男はつらいよ 旅と女と寅次郎
山田洋次監督/渥美清、都はるみ/1983年
二十一世紀のいまになって『男はつらいよ』を見ていておもしろいのは、それぞれの作品が撮られた時代の空気を色濃く反映していることだ。この作品では、クレジットロールのあいだに細川たかしが特別出演して、矢切の渡しで寸劇を演じて見せている(出てくるのはそこだけ)。丁度『矢切の渡し』が大ヒットしたのがこの前の年だったらしい。新潟で寅さんが商売をしている時に、集まっている女の子たちがみんな聖子ちゃんカットだったりするのも、やたらと懐かしい(そして気恥ずかしい)。時はそんな80年代だ。
物語は寅さんが満男の運動会の応援に行くといってみんなを困らせたあと(そりゃ困る)、仕事から逃げ出してきた都はるみと知り合って楽しいひとときを過ごすというもの。自分を芸能人だと気がつかない寅に、それゆえに気を許す都はるみ。ところが寅は途中で相手が有名人だと知ってしまうことになり、微妙な立場に陥る。そんな彼らの『ローマの休日』的な佐渡観光道中を描くのと平行して、失踪した都はるみを探す芸能プロダクションの面々の滑稽な追跡劇が展開するのが前半。後半は庶民の代表のようなとらやに、演歌界の大スター都はるみが訪ねてくるというミスマッチがクライマックスとなる。
この作品はとにかく都はるみという日本一の演歌歌手をマドンナと迎えたからには、彼女の歌をたっぷりと聴かせようと、そういう姿勢で全編が貫かれている。彼女は、どんなシーンでもほとんど絶えることなく歌を聞かせる。晩酌をしながら一曲、海を見ながら一曲、テレビに出演して一曲、とらやを訪ねてきて一曲、最後にステージで一曲。本当に歌いまくり。逃亡中の芸能人がそんなに歌わないよと、とつっこまないではいられないほどの歌いぶりだ。でもそんな指摘なんてなんのその。物語の整合性なんかよりも、都はるみの歌がたくさん聞けた方が観客も嬉しかろうといわんばかりの無邪気な演出には、このシリーズの(そしてもしかしたら日本人の?)特徴がよく出ていると思う。
ちなみにこれまでずっとNHK衛星第一の放送を録画して観てきたこのシリーズだけれど、この作品は録画し忘れたためにDVDで見ることになった。映画が終わったあとで、渡辺俊雄さんと山本晋也監督のコメントが聞けないと、なんだかもの足りない気がする。そもそもNHKの看板番組である紅白歌合戦のレギュラーというべき都はるみがマドンナの作品をNHKで見逃したってのは、大失敗だったかも……。
(Sep 24, 2006)