2021年11月の音楽

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  1. 縦横無尽 / 宮本浩次

縦横無尽

宮本浩次 / CD / 2021

縦横無尽 (2021ライブベスト盤)(DVD付)(特典:なし)

 宮本浩次ソロ三部作のとりを飾るこのアルバムを聴いて思うこと。――宮本にとってこのところの音楽人生は充実していて楽しいんだろうなぁと。こんなに明るくて開放感のあるアルバムはエレカシを含めて初めてじゃなかろうか。
 ソロのファースト『宮本、独歩』は椎名林檎やスカパラが主導したコラボ曲を含め、横山健にサポートしてもらったり、村☆ジュンにプロデュースを任せたりと、宮本の多種多様なソロ活動の足跡が一緒くたになったバラエティの豊かさ――というか、まとまりのなさが魅力だった。まとまりがないとか書くと悪口みたいだけれど、僕はあのアルバムの雑然としてパワフルな多様性が好きだった。
 つづく『ROMANCE』は昭和の歌姫の楽曲を中心としたコンセプチュアルなカバー・アルバムで、プロデュースが小林武史だったこともあり、内容的にも音響的にも、とても統一感のある作品に仕上がっていた(蔦谷くんがプロデュースした『赤いスイートピー』だけちょっと浮き気味な気はしないでもないけど)。ロック歌手・宮本浩次の魅力をお茶の間に知らしめ、なおかつオリコン一位という勲章を得たという意味では、宮本自身にとってとても大きな意味を持つ作品だったんだろうと思う(僕にとってはそれほどではないけど)。
 そんなヒット作からまる一年のインターバルをへてリリースされた――まさかそんなに早く出るとは思っていなかった三枚目のソロ・アルバムが本作。
 『ROMANCE』につづいて小林武史のプロデュースで、前作の流れを汲む柏原芳恵の『春なのに』のカバーなども収録されているけれど、それ以外はすべてオリジナル。でも同じくオリジナル中心だった『独歩』とは違って、基本的にバンドが小林武史・名越由貴夫・キタダマキ・玉田豊夢のメンツで固定されているから、アルバムとしての統一感が段違い。
 桜井和寿とデュエットした『東京協奏曲』だけはドラムを屋敷豪太がたたいていたりするけれど(宮本のバックに屋敷豪太!)、もともとが小林武史の曲で御本人がプロデュースしているだけあって、他の曲とまじりあってなんの違和感もない。
 今回はこのアルバムまるごと一貫した――エレカシのそれとはまったく感触が違う――完成度の高いバンド・サウンドが聴きどころのひとつだと思う。『独歩』がソロ活動初動期の試行錯誤の歴史だとしたら、これぞソロ活動第一期の完成形だといってよさそうな出来映え。
 まぁ、いうまでもなく僕個人が好きなのはエレカシの音なんだけれど、でもこのアルバムにはこのアルバムのよさがある……と思わないでもない。
 エレカシだと、どうしてもメンバー全員分の責任を宮本がひとりで背負って肩ひじ張ることから逃れられないせいで、どんなに作品にも宮本の気負いや憤りが反映されて、つねにピリピリした緊張感が漂っている。聴く人によってはそこが重く感じられて楽しめなかったりもするかもとは思う(僕はそこが好きなわけだが)。
 でもこのアルバムは違う。小林武史という頼れる先輩の助けを借りて、演奏力に秀でたミュージシャン仲間に背中をあずけ、自らは歌を歌うことだけに専念できる――そんなこれまでとは違う環境を得た宮本は、自慢の喉にものをいわせ、これまでになくリラックスした歌を聴かせてくれている。そこから生まれた突き抜けた朗らかさがこのアルバムの魅力でしょう。
 もう『この道の先で』とか『十六夜の月』とか『rain -愛だけを信じて-』とか、なにこれってくらい明るい。とくに『十六夜の月』にはびっくりだよ。宮本でモータウン・ビートを聴くとは思わなかった。
 『stranger』や『Just do it』のようなパンキッシュな曲や『浮世小路のblues』のような歌謡ハードロック調の曲もあるけれど、ここではそれらも必要以上に強面{こわもて}になり過ぎず、さらりとした聴き心地に仕上がっている。
 楽曲としてもっともエレカシに近いと思うのはシングルの『sha・la・la・la』だけど、これにしたってギターよりも鍵盤主体のアレンジはキラキラだし、ホーンも入っていてエレカシではあり得ない仕上がり。シングルとしてはいまいち好きになれなかった『P.S. I love you』もアルバムの締めの一曲として意外と収まりがいい。
 なにより一曲目がバラードの『光の世界』ってのがこれまでと決定的に違うところ。エレカシでも初期までさかのぼれば『優しい川』とか『夢のちまた』とか、バラードで始まるアルバムはあったけれど、もう比べるまでもなく世界観が違う。「ここが俺の生きる場所 光の世界」――って。いまの宮本が歌うとちょっと洒落にならない気がする。もうそっちには帰ってゆかないぜって宣言じゃないよね……?
 全体的に明朗で軽妙な印象は、歌詞が紋切り型でリアリティが少ないところに負うところも大きいと思うのだけれど、『ROMANCE』で歌謡曲好きを公言したあとだから、今回の作品に関してはもうつべこべいわない。だって歌謡曲好きなんだもんね。じゃあしかたない。最初から歌謡曲だと思って聴くと、これはこれでありかもって気がしてくるから不思議だ(だからってやはり大好きとはいえないけど)。
 このアルバムで宮本は、歌謡曲をルーツに持つロック歌手という、新たに獲得したステータスをきっちりと形にして、良質なポップ・アルバムを仕上げてみせた。いまはこのアルバムを引っさげて全国四十七都道府県をツアーでまわったあと、宮本がエレカシに戻ってどんな音楽を聴かせてくれるのかを楽しみに待ちたい。
(Nov. 29, 2021)

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