでもっと繰り返し聴きたくなる。そっけないからこそ振り向かせたくなる女の子みたいな魅力を放っている――って形容はボブ・ディランにはいささかふさわしくない気もする。
 いずれにせよ、前回のツアーのときと同じように、今回も僕は帰り道で、願わくばもう一度観たかったなあって、自分の預金残高の少なさを残念に思った。ディラン翁はまだまだ元気そうで、この分だと今回が最後ってことにはならなさそうな気もするので、次のツアーは二回観られるよう、いまから貯金しようかな。
 とりあえず、今回のツアーの音源がいずれ正規のライブ盤かブートレッグ・シリーズとしてリリースされることを願ってやみません。
(Apr. 28, 2023)

ザ・ストリート・スライダーズ

SPECIAL PREVIEW GIG/2023年4月28日(金)/豊洲PIT

On The Street Again -Tribute & Origin- (通常盤) (特典なし)

 ストリート・スライダーズの四十周年記念で開かれる日本武道館公演を前にして、豊洲PITで行われた新譜『ON THE ROAD AGAIN』購入者限定のプレビュー・ギグを観てきた。
 まぁ、プレビューってことでジャスト一時間という短さだったし、あいにく席は最後列だったけれど(ライブハウスなのに指定席だった)、観たくても観られなかった人だっているわけだから、観られただけでラッキーってもの。あと、逆にいちばんうしろの席だからこそ、集まった千人を超えるオーディエンスがすべて視野に入っていて、それがまた感動的だった。
 なんたって二十三年ぶり――武道館のラストライブが2000年10月29日だから、正確には二十二年とおよそ半年ぶり――のライヴだ。観客の期待値もはんぱじゃない。開演前の場内アナウンスが済むと、いまだ客電も落ちていないのに、僕の前の女性は立ち上がって拍手喝采の興奮状態。つられてこちらも立ち上がって拍手。
 この三年ずとまよのライブのたびにバンド・メンバーが出てきても坐ったままの若者をみてきた身としては、こういう開演前からアドレナリン溢れまくりな場内のリアクションがとても気持ちよかった。やっぱライヴってこういうもんでしょう。なんで白髪の人たちの方が二十代の子たちよりも元気なのさって思った。
 そんな場内の興奮を受けて、ライヴは定刻の十九時ジャストに始まる。
 客電が落ちてスライダーズの面々がぞろぞろと登場。挨拶抜きでいきなり始まった一曲目は『あんたのいないよる』!
 わはは、二十三年ぶりの第一音を待ち焦がれていたファンに向けて、『TOKYO JUNK』なんかのアッパーな曲ではなく、いきなりファーストのスローなブルースをぶっ込んでくる。この力の抜け方がいかにもスライダーズらしい。
 ハリーはピンクのスーツに緑の帽子という格好で(色は照明の加減で間違っているかも)、帽子からは長い白髪が覗いていた。蘭丸はお馴染みの宮廷風の黒いジャケット姿。僕の席からだとジェームズはハリーの陰に隠れてほとんど見えず(スキンヘッドだった)。ズズもドラムセットに座ったままだったので、どんな格好をしていたかはわからなかった。でも髪形とか、昔のままっぽかった。そうそう、ジェームズとズズはサングラスをかけていたのも、かつてのイメージ通りだった。
 ハリーと蘭丸がなんのギターを使っていたかは見落とした。まぁ、距離的に場内でいちばん遠いところにいたので、ディテールまではさすがによくわからなかったってのもある。

【SET LIST】
  1. あんたがいない夜
  2. Angel Duster
  3. Let's go down the street
  4. one day
  5. PACE MAKER
  6. カメレオン

  7. 天国列車
  8. No More Trouble
  9. So Heavy
  10. Back To Back
    [Encore]
  11. マスターベーション

 セットリストは『天使たち』(僕がファンになって最初に買ったアルバムだった)までの初期の五枚から厳選された十一曲(『JAG OUT』多め)。
 あとで確認したら、『one day』を除く全曲が『天国と地獄』完全版の収録曲だったから、もしかしたら本番は一晩かぎりの武道館公演ってことで、初めての武道館でのセットリストを意識したものになるのかもしれない。そんな中に、個人的にはとても思い入れが深い『one day』を入れてくれたのがこの夜のマイ胸熱ポイントだった。
 そういや、今回の武道館公演のタイトルになっている、ハリーの「ハロー!」というお馴染みの挨拶もこの夜は封印。一曲目のあとでのハリー初のMCは「どうもこんばんわ、ストリート・スライダーズです」だった。そういうところにも、なにげに気を使ってくれているのがカッコいい。
 MCといえば、『天国列車』の前の「公平が歌うぜ」とか、『No More Trouble』の前の「スリーコードをブギを聞いてくれ」とか――うろ覚えなので違っている可能性大――もうハリーの言動がいちいちハリーで、そういうところも含めて、これぞスライダーズだって感じだった。
 僕はチケット抽選の応募券に「20:00公演終了予定」と書いてあったのを見逃していたので、九曲目で『So Heavy』のイントロのリフを聴いたときには「早すぎぎじゃね?」と思ったし、次の『Back to Back』で「最後の曲です」といわれたときには「え~、もう終わり?」とびっくりしてしまったのだけれど、でもまぁ、プレビューと銘打っているからなぁって、わりとすぐに納得。わずか一時間きっかりだったけれど、その濃厚な時間をたっぷりと堪能させてもらった。大満足でした。
 今回のライブでなんに驚いたかって、スライダーズのグルーヴがむちゃくちゃ気持ちよいこと。ほんとアッパーな曲は当然として、スローバラードであろうとビートの緩急に関係なくすべてがダイレクトに身体の芯を揺さぶってくる。そのビートがあまりに気持ちいいもんで、そんなつもりはなかったのに、もう最初っから最後まで踊りっぱなしだった。こんな感覚、ひさしく味わったことがない。
 僕は解散前のスライダーズのライブって数えるほどしか観たことがなかったので、彼らのグルーヴがこんなにも気持ちいいもんだってことを、すっかり忘れていた。――って、いや、もしかしたら二十年間で僕の音楽に対する感覚が変わったのかもしれない。当時この感覚をちゃんと味わっていたなら、もっとたくさん生で観ていた気がするから。
 いずれにせよ、二十二年ぶりだっていうのが嘘みたいに、スライダーズの音楽はいま現在の僕の感覚にジャスト・フィットだった。本当にそんなに長いあいだ、このビートを肌で感じたことがなかったのが信じられないくらいにどんぴしゃだった。もう気持ちいいったらありゃしない。このバンドが二十年もライヴをやっていなかったなんで、日本の音楽界における最大級の損失なんじゃなかろうか。
 アンコールの『マスターベーション』のあと、ハリーは最後に「じゃあ、武道館で」と言い残して去っていった。それを聞いて、あぁ、もう一度これが味わえるのかと、たまらなく嬉しくなった。ライヴハウスを出て駅へと向かう道すがら、にやけが止まらなかった。マスクがなかったら危ない人だ。
 武道館公演のチケットはあいにくのバックステージ席だけれど、でももう一度この音を生で、次は二時間たっぷりと体感できるというだけで、かけがえのない時間になるのは間違いないなって、いまは思っている。
(Apr. 30, 2023)

ずっと真夜中でいいのに

活動5年プレミアム『元素どろ団子TOUR』/2023年5月2日(火)/Zepp DiverCity (TOKYO)

 ゴールデンウィーク中に開催されたずとまよのファンクラブ限定ライブ『元素どろ団子TOUR』をZepp DiverCity (TOKYO)で観た。
 ずとまよのファンクラブ限定ライブは今回が二度目。去年のBillboard Liveのやつはチケットが取れなかったけれど、今回は(公演数が多かったこともあり?)なんとか取れました。これを観るためだけに、夫婦そろってZUTOMAYO PRREMIUMに入っていたといっても過言ではない。夫婦合わせて百十歳超えのファンクラブ会員ってのも激レアだろう。
 同じくアコースティック・ライブとはいっても、ビルボードではバンドセットだったのに対して、今回はピアノの岸田勇気、ギターの菰口雄矢と、あとはACAねだけという、三人だけでのアコースティック・セット。ステージ中央には巨大な鳥かごのようなセットが配されていて、ACAねはその中にいた。
 主役よりもちょっと高い位置に配された左手のひな壇に岸田、右手が菰口というステージ構成。このふたりはそれなりに見えたけれど――僕らはMCブース右手の柵際にはりついて観ていた――ACAねはいまいちよく見えず。できることならば主役をもっと目立たせて欲しかった。
 当初は全席指定の予定が、応募者多数のためチケット数を増やすためといって、アリーナ後方をスタンディングに変更したので、最初の抽選にはずれた僕らが手に入れたのは追加で出たそのスタンディング席のチケットだった。
 前回のライヴで「ずとまよはオールスタンディングで観たい」とか書いた僕としては願ったり叶ったりではあったんだけれど、でも今回はアコースティック・セットということで踊れる曲は少なめだったし、加えてよく見えないとなると、やっぱ前方の指定席が取れた人はラッキーだったかなと思う。
 ライブはちりんちりんと氷がグラスにあたるSEとともに『グラスとラムレーズン』でスタート。いきなり一曲目からレア曲だ。
 ――とか思ったけれど、でも振り返ってみるとレアだなぁと思った楽曲はそれくらい。『優しくLAST SMILE』とかは、アコースティック・セットだからやるかもと思っていたから、それほど意外性はなかったし。『またね幻』も聴くのはは二度目だったけれど、去年のたまアリでもアコースティック・バージョンを聴いていたので、なるほどという感じ。逆に『Dear. Mr「F」』が演奏されなかったほうが意外だった。
 あとはあれだ、中盤のカバー・コーナー。日替わりメニューで人の曲をワンコーラスずつ聴かせるという今回のツアーの特別企画。この日の演目は PEOPLE 1 の『113号室』と、EVEの『あの娘シークレット』という曲だった(当然どちらも知らない)。
 そうそう、ABEMAのリアリティー番組の主題歌に提供されている新曲『不法侵入』もフルコーラス聴けたのは今回のツアーが初めて。
 まぁ、楽曲として目新しかったのはそれくらいだけれど、今回はリズム隊抜きのアコースティック・セットということで、全曲普段とは違うアレンジだったから、音響的な意味では全編この上なくレアだった。音数が少ない分、ACAねのボーカルがいつにも増して映えた。ACAねの歌だけ聴ければあとはどうでもいいという人には至福の一時間だったかもしれない。
 個人的なこの日のクライマックスは『秒針を噛む』。
 年のたまアリのときと同じくACAねの弾き語りで聴かせた『サターン』からの流れで、最初は弾き語りでスローに始まって、後半からギターとピアノが入って音が厚くなるアレンジが最高に新鮮でいかしていた。
 あとは序盤の『お勉強しといてよ』と本編ラストの『残機』。アコースティックでもちゃんと盛り上がれちゃうのすげーって思いました。
 もともと予告されていた通り、わずか一時間だけの短いステージだったけれど、ファンクラブ限定イベントってことで、ライヴ後にはステージにあがってセットを見学できるサービス(+缶バッチのプレゼント)もあって、ファンとしてはとても満足感の高いライヴだった。ステージ見学は立ち見客を優先してくれたので、早めに観れてありがたかった。

【SET LIST】
  1. グラスとラムレーズン
  2. ハゼ馳せる果てまで
  3. お勉強しといてよ
  4. Ham
  5. マリンブルーの庭園
  6. 113号室 (One Chorus/PEOPLE 1カバー)
  7. あの娘シークレット (One Chorus/EVEカバー)
  8. 優しくLAST SIMLE
  9. 不法侵入
  10. サターン (弾き語り)
  11. 秒針を噛む
  12. またね幻
  13. 残機
    [Encore]
  14. 脳裏上のクラッカー

 この夜、唯一残念だったのは、ライヴが始まる前に拍手しそこねたこと。
 前回の代々木でアコースティック・セットのときに立ったまま観ていて、うしろの若者に座るよう頼まれたのをいまだにひきずっている僕は、もう年寄りが出しゃばるのはやめようと、今回はまわりのリアクションにあわせて後追いで行動しようと思ったら、ばだ。なんと客電が落ちてライヴがスタートするまで誰も拍手しないの。なにそれ?
 『グラスとラムレーズン』のあと間髪入れずに『ハゼ馳せる果てまで』が始まったこともあり、この夜最初の拍手が起こったのは、確かその二曲目が終わったあとだった。そんなのあり? コンサートが始まる前に拍手でアーティストを迎えるのなんて、人として当然の礼儀だと思うんだけれどな。なんでそういうあたりまえのことがあたりまえにできないんだろう。おじさんは不思議でしょうがないよ。
 ――ってまぁ、拍手しなかったという点では俺も人のことつべこべ言えないんですが。というか、年取ってる分だけたちが悪い。平均的なファンの人たちと年の差が激しすぎて、ずとまよのライブは残念ながらいまいちアウェイ感がぬぐえないんだよねぇ。いまいちばん好きなアーティストなのに。本当にいろいろ残念だ。
 まぁ、とりあえず、六月にはいよいよサード・アルバム『沈香学』も出るし、年内に少なくてももう一度ツアーがあるのは間違いないでしょう。いやー、アルバムも次のツアーも本当に楽しみだ。次はちゃんと拍手するぜい。
(May. 27, 2023)

THE STREET SLIDERS

The Street Sliders Hello!!/2023年5月3日(水)/日本武道館

On The Street Again -Tribute & Origin-

 二十二年ぶりに復活したストリート・スライダーズ、四十周年記念の日本武道館ライヴを観た。
 最初の先行抽選でチケットがはずれたときには、なんてこった……とがっかりしたものだけれど、その後に追加で出たバックステージ席の抽選に当選。かろうじてチケットをゲットした――なんてレベルの話ではなかった。それがびっくりするような、とんでもない席だった。
 だって二階席の最前列だよ?
 もしかしたらアリーナの最前列よりもステージに近くない?
 少なくても僕にとってはいままでにないレアなシチュエーションの席だった。白黒のペイズリー柄のステージの床が目の前に遠慮なくどーんと広がっている。ギター交換のための機材や、脇で控えているスタッフとかも丸見えだし。なによりメンバーと同じ目線で満員の武道館の風景を眺められるという点で、この特別な夜を存分に堪能できるスペシャルな席だった。いやはや、開演前からすごい盛り上がりでした。
 まぁ、演奏中のメンバーは後ろ姿でしか見えないし、スピーカーは目の前に置かれた小規模なやつひとつだけなので音響的にはいまいちだったけど――ハリーのボーカルはくっきりはっきり聴こえたけれど、ギターの分離とかはさっぱりだった――でもこんなにバンドを身近に感じられる席はまたとない。これでチケット代はふつうの席より安いんだから、もうしわけないくらいだ。俺のチケット運いまだ衰えず。ライヴ前には宮本遭遇事件(後述)もあったし、われながらなんて強運なんだって思った。

 さて、そんなこの夜のライヴは当然のごとく、ハリーのひとことで始まった。
 「ハロー!」
 セットリストは先週のプレビュー・ショーとだいたい同じ流れ。何曲か入れ替わった曲があり、演奏時間が長いぶん、六曲多くなっていた。
 一曲目はあの夜と同じ『あんたがいない夜』――かと思ったら違った。この日のオープニング・ナンバーは『チャンドラー』。
 ――だったというのをですね。情けないことに、あとでセットリストを確認して気がついた。スローでヘビーなナンバーで始まったから、先入観で『あんたがいない夜』だって思い込んで疑わなかった。違うじゃん!
 二曲目の『BABY BLUE』とか、ジェームズが歌った『Hello My Friends』とかも、あれ、これってどのアルバムに入っているなんて曲だっけ?――と思ってしまったし。さすがに二十二年のブランクは長かった。あぁ、ファン失格。
 まぁ、この日は本当に席が特別だったので、いまいち現実感がなかったというか、なんとなく白昼夢を見ているみたいな気分で、最初から最後までぼうっと惚けてしまって、普段より集中力を欠いていたような感があった。
 スライダーズの面々のうち、ハリーと蘭丸は先週とほぼ同じ服装だった。ハリーのスーツは白で、帽子は紺だったから、やはり先週も同じだったのに、ライティングの加減で違う色に見えただけかもしれない。
 ジェームズとズズについては、先週はよく見えなかったけれど、今回はばっちり(ほとんどは後ろ姿だったけど)。とくにジェームズは僕らにいちばん近かった。でもって、バックステージの僕らにも愛想よく手を振ってくれたりして、なんか最高にフレンドリーないい人だった。いまさらだけれど、すっかりファンになりました。
 それにしても、スライダーズって本当に変わらないなぁって。ハリーは終始ご機嫌だったけれど、でもセットリストがそこはかとなくそっけない。これで最後だからとか、アニバーサリーだからとか、そういう気負いや過度のサービス精神がまったくない。いつも通りにブギを鳴らしてりゃそれが最高だろって。そんな感じ。
 一曲目の『チャンドラー』からして、え、それですかって感じだし、ジェームズに歌わせるのだってシングルのカップリング曲の『Hello Old Friends』を持ってくるし。
 まぁ、いわれてみればその曲のほうがテーマ的には今回のライヴにはふさわしいとは思うんだけれど、曲の知名度を考えれば、ファースト収録の『酔いどれダンサー』のほうが盛りあがるでしょうに。
 そのほかにも『Boys Jump The Midnight』とか、『Blow The Night』とか、当然やるだろうと思っていた曲を平気でセトリからはずしてくるし。プレビューでやった『カメレオン』や『マスターベーション』もなし。最新ベスト&トリビュート盤のタイトルになっている『On The Road Again』も、まさかやんないとは思わなかったよ。
 そうやって往年のファンが大喜びするの間違いなしな曲をセトリからはずす一方で、ほとんどの人が予想もしなかっただろう新曲を二曲も披露してみせる(どちらもJOY-POPS名義で発表済みの曲だってあとで知りました)。
 俺たちはべつにナツメロを聴かせたくて戻ってきたわけじゃないんだぜって。せっかくまたこのメンツで集まって音を鳴らすんだから、ちゃんといまのスライダーズを聴いてくれって。そんな姿勢には、前月観たボブ・ディランと同様の、自分たちの音楽に対する強いこだわりを感じた。
 本編のラストを『風の街に生まれ』で締め(これも相当予想外だった)、アンコールには『のら犬にさえなれない』と『TOKYO JUNK』を聴かせて終了。最後だけはさすがにこの二曲だよねって感じだった。
 終演後のBGMにかかっていた『PANORAMA』が終わった途端、ステージの四方を隠す形で白い垂れ幕がばさっと落ちてきた。そこには黒い手書き文字ででかでかと――
「ザ・ストリート・スライダーズ 秋・ツアーやるゼイ!」
 まぁ、本編で新曲が披露された時点で、こりゃおそらく今回ぽっきりでは終わらないんだろうなというのは予想できましたけどね。無事渋公のチケットも取れたし、年内にもう一度スライダーズが観られる! ご機嫌だぜぃ。

【SET LIST】
  1. チャンドラー
  2. BABY BLUE
  3. Angel Duster
  4. Let's go down the street
  5. one day
  6. すれちがい
  7. PACE MAKER
  8. ありったけのコイン
  9. 曇った空に光放ち [JOY-POPS]
  10. ミッドナイト・アワー [JOY-POPS]
  11. 天国列車
  12. Hello Old Friends
  13. So Heavy
  14. Back To Back
  15. 風の街に生まれ
    [Encore]
  16. のら犬ににさえなれない
  17. TOKYO JUNK

 ということで、スライダーズについては以上です。これ以降は蛇足。
 じつ僕らはこの日、席へと向かう武道館北側の狭い通路――「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた一角のすぐ近く――でエレカシの宮本浩次とすれ違った。
 宮本くんはスタッフと思しき女性に案内されて、どこぞへ向かう途中だった。向かいからすごくよく知った顔の人が近づいてくるから、あれ、誰だっけ?――とか思って、つい話しかけそうになってしまった。いやー、びっくりでした。
 この出会いがどれだけレアなことかというのをぜひ聞いて欲しい。
 僕がこの日、武道館の通路で宮本とすれ違うまでには、以下のようなささいな偶然の積み重ねがあった。
①ハリーと蘭丸のメルマガ限定のチケット先行抽選があるのを見落としていた。
 →当選確率が高そうなここで当たっていたら、宮本と会った通路を歩いていない。
②チケットの一般先行抽選に落選した。
 →ここで普通のチケットが取れていても宮本と会えていない。
③追加で出たバックステージ席に当選した。
 →これに当選したからこそ宮本とすれ違った北側の通路を歩くことになった。
④ライヴの一時間前までアントラーズの試合があった。
 →試合がなければもっと早く着いていたので、宮本に会えていない。
⑤サッカーのあと駅へと向かう道を急いだら予定より一本前の電車に乗れた。
 →予定の電車に乗っていたら五分遅く着いていたので宮本に会えていない。
⑥そもそもこの日エレカシはフェスに出演していた。
 →だから僕はこの会場に宮本がいるなんて思ってもみなかったのに、彼らは出演を終えたあとで武道館までやってきていた。
 以上。なんかすごくないすか? そうでもない? 個人的にはそこはかとなく運命を感じちゃったりしたんだが。
 いやぁ、なんにしろ一生に一度あるかないかの特別な一夜でした。九月のライヴも楽しみだ。
(Jun. 03, 2023)