男はつらいよ 柴又より愛をこめて
山田洋次監督/渥美清、栗原小巻/1985年
今回は夢のシーンがいい。寅さんがもっとも日本人らしい日本人の代表として宇宙飛行士に選ばれたという話。宇宙センターで搭乗直前になってやっぱりロケットになんか乗りたくないと駄々をこねる寅さんと、付き添いのさくらやひろしとの会話が、とらやにいる時と変わらないのがおかしい。さくらの「乗りたくないならなんで最初に断わらないのよ」との問いに「一度こういうのを着てみたかったんだよ。しょうがねえじゃねえか」と答える寅さん。宇宙服にベースボールキャップという格好は意外や似合っている──と少なくとも僕は思った。
そういえば夢の場面で、寅がまんまの役でさくらや博とコントをくりひろげるってのはおそらくこれが初めてじゃないだろうか。少なくても僕の記憶にはない。こんなところにもなにげなく(いまさらながらの)新趣向が凝らしてあるのには感心させられた。
本編では、初登場以来、出てくるたびに旦那への不満ばっかり言っていたタコ社長の娘あけみがついに家出。彼女を迎えに下田までいった寅さんが、二人でぶらりと渡った式根島で、同窓会のために集まったその島の卒業生たちと親しくなり、彼らの担任だった独身の美人教師と恋に落ちるというもの。マドンナは15年ぶり2度目の出演となる栗原小巻。残念ながらすでに僕はこの人が前回出演した時のことをほとんどおぼえていない。でもこんな鹿賀丈史みたいな顔をした人じゃなかった気がしたんだけれど……(失礼)。
なんにしろ、あけみに「お前の気がすむまで一緒にいてやるよ」とか言っていた寅さんが、真知子先生と出会った途端にのぼせあがり、あけみのことなんか忘れて、彼女と生徒たちについていってしまうシーンは、お約束とは思っていても、やっぱりおかしかった。
ただ、じゃあいつものように寅さんが彼女に闇雲にのぼせあがっているかといえば、そうとも言いきれない感じがする。それはおそらく、寅さんが彼女に対しては、最後の最後まできちんと敬語を使っているからだ。親しきなかにも礼儀あり。寅は渡世人対小学校教師という関係をわきまえて、あえて必要以上に親しくならないよう、距離をあけているように見える。この微妙な距離感のおかげで二人のあいだにはとてもデリケートな情感が漂っている。その点この作品はなかなか悪くない。
一人残されたあけみはあけみで、島の旅館の息子──田中裕子の弟さんだそうだ──と仲良くなって、ついにはプロポーズまでされてしまうことになる。そういえば美保純が彼女らしさを発揮して、彼に勧められて一人で露天風呂に入るシーンで、ちらりとヌードを披露している。おそらくこれは『男はつらいよ』シリーズ48作中唯一のヌードシーンだろう。うしろ姿だけとはいえ、貴重といえば貴重。
この作品はかなり恥かしくなってしまうようなシーンが多い。家出したあけみのためにタコ社長が朝のワイドショーに出るシーンとか、『二十四の瞳』を下敷きにした島の同窓会の雰囲気とか、あけみにプロポーズしちゃう青年の純朴さとか……。見ているこちらまで恥かしくなってしまうようなシーンがやたらと多かった。
全般的にどうにも僕は山田監督の描く青年像が苦手だ。誰もがあまりに純情すぎるくらい純情で、それが嘘っぽく感じられてしまって、見ていると恥かしくて目をそむけたくなる。そういうのって、なにも僕に限ったことではないんじゃないかと思う。普通に80年代以降に思春期を過ごした人間で、『男はつらいよ』に描かれるようなユースカルチャーに共感できる人って、そうはいないんじゃないだろうか。そんなことはないんですかね。よくわからない。
ちなみにこの作品でもマドンナを射止めることになるのは、前作と同じように真面目さだけがとりえのさえない男(川谷拓三)。調布飛行場でのマドンナの切実な告白シーンのあとでそうした顛末を聞かされ、しあわせってなんだろうとちょっとだけ思う。
しかし世の中には調布飛行場から伊豆七島へ直行する軽飛行機の航空社なんてものがあるんすねえ。なんだかんだといいつつ、いろいろと勉強になる『男はつらいよ』シリーズだった。
(Nov 07, 2006)